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瘴気の魔王アリゲーリ  作者: こんたくみ
6幕.悪魔を呼ぶ手紙
39/68

6-5.001回目のプロポーズ

part隆志


 街を見下ろす丘。俺とキャリバンはそこに来ていた。人がいないのは平日だからだ。

 キャリバンは柵の前まで歩いていって、そこから街を見下ろした。緊張を紛らわそうとしているのか、大きく息を吸う。


「旦那、俺さ……」

「ああ」

「親に反抗しててさ」


 吹いてきた風は少し冷たかった。背中の汗が少し冷えた。


「で、家を出たんだけどよ、俺の立場上、困る奴がそれなりにいたんだ」

「立場?」

「俺の親、かなり偉いんだよ」


 第二魔界でかなり偉い、となると、シコラクスの直属か知らん。


「それで、家を出てどうなったんだ」

「俺は婿を探しに出て行ったってことになった。自分の男は自分で決めるって、そういう体裁」

「ぷっ」


 あまりにも似合わな過ぎて、俺はつい笑ってしまった。キャリバンは微笑して、愁いのある目を送る。


「旦那」

「あん?」

「俺と結婚してくれ」


 ひときわ強い風が吹く。俺の思考はまっさらで、そんなことは久しかった。俺の目にはただ、風に灰色の髪がたなびいていた。


「……本当に、ってわけじゃないんだ」


 キャリバンが言葉を繋ぐと、消えた思考が戻って来た。


「旦那と結婚したことにして、俺は地上に居ることにする。そうすれば、第二魔界(した)に戻らなくても済むだろう?」

「ああ、そうだな」

「家来としてあるまじき願いなのはわかってる。旦那を利用するようなのも申し訳ない。ただ、どうしても俺は、あそこに戻る気になれねえんだ」

「ああ、わかった」

「ありがとよ、旦那」


 ゆるい風が頬をすり抜け、キャリバンは柵に、俺は近くの木に、そっと寄り掛かっていた。風が吹き止むまでの間、俺たちは無言で過ごした。風が吹き止む前に、俺はここに居てはならない、そんな気持ちになった。風が吹き止むと、俺はなにか飲む物でも買ってくると告げ、この場を離れた。

 キャリバンは、酒はいらねえ、そう言った。


part悪魔


 およそ鳥の飛ぶより高い位置、ミラーレは事の始終を見た。唇に拳を当て、驚きと焦りの気配。小さな人形を取り出し、それに向かい話し掛けた。


「レギオニステラ様、ミラーレです。ミランダたちは見付かりましたか?」


 人形の口の部分が開く。人形からレギオニステラの声が返ってきた。


「いや、見付からないな」

「お願いします、早く見付けてください! このままではキャリバン様と隆志さまが!」

「……ミラーレよ、もしミランダたちがアリゲーリ様の後をつけていなかったとしたら、私たちだけがアリゲーリ様の後をつけていることになる」

「……そうならないためにも、どうかミランダたちを見付けてください」

「狐は狐でも、貴様は失敗するほうの狐だったらしいな」


 地上でミランダたちを探していたレギオニステラは、呆れつつも瘴気の気配を探った。すると、先ほどまでは感じなかった瘴気の気配がある。戦闘の後らしい。しかも、強い瘴気が一つ、こちらに近付いている。


「ミラーレ、周囲を警戒しろ、なにか近付いている。私では手に負えないかもしれん」

「そんな、では隆志さまに……!」

「あと五分経って、私から連絡がなければそうしろ」


 レギオニステラはアリドュスクロワの柄に手を掛けた。覚悟を決め、時空の穴を潜る。抜け出たのは隆志たちのいる丘へ続く道。そしてレギオニステラの前には、モザイクを頭に乗せたミランダと、黒い瘴気に包まれて、蓑虫のような格好のエーリアル。そして一人の女だった。


