第6話 皇居直下ダンジョン入口前
――――皇居直下ダンジョン、入口。
かつて大量のモンスターが這い出てきたその巨大な門は、固く閉ざされていた。
ダンジョン産の金属を使った巨大な扉が何重にも設置され、それを封印魔道具で固定。更にいくつもの魔法を重ねがけして、門が絶対に開かないようにされていた。
皇居直下ダンジョンは壊されていない。それは再び活性化する可能性があることを意味している。そのためその門は考えられる限り最大限の封印が施され、そして常に5人以上の見張りがついている。
見張りは銃火器と刃物の扱いに精通した覚醒者に限られ、24時間体制で監視されている。
「……しかしこんなに厳重に封印する必要があるんでしょうか?」
見張りの若い男性が、封印されている巨大な門を見上げながら呟く。
門には巨人が使うような巨大な鎖が巻かれており、絶対に開かないようになっている。扉にはどんな効果があるか分からない魔法陣がいくつも書き込まれていて、その厳重さが窺える。
皇居大魔災が恐ろしい事件であったことは知っているが、実際に体験したことのない彼はここまでする必要があるのかと思ってしまった。
すると彼の言葉を聞いたベテランの職員が、厳しい目をしながらその感想に異を唱える。
「実際に体験したことのないお前がそう思うのも無理はないのかもしれないが、他でそんな迂闊な事言うんじゃねえぞ。あれは今も多くの人の心に傷を残している。お前、下手すりゃ死ぬぜ?」
その気迫のこもった言葉に押され、彼は「す、すみませんでした」と態度を改める。
軽々しく触れてはいけないところに触れてしまったのだと、彼は理解した。
「……と、そろそろ追悼式が始まる頃か。変なことが起きなきゃいいが……ん?」
ベテランの職員は、胸の奥がざわつくのを感じる。
ただの勘、なにか音がしたわけでもない。しかしこういう時の勘は当たると思った彼は、すぐに周囲に視線を送り警戒する。その様子を見た他の見張りの職員たちも武器に手をかけ周囲を警戒する。
――――すると次の瞬間、背後の扉がゴン!! と激しい音を鳴らして揺れる。
「な……!? 総員戦闘配置につけ! すぐに魔対省に連絡しろ! 大魔災が起きるぞ!!」
見張りの職員たちはそれぞれの武器を手に、扉に相対する。
一人が端末を操作したことで、魔対省への連絡は済んでいる。突然の事態にもかかわらず最善の行動が取れているのは彼らが定期的に非常事態を想定した訓練をしていた賜物だった。
門を閉じている扉はその後も何度もゴン! ゴン! と激しく揺れる。その度に扉を封じている鎖が揺れ、彼らの立っている地面も激しく揺れる。いったい扉の奥にはなにがいるのか、考えるだけで恐ろしかった。
「よりによって俺が担当の日に……ついてねえな」
ベテランの職員は銃を構えながら呟く。
七年前も政府の職員として大魔災の鎮圧に当たった彼は、その時の恐怖をよく覚えている。
しかしだからといって、いやだからこそ逃げるわけにはいかない。
見張りの職員たちは、誰一人逃げずに事態を見守る。すると、
「……止まった?」
突然音がピタリと止まり、扉の揺れが収まった。
扉を壊すのを諦めたのか。職員たちの心にそんな希望が僅かに芽生えた次の瞬間、皇居直下ダンジョンを封じていた扉はグシャグシャに破壊され、その中から恐ろしい見た目のドラゴンが姿を現す。
『ルルルル……』
褐色の鱗を持つ、巨大なドラゴン。
その瞳には深い憎しみが宿っており、職員たちを強く睨みつけている。
まるで恐怖を具現化したかのような竜。ベテランの職員はその竜のことを知っていた。
「タイラント……ドラゴン」
圧倒的な怪力とその巨体に見合わぬ俊敏性。爪と牙は鋼鉄をやすやすと引き裂くほど鋭く、その口からは超高温の吐息を放つ。
危険度『S』。ダンジョンに出現するモンスターの中でも、トップクラスの強さを持つモンスター、それがタイラントドラゴンだ。
通常は深層にしか出現せず、普通の探索者が出会うことはまずない。そんな存在が地上に現れてしまった。
タイラントドラゴンが地上で暴れれば都心は数分で火の海になってしまう。それだけは避けなければならない。ベテランの職員はタイラントドラゴンの危険度と自分たちの戦闘力を比較し、実現可能な作戦を立て、それを口にする。
