3-4.打ち首獄門島
――――隆志が第三魔界に落ちる少し前。
「時空に干渉したような痕跡がある」
「どっか行ったのか」
旦那が言った。表情は険しい。そんなにミランダが心配か?
「自分の意思でかどうかは分かんねえな。それにこういう、場所と場所の境界線は時空の隙間みたいなのに落っこちやすい。罠に引っ掛かったか、無理矢理ひきずり込まれたか」
「それかあいつ自身が餌の可能性もあります。あいつが仕掛けた罠の可能性です」
エーリアルが旦那の手を掴み、極悪な笑顔を作った。ぞわっと、鳥肌が立つ。気も狂いそうな恐怖が足元から這い上がってくる。どうしてそんな剣を平気で使っていられるかな、旦那は。
「海が魔物の本性を現しました。ぶっ殺しに行きましょうアリゲーリ」
「まだ敵が現れたと決まったわけじゃないからな」
すっと、急に地面が抜けた。着地したとき、旦那の姿はなかった。
夕陽が眩しい。砂浜にいることに変わりはないが、どうやら人間界の雰囲気ではない。かと言って、瘴気の濃さは中途半端。人間界と魔界の間の空間、だろうか、ここは。
「どうしたもんかな」
独り言が、波の音に交じって消えた。ミランダは何処にいる。それとも別の空間に移されたのか。俺はどうする。
時空に歪な気配が生まれる。エーリアルが近付いてきたような嫌な気配だ。急いでこの場から距離を取る。
「ぐっ」
呻き声と一緒に、エーリアルが落っこちてきた。次いで、黒い甲冑が降り立った。レギオニステラだ。
「キャリバン、貴様はなにをしている」
レギオニステラが言った。驚くべきことに、エーリアルの尻を踏ん付けている。なにがなんだかわからない。幻でも見せられているのか。
「なぜ勝手に人間界へ出た」
「……あ? ミランダから聞いてねえのか」
「貴様が餌魔王の前に現れたことは報告を受けている。なんのためにそんなことをした」
要は、だ。ミランダは告げ口しなかったってことだ。良い子ちゃんだと思っていたが、意外と気の利いたところもあるもんだ。
「瘴気の魔王の面を拝んでみたかっただけだよ」
「そんなことのために、時空門を開ける危険を冒したのか、貴様」
「うっせえなあ、何事もなかったろうが」
「運が良かっただけだ! 貴様の運ではないぞ、私たちのだ! この愚か者の極みが。戦争の火種になりたいのか」
言い争いは苦手だ。相手の弱点を突くっていうのはともかく、その弱点を見付けられない。しかめっ面で睨んで黙るのが、数少ない対抗策の一つだ。自分が正しいと考えてる輩は手に負えねえからな。殴る準備をするのが吉。
俺は足蹴にされているエーリアルを見た。何故か嬉しそうな表情だ。そして、動くことができないらしい。エーリアルに強い瘴気が纏わりついている。
「俺のことより、どうやったんだよ、それ。どうなってんだ」
「ふむ、この魔剣があっては餌魔王に太刀打ち出来ぬからな。対策を講じておいた」
「どうやったか教えてくれ」
「貴様には教えん」
レギオニステラがエーリアルを蹴った。転がる。思い出したようにレギオニステラを睨んだ。そして喋った。
「おいキャリバン」
「ひゃいっ! なんでしょう」
「こいつを殺せ」
「ええ、そ、それはいくらなんでも、俺でも、ちょっと……」
「打ち首獄門」
「ううう」
やり取りを見て、レギオニステラは鼻で笑った。
「その剣にはもうなにも出来ん。怯える、ことはないぞキャリバン」
怯える、という単語を殊更に強調して言いやがった。屈辱だが、俺自身、情けない有り様だと思うので何も言えない。ちらりとエーリアルを見た。俺のことを睨んじゃいるが、どうにも若干、機嫌が良いように見える。
「エーリアル、お前ひょっとして、悦んでんのか?」
「あぁん?」
本気で脅す顔になった。震えが止まらない。失言だった。
「ふ、敵に捕らえられたのは屈辱ですが、このエーリアルを捕らえる瘴気、紛れもなくアリゲーリのものです。懐かしい!」
「やかましい口を塞ぐには至らなかったがな」
レギオニステラが言った。