「あ、貴女さ――!」


 女が人差し指を唇に当てた。レギオニステラは言葉を切った。


「妾が誰か、もう少し黙っていてくれ。この娘と楽しくおしゃべりがしたいのでな」

「レギオニステラ様と、お知り合いなんですか?」

「うむ。それよりも、もちっと詳しく教えておくれ。あいつはどうしてお前を連れ出そうとしたのじゃ?」

「それが、その――」


 ミランダと女は、隆志やその仲間のことを中心に会話しているらしかった。その前を、ぽけーっとした表情のエーリアルが歩く。簀巻きになったまま歩く姿は間抜けだった。レギオニステラはミラーレに連絡した。


「ミラーレ、こちらは問題ない。それとミランダたちを見付けた」

「ああ、流石レギオニステラ様です。ありがとうございます」

「それとアリゲーリ様に来客だ。貴賓ゆえ、お通しするぞ」

「畏まりました。どうぞ急いでください」


 歩きがてら、レギオニステラはミランダから報告を受けた。サクルマムが襲ってきたこと、シオネラも現れたこと……。

 そのサクルマムとシオネラは、人間界と魔界の狭間にある空間へ退避していた。周囲になにもなく、黒っぽい赤や青や緑の線が波打っている。


「それで? 少しでもなにかできたのかよ」


 シオネラが言う。負傷したサクルマムは仰向けに寝ている。サクルマムは言った。


「あの剣はただの剣じゃないわ。心があった」

「じゃあお前の能力で操れたのか?」

「それは無理だったわ。あの剣に心はあったけど、一つや二つじゃなかった」

「はあ?」

「百か、二百か、それ以上。あの剣の中に、それぐらいの心が渦巻いて、融け合っていた。私の力では、あの膨大な数の心を操ることはできないわ」

「なんだってんだ。あの剣は多重人格とか、そういうことかよ」

「違う。多重人格だって元を辿れば一つの心。あれは心の、魂の群衆が融け合って一つに統合されたものなのよ。我は剣なり、という自意識に」

「ふーん、よくわかんないけど、あの剣を操って奪うことはできないってことか」


 シオネラが考えていたこと、それはエーリアルの精神を支配するということだった。サクルマムは相手の心に干渉する能力を持っている。それを使えば、心を持つ相手ならその認知や思考を歪めて操ることができた。言動からして、エーリアルには心があると踏んでいた。だから、サクルマムによって支配できるのではないかと、そういう考えだ。


「あれだけの心を同時に操ることはできないけれど、綻びはある」

「綻び?」

「そう、あの剣の無数の心は、一つの意識によって統合されている。その意識に対して、なんらかの働きかけができれば……」

「もっとわかりやすく言えないのかよ、お前は」

「えぇ……?」


 サクルマムは、うーん、うーん、と何回か唸って、その悩みのほどを露わにする。そして言った。


「自分は剣だと思っているから、あの剣は剣でいられる。けれどもし、剣ではないと意識させれば、あれは剣ではなくなる」

「なるほど、つまり?」

「あの剣の心の殆どが、嗜虐心や破壊欲、殺害欲求といった攻撃的なもので染まっていた。なにかの恨みを晴らそうとするみたいに。だけど中には、もっと平和的で、もっと狂おしいほどの欲求があった」

「よくわかった、それから?」

「その部分に干渉して、その欲求をもっと前面に押し出すことができれば、あの剣の心の統合は崩れる。そうなればいわゆる抜け殻のような状態になるし、うまく誘導すれば、奴らにけしかけることができるかもしれない」

「からの?」


 サクルマムはじとっと、責めるような目をシオネラに向けた。


「だってお前の説明わかりにくいんだもんよー!」

「もう一度あの剣に近付いて、心に干渉したいって言ってるのよ」

「始めからそう言えよ」

「言ったら言ったでわけを説明しろっていうじゃない」


 不満をぶつぶつ漏らしながら、サクルマムは起き上がった。


「傷は?」

「お陰様でね。行きましょう、ちょっとの機会も見逃したくない」

「あいよ」


 シオネラは時空の穴を開けた。


「ところでさ、瘴気の魔王に手を出したら、あのアントニウスとかいうのが怒るんじゃないの? 魔剣をけしかけられたとして、それは良いのかよ?」

「あら、あの剣は自分の心に従うまでのことなんだから、私たちには関係ないわ」

「りょーかい」


 そうして、再び二体の悪魔は、人間界へ上っていった。




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