雨の約束 第一話 「雨の日の男」
第一話 雨の日の男
最初にその男を見たのは雨の日だった。
大学の帰り道。
信号待ちをしている時だった。
赤信号の向こう側。
黒い傘を差した男が立っている。
こちらを見ている気がした。
雨音雫は何となく視線を向ける。
すると男は静かに目を逸らした。
ただ、それだけだった。
⸻
数日後。
駅のホームでまた見た。
男はホームの端に立っていた。
黒い傘を持っている。
今日は晴れているのに。
雫:「……また」
男は何もしない。
話しかけてもこない。
近付いてもこない。
ただ遠くから見ているだけだった。
電車が到着する。
人混みに紛れた瞬間。
男の姿は消えていた。
⸻
また別の日。
大学近くの書店。
参考書を探していると視線を感じた。
振り返る。
雑誌コーナーの向こう。
男が立っていた。
雫:「……」
男は本を手に取る。
そして何事もなかったように立ち去った。
雫は思わず後を追いそうになった。
だが足は動かなかった。
気味が悪かったからだ。
⸻
それから男は何度も現れた。
駅。
コンビニ。
大学近くの公園。
帰宅途中の道。
偶然にしては出来すぎていた。
雫は友人の美咲へ相談した。
美咲:「それストーカーじゃない?」
雫:「やっぱりそう思う?」
美咲:「普通に怖いって」
雫:「でも何もされてないんだよね」
美咲:「それが逆に怖いんだけど」
雫は苦笑した。
確かにそうかもしれない。
男は何もしない。
だから余計に分からない。
美咲:「とにかく気を付けなよ」
雫:「うん」
そう答えながらも胸の奥の不安は消えなかった。
⸻
ある日の夜だった。
アルバイトが長引いた。
外へ出ると雨が降っている。
雫:「最悪……」
折り畳み傘を開く。
時刻は午後九時過ぎ。
人通りは少ない。
雫は足早に帰路についた。
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背後で足音がした。
一つ。
二つ。
三つ。
雫の歩く速度に合わせるように近付いてくる。
嫌な予感がした。
振り返る。
誰もいない。
雫:「気のせい……?」
再び歩き出した。
その瞬間だった。
突然後ろから口を塞がれる。
雫:「っ!!」
悲鳴が出ない。
身体を引きずられる。
頭が真っ白になる。
怖い。
助けて。
誰か。
必死に抵抗する。
だが力が強い。
男:「大人しくしろ」
知らない声だった。
涙が溢れる。
もう駄目だと思った。
その時だった。
男:「離せ!!」
怒鳴り声が響く。
黒い影が飛び込んできた。
黒い傘。
見覚えがあった。
あの男だった。
⸻
激しい音が響く。
犯人と男が揉み合う。
傘が転がる。
雨が降り続いている。
雫はその場に座り込んだまま動けなかった。
数分後。
犯人は舌打ちをして逃げ出した。
男は追わなかった。
その場に膝をつく。
肩から血が流れている。
雫:「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄る。
男は傷口を押さえながら苦笑した。
男:「怪我はないか」
雫:「私より貴方です!」
男:「そうか」
雫は思わず声を荒げた。
雫:「どうして助けたんですか!」
男は少しだけ困ったような顔をした。
男:「当然だ」
短い返事だった。
雨音だけが静かに響いていた。
⸻
しばらくして警察が到着した。
犯人は逃走中。
雫はパトカーの中で事情を聞かれていた。
若い警察官がメモを取っている。
警察官:「怖かったですね」
雫は小さく頷いた。
そして思い出したように尋ねる。
雫:「あの……助けてくれた人は?」
警察官は顔を上げた。
警察官:「神崎刑事ですか?」
雫:「刑事……?」
警察官:「ええ。捜査一課の刑事ですよ」
雫は驚いた。
ずっとストーカーだと思っていた相手が。
刑事だった。
⸻
数日後。
雫は警察署を訪れていた。
どうしても礼を言いたかったのだ。
受付で事情を説明する。
職員:「神崎刑事ですね」
案内された先。
捜査一課。
そこに男はいた。
スーツ姿。
肩には包帯が巻かれている。
男は雫を見ると少し驚いた。
神崎:「わざわざ来たのか」
雫:「助けていただいたので」
神崎:「気にするな」
そう言って苦笑する。
そこで雫は気付いた。
神崎の机の上。
一枚の写真立て。
若い刑事が二人並んで笑っている。
そのうちの一人に見覚えがあった。
雫の呼吸が止まる。
雫:「……お父さん?」
神崎の表情が固まった。
部屋が静まり返る。
神崎は写真へ視線を落とした。
そして小さく呟く。
神崎:「やっぱり似てきたな」
雫は知らなかった。
この男が。
十五年間。
ある約束を守り続けていたことを。
【第二話 十五年の約束へ続く】




