7-6.悪魔の犠牲
第七階層にはドラゴンが多かった。幸い身を隠す岩陰には事欠かないが、そう何度も相手にしていられない。岩陰から岩陰へ進みながら、俺たちは先を急いだ。そうして数度の戦闘を行っただけで、俺たちは十九階に到達することができた。この階が第七階層の最後のはずだ。
「意外と楽にこれましたね」
「そうだな、だけど油断はするなよ」
「はい」
怪しげな洞穴を見つけ、身を隠すために立ち入る。奥から風が吹いていた。ということは、この洞穴はどこかに続いているということだ。俺たちは洞穴の奥へと進み、扉を見付けた。そこで行き止まりになっており、どこから風が吹いていたのかはさっぱりだ。魔界ではたまにそういうこともある。
「隆志さま、この扉の向こうの瘴気が、今までと少し違います。注意してください」
「わかった。ミランダはここにいてくれ。先に俺が入って様子を見る」
「わかりました」
扉を開ける。ホテルの通路だった。前回と同様だと考えると、この先が広間で、七柱魔の誰かが待ち受けているのだろう。
「やはり私もついていった方が……」
「扉の手前で様子を窺っていてくれ。戦闘に巻き込まれない場所にいてくれた方が良い」
通路を進む。そして、広間に通じる両開きの扉。俺は乗り込んだ。
「お、意外と遅かったな」
そこにいたのは、少年の顔と上半身を持った悪魔だった。下半身は蟷螂。象の足のような槌を持っている。それこそ城門でも破壊できそうだ。
「お前はたしか……シエラレオネだっけ?」
「シオネラだよ。馬鹿にしてんのか」
シオネラは槌を振り回した。そして俺の背後に視線を向け、あちらこちらに目を遣る。
「お前と扉の後ろに隠れてる女だけか? レギオニステラは?」
「知らんのか?」
「知ってたら訊きゃしねえだろ」
トニカトゲウの言っていたように、情報の共有が満足になされていないらしい。
「お前を倒さなきゃ先に進めないのか」
「いや、あんたに俺は倒せねえよ。だからここでどんづまりだ」
「随分な自信だな。俺だって弱いつもりはないぞ」
「前の戦いで、その魔剣に魂を喰わせただろ、あんた。あれからそう長く経っていない。また同じことをすれば今度こそ死ぬはずだ。そうだろ?」
「だったら?」
「あんたの力は、七柱魔に圧倒されていたときと同じもんだ。だったら俺は勝てる」
「あの時は八対一だったろうが。お前一体くらいどうということはない」
「じゃあ試してみようぜ。いい加減にしゃべるのも飽きてきた」
シオネラの槌が一瞬に迫る。直撃こそはヴェルギリで防いだが、衝撃が体を突き抜け足が地面から離れた。以前より力が強い。頭上から槌が振り下ろされて、受け流す際に刃の先から感じた、ぞっとするほどの膂力。あんなものを頭に喰らえばスイカのようにじゃ済まされない。
守勢は不利。手数を叩き込んで反撃をする隙を与えない。作戦を切り換えて、俺は威力のことを度外視し、とにかくもヴェルギリで斬りまくった。できるだけ目元を狙うようにする。だがしばらくしてから、致命的な事実に気が付いた。シオネラは一切の反撃をしていない。それは守勢に回っているのが理由ではない。全く意に介していないことの意思表示、だった。シオネラは嗜虐的に笑った。蟷螂が口を開いたような、そんな笑みだった。
シオネラが槌を振った。ヴェルギリで防いだ俺はしかし、扉まで吹き飛ばされた。扉をぶち破って通路に転がった。
「隆志さま!」
ミランダが駆けつけてくる。
「下がってろ。軽い斬撃が効かないでも、俺とヴェルギリには黒龍がある」
立ち上がるがやや脚にきている。広間へと戻る間に瘴気を溜め込む。出会い頭に一発叩き込んでやる。俺はぶち破ってくりぬかれた扉の空間を潜った。
シオネラの姿がなかった。
「ピキー!」
ヴェルギリが先に気付いた。俺は振り向きざま上方へ向け黒龍を放ったが、その時には既にシオネラが俺の頭上を飛び越していた。壁に張り付いていたのだ。
