第5話 田中、坊主と再会する
「お久しぶりです。小野寺さんも元気そうでなによりです」
俺がそう返すと、小野寺さんは軽く会釈する。
怪力僧侶、小野寺良賢。
かつて戦闘僧侶部隊『仏罰隊』の隊長をしていた凄腕の僧侶だ。
信心深い人は強い覚醒者になりやすいらしく、そのせいか仏教徒の中には強力な覚醒者が多かった。
小野寺さんはその中でも特に強く、圧倒的な力を持っていた。七年前、堂島さんと正面から素手で殴り合えたのはこの人くらいだった。
皇居直下ダンジョンを攻略した時は、堂島さんと二人で前線を張り、アタッカーと盾役を両方こなしていた。
「えっと……確か小野寺さんはあの後、新しい宗教を立ち上げたんでしたっけ?」
「然り。ダンジョンで三途の川を渡りかけた拙僧は気づいたのです。ダンジョンは我ら人の子に与えられた天からの試練なのだと。ダンジョンを乗り越えることで人の魂は磨かれ、浄化される。そう気づいた拙僧は『迷破教』を開き、ダンジョンを攻略することがなにより大切で尊いことなのだと、布教しているのです」
「はは、そうですか……」
しばらく会わない間に順調にヤバくなってるな。
悪い人じゃないんだけど、ちょっと思い込みが強い人だったからな。
ちなみに小野寺さんがこうなっていることは知っていた。そもそもこの人も有名人だからな、テレビにちょくちょく出ては迷破教を布教している。
「じゃ、じゃあ私はここで……」
話を切り上げ他の人のとこに行こうとすると、小野寺さんがずい、と顔を近づけてくる。
小野寺さんは二メートルを超える大男なので圧迫感が凄い。
「配信を何度も拝見しましたが、田中殿のダンジョン攻略は素晴らしい! あれほどの苦難を何度も乗り越えているとあれば、その魂は磨きに磨かれていることでしょう! ぜひ迷破教に入りませぬか? 今なら高待遇で迎えますぞ!」
「あ、いや、そういうのはちょっと……」
「みなまで言わなくとも大丈夫です! 今はこれからの戦いに集中したい、ということですな?」
小野寺さんは厳つい顔でバチッとウィンクする。
なんで無駄に愛嬌あるんだ。しかも言ってることめちゃくちゃだし。
「今日は挨拶だけさせていただきます。あ、これ名刺です。今日の試練を乗り越えましたら、ぜひこちらに連絡をお願いしますぞ。では!」
小野寺さんはそう言って名刺、そして『迷破教まんじゅう』を俺に渡して去っていく。
こんなおみやげを作らないといけないということは意外とお金がないんだろうか。
「大変だったな、まこっちゃん。来て早々賢ちゃんに絡まれるなんてな」
「悪い人じゃないんですけどね……迫力が凄くて」
「あらあらダメよ、誠くん。仲間のことを悪く言っちゃ」
「はいすみませ……ん?」
突然隣から声がしたのでそっちを見てみると、俺とイセケンさんの間に小柄な女性がいつの間にか立っていた。
おっとりした感じの、大人の女性。その見た目は戦士には見えず、主婦にしか見えない。しかし気配を消してここまで近づくことなんて、普通の主婦にはできない。いったい誰なんだ?
「あの。あなたは……」
「あら、もう忘れちゃったの? 希咲と一緒に何度も会ったじゃない」
「師匠と? いったいなんのこ……あ」
突然思い出した。
俺の師匠である橘希咲さんには、探索者のノウハウを教えてくれた先生とも言える人がいた。
名前は丸谷育代。彼女はダンジョンが生まれてすぐに潜った、探索者の第一世代とも言える人である。
「お久しぶりです育代さん。もしかしてあなたもダンジョンに……?」
「ええ、そうなの。もう探索者は引退してるんだけど、奏ちゃんがどうしてもって言うから」
育代さんは結婚して少ししてから、探索者を引退した。
皇居直下ダンジョンの時は戦いに参加してくれたが、地上防衛班だったはずだ。確かダンジョンに入らなかった理由は……
「私ももう二児の母なのに。まさかまたダンジョンに入るなんてね」
そう。あの時は妊娠が判明した直後だったから、前線には出ず、地上の後方支援に徹していたんだ。
結婚してからも少しの間は探索者として活動し、地上最強の主婦というあだ名で呼ばれた彼女だけど、妊娠を機に探索者を引退したんだ。いくら覚醒者の体が頑丈と言っても、中の子どもまで頑丈とは限らない。
子どもが覚醒者としての性質を受け継ぐかは、生まれてみるまで分からないのだ。
しかし九条院さんの言葉の意味が分かったな。あの人は育代さんのことを『私よりずっと頼りになる人』と言っていたんだ。九条院さんも師匠と同じく育代さんに鍛えられた時期があったからな。
それにしてもまさか助っ人がこの人だったなんて。師匠から育代さんの強さは聞いたことがあるけど、
「育代さんが手伝ってくれるのは嬉しいんですけど……大丈夫ですか? ダンジョンに潜るのは久しぶりなのに、その最初が皇居直下ダンジョンで」
「あら、心配してくれるの? でも大丈夫よ、育児もダンジョン探索も大変さは変わらない。潜ってない間も私はずっと体を使っていたから」
「いや、さすがにそれは変わるんじゃ……」
育児が楽とは言わないが、ドラゴンと戦うよりは体を使わないはずだ。
育代さんの実力は本物だろうけど、前よりは弱くなっているはず。大丈夫だろうか?
「……本当を言うと、もうダンジョンに潜るつもりはなかったの。下の子も大きくなってきたし、家族に心配はかけたくないからね。でもあのダンジョンは話が別。希咲ちゃんは私にとって娘みたいなものだった。あの子の命を奪ったあのダンジョンを、許すことはできない。それにこのまま放っておいたら、家族にも危害が及んじゃうからね。母としてそれを見過ごすことはできない」
「……育代さん」
覚悟の決まった表情で語る育代さんを見て、俺はそれ以上尋ねるのをやめる。
ここにいる人であのダンジョンに関係しない人はいない。みんなあのダンジョンに人生を歪められ、つらい思いをしてきた。
それを今日、ここで精算するんだ。
「必ず成功させましょう、育代さん」
「ええ。頼りにしてるわよ、誠くん」
俺と育代さんはそう言って、握手を交わしたのだった。