「総員、距離を取って足止めに専念しろ! 私たちではあれに勝てない! 一秒でも長く足止めし、援軍が来るまで命をかけてここを守りきれ!」
彼の指示に従い、職員たちはタイラントドラゴンに攻撃する。
ある者は対モンスター用アサルトライフルを放ち、ある者はダンジョン産の巨大な剣で斬りかかり、ある者は魔法での攻撃を試みる。しかし、いずれの攻撃もタイラントドラゴンの鱗にかすり傷をつけることもできなかった。
『ルル……アア!!』
煩わしいとばかりに、タイラントドラゴンは尻尾を振る。
その衝撃波だけで職員たちは吹き飛ばされ、大きなダメージを受けてしまう。
「つよ、すぎる……これがSランクモンスター……!」
生物としての圧倒的な格の違い。彼らはそれを一瞬にして思い知らされた。
彼らがタイラントドラゴンと交戦している間に、門からは続々とモンスターが外に現れ始めていた。
二足歩行の鬼型モンスター、オーガ。石化ブレスを放つバジリスク。炎魔法を操る炎衣ノ魔術師。兜と大剣を装備したミノタウロスの上位種、侍ミノタウロス。
そのどれもがAランク以上の力を持つ、上級モンスター。
それらを見た職員たちは絶望し、その場に膝をつく。
「終わりだ……また、大魔災が起きるんだ……」
これから起こる惨事を想像し職員たちの顔は青くなる。
するとそこに一台のドローンがやって来て、その状況の撮影を始める。搭載されたAIが、今この状況を撮影すれば視聴者の関心を得られると判断してしまったのだ。
"ドローンくんどこ行くのw"
"追悼式こっちじゃないよ"
"なんかおもろいものでもあんのかな"
"シャチケンいるらしいからそっち行こうよ"
"てかこっちダンジョンの入口じゃね?"
"は? てかモンスターいない?"
"そんなわけあらへ……ほんまや"
"いやこれまずいでしょ!?"
"皇居直下ダンジョンからモンスター出てる!?"
"え、まじ? 動悸してきた"
"なんで!? ほんと!? どうして!?"
"あああああああ"
"東京終わった"
あっという間に配信のコメント欄は阿鼻叫喚となる。
そうしている間にも職員たちはモンスターと戦い続け、なんとかこれ以上侵攻されないよう食い止めようとする。
モンスターが一体でも街に出てしまえば、市民の犠牲は避けられない。それだけはなんとしてでも防がなければいけない。
"いや、無理だって!"
"こんなの止められないよ"
"どうすんだこれ"
"無理だから早く逃げた方がよくない?"
"誰か助けて!"
タイラントドラゴンだけでも抑えることはできないのに、他のモンスターも出てきたことで職員たちの連携はすぐに崩れ、全員が大怪我を負う。しかしそれでも彼らは懸命に戦い続けた。
「が、ああああ!!」
ベテラン職員は頭から血を流しながらもオーガに斬ってかかり、足止めしようとする。しかしオーガは面倒くさそうに棍棒を振るうと、彼を地面に叩きつけて再び歩き出してしまう。
彼の体力は完全に底をついている。しかしそれでも止まることはなく、地面を這ってオーガの足にしがみつき少しでも足止めしようとする。
「いか……せな……い……っ」
骨がきしみ、全身が激しく痛む。
少しでも油断すれば意識を失ってしまう状態。そんな満身創痍の状態でありながら、彼はオーガの足をつかんで離さなかった。
助けがすぐ来る保証はない。いくら頑張っても大魔災は防げないかもしれない。しかし少しでもそれを阻止する確率が上がるなら。彼は命を賭ける価値があると思った。
『グウ……アアッ!』
煩わしそうに唸ったオーガは、棍棒を彼に振り下ろす。
その一撃は彼の肉体を粉々にする威力を持っていた。それが分かった彼は、ここまでかと諦めるが……その棍棒が彼に当たることはなかった。
「感謝します。よくここまで持たせてくれました」
棍棒がピタリと止まり、周囲に衝撃波が散る。
突然現れた声の主は、オーガの棍棒を片手で止めていた。武器も持たずそのようなことができる人は限られる。彼の姿を見た職員は、目に涙を滲ませその名を口にする。
「田中、さん……!」
「後は任せてください。この業務、私が引き継ぎます」
ギリギリで間に合った田中誠はそう言うと、剣を引き抜き一瞬でオーガの首を切り落とすのだった。