「ああ丁度良い。キャリバン、貴様はこの剣を持って魔界に戻れ」
「うぇえ?」
「それくらい出来るだろう」
「お前さんはどうすんだ」
「餌魔王に謁見だ」
気に食わねえ。なにがって、こいつの舐め切った態度が。俺だけなら拳の一つや二つで許してやっても良かった。だがさっきから旦那のことを餌魔王、餌魔王と。第三魔界で旦那がそう呼ばれているのは知っている。俺だって最初はそう思っていた。だけど今は違う。旦那は立派な御仁だ。俺なんかじゃ及びもつかねえ。旦那の家来として、旦那への侮蔑を見過ごすわけにいかねえ。
俺は時空の穴を開けて、錨を手に取った。
「……なんのつもりだ」
「撤回しろ。旦那のことを餌魔王って呼んだのをよ」
「正気か貴様。そんなことで私に盾突くのか」
「二度は言わねえぜ」
「遊びではないぞ。今の私は重要な任を帯びてここに立っている。その私に刃向かうということは――」
俺は錨を振った。敢えて手からすっぽ抜かせる。そして時空の穴を通して、レギオニステラの眼前に。レギオニステラは吹っ飛んだ。
「ああ……! アリゲーリが呼んでいる! 行かなくては」
エーリアルがもぞもぞと動き出した。しかし満足に動けていない。
「エーリアル、旦那はどこにいるんだ?」
「あっち」
「どっちだ」
瘴気を祓おうと、エーリアルに手を触れた。瞬間、手の感覚がなくなる。慌てて手を引っ込めた。ゆっくりと感覚が戻ってきた。
「無駄です。お前のような雑魚悪魔がアリゲーリの瘴気に触れれば、数秒で死にます」
「じゃあこれどうすんだよ」
「この瘴気の拘束はシコラクス印の召喚魔術によって行われたものです。術者を倒すか、それかアリゲーリにこの瘴気を吸ってもらいます」
「げ、お袋のかよ……。いやそれよりも術者って」
「お前の後ろの雑魚悪魔です」
錨を手元に戻した瞬間には、逆袈裟に斬り上げられていた。幸い服は切れなかった。
「いってえなおい!」
「流石に頑丈だな。まるでかすり傷だ」
錨を振り下ろした。剣で受けられる。勢いが完全に死に、硬直状態になる。力比べだ。と思ったら、レギオニステラの後方に受け流された。首元に剣が振り下ろされる。痛い。
「このヤロウ」
「続ければ私が勝つぞ。貴様を殺すと後が面倒だからな。この辺にしておけ」
「はあ? 舐めてんじゃねよ。本気だすぞ」
「どうぞ」
全力で錨を投擲した。時空の穴に通す。レギオニステラが接近してきて、剣を振るった。また斬られる。
俺は歯を食い縛って、拳を振り上げた。レギオニステラは仰け反り、踏み止まった。そして剣を薙ぐ。腕で防いだ。腕を斬られたとも言う。
腹に一発、拳を入れる。レギオニステラは怯むが、斬り掛かる。俺が殴り、レギオニステラが斬る。
殴り、斬られ、殴り、斬られ、殴り……。
「そろそろ気にならねえか?」
「なにがだ」
「錨の行方だよっ! 上を見な!」
俺は蹴りを入れて、レギオニステラから距離を取った。同時に、錨を出現させる。自由落下で速度を上げておいた、会心の一撃。馬鹿正直に上を警戒したレギオニステラは、下から錨に突き上げられて、間欠泉の水みたいに吹き飛んだ。空の彼方に飛んで行く。
「しまった、飛ばし過ぎたか?」
止めを刺していないのに。こうなったらエーリアルを旦那の所へ連れて行かなくては。見遣ると、エーリアルが消えていた。出し抜いたのは俺だけじゃなかったか。レギオニステラを追い掛けなくては。
波打ち際を駆ける。間の森になにがあるか分からないからな。それなりに走った頃、人影が見えた。旦那とミランダ、それにレギオニステラ――。
まずい! 魔界に行くつもりだ。どこに落とされるか知れたもんじゃない。時空を潜った。
「旦那、待てっ!」
「キャリバンっ!」
旦那の二の腕を掴んだ。引き上げることが間に合わない。ならせめて、少しでも安全な場所に移してやる。嘲りを込めて、レギオニステラに舌を出した。
時空の穴を旦那と通る。降り立ったのは、第三魔界の外れだ。
「すまねえ、旦那。間に合わなかった」