入り口の壁が黒龍によって破壊され、瓦礫が入り口を塞いでしまう。俺はミランダの身を案じて恐怖した。
「しまっ――。ミランダ、無事か!」
そしてその油断は、ごく当たり前に危機を招いた。シオネラの槌が横合いから俺を殴り飛ばした。
「ピキ!」
ヴェルギリも苦悶を上げて、俺たちは壁にぶつかった。シオネラが悠々と近付いてくるが、こちらは苦痛で動いてられない。
「ちょっと会わない間に随分と強くなったんだな」
「まあな、サクルマムを喰ったんだよ。喜べよ、七柱魔が一体減ったぜ?」
「仲間を喰ったのか? 狂ってやがるな」
「あんたもやらせたことだろう? それにあいつは死にかけだった。俺に喰われて、こうしてあんたを倒す力になったんだから、本望だろうぜ」
「馬鹿言え。自分のために他人を犠牲にするやつがあるか。狂気以外のなにものでもない」
シオネラが俺の頭を掴んで、俺はシオネラの目線まで持ち上げられた。そして壁に、掴まれたまま叩き付けられる。シオネラは槌を地面に突き刺すと、ヴェルギリの鎧に手を掛け、力づくでヴェルギリを引き剥がし始めた。
「ピキー! ピキー! ピキー!」
ヴェルギリが悲鳴を上げる。抵抗虚しく為す術ない。ふと、瓦礫の向こうで音がした。岩が爆ぜるような音だ。そして、瓦礫を貫いて真紅のビームが飛んだ。次々に飛び出て、瓦礫の山に、大きめの穴を穿った。出てきてのは無論ミランダだ。
「隆志さまに手は出させません!」
相変わらず魔術の手枷は嵌められている。シオネラと戦えば瞬殺されてしまう。どうする、どうすればミランダを逃がせる。
シオネラはミランダに興味を示さず、淡々とヴェルギリを引き剥がしていく。ミランダのビームがシオネラの後頭部に直撃した。シオネラが顔を顰める。シオネラは槌を手に取り、俺の腹を突いた。俺もヴェルギリも過大な衝撃を受け、地面に捨て置かれた。シオネラはミランダに向き直った。
「お前も一応は高位悪魔なんだろ? なら喰えばそれなりの力になるわけだ」
「やれるものならやってみなさい! 貴方のような下種には負けません!」
「はっ、口だけは一人前だな。俺は今、七柱魔で一番強いんだよ。お前を喰って、レギオニステラも喰ってやる。キャリバンも、お前の姉貴も始末してやる。そうすりゃあ、俺は第三魔界の魔王にもなれる」
シオネラがミランダに近付いていく。あの馬鹿、目に涙を溜めてたらなにも勇ましくないんだよ。だから逃げろ、くそっ、もっとちゃんと動け、俺の体。そうだ、まだ生きてるんだ。動くだろ!?
ヴェルギリの方は傷が大分癒えたらしく、俺の動きの補助をしてくれた。ヴェルギリの刃を地面に擦る。その音に、シオネラが振り向いた。
「俺が喰うまで生かしてやるぜ? その方が魂をしっかり喰えるからな。どうしても殺して欲しいって言うなら、四肢もいで生かしとくけどよ」
「ミランダに手は出させん。お前の相手は俺だろう」
「いいぜ、まずはその剣を圧し折って……いや、その剣も悪魔だったっけな。そいつから喰ってやる」
シオネラが俺に向かって飛び掛かる。俺はヴェルギリを振った。刹那が永い。ヴェルギリの刀身に触れた塵が両断されていく。シオネラの槌が塵を破砕していく。ヴェルギリの刃がシオネラの槌に触れる。圧倒的な力がヴェルギリを通して手首に伝わる。現実はどうしようもなく、俺の手からヴェルギリが零れる。反作用でシオネラの槌が浮く。しかし体勢を整えるのは数瞬だ。これまでか。
シオネラを見上げていた俺は、寸前まで下方に気付かなかった。ミランダはシオネラの股を滑り込んで潜り抜けていた。そして俺を横に突き飛ばした。必然、シオネラの振り下ろした槌はミランダの頭上にある。
叫ぶ間もなく、ミランダは槌に打ちのめされて、地面に叩き付けられた。




