第5話 皇居大魔災追悼式
凛とのデートから三日後。
俺はいつものスーツに身を包み、再び「皇居大魔災慰霊碑」にやって来ていた。
今日は大魔災からちょうど七年経つ日。
皇居大魔災追悼式が行われ、各地から大魔災の関係者がここに訪れる。
当然魔物対策省の大臣である堂島さんも来て、スピーチをする。責任重大だな。
「……さて、時間までどうするか」
仕事のくせで早めに着いてしまった。
天月と凛は政府の関係者なのでやることがあるし、星乃は来てないので俺は一人だ。
あまりうろちょろするのも良くないし、どうしたものかと思っていると、突然後ろから「田中ちゃん?」と声をかけられる。
「え?」
「あ、やっぱり田中ちゃんだった。今年は来てたのね」
振り返るとそこにはバッチリメイクをきめた長身の男性が立っていた。
少し前にその人と会っていた俺は、その名前を口にする。
「雪さん。来ていたんですね」
「ええ。毎年来ているからね」
そう言って雪さんは笑みを浮かべる。
本名、毒島雪之進。
雪さんの愛称で親しまれている、フェンシングを得意とする凄腕の探索者だ。
いきなり会ったから少し驚いたけど、いて当然か。
だって雪さんも皇居直下ダンジョンから生還した七人の探索者、「帰還者」の一人なんだから。
「この時期になると嫌でも思い出すわ、あの時のことを。もう傷は塞がってるのに、ズキズキと痛んで嫌んなっちゃう」
雪さんは自分の右腕をさすりながら呟く。雪さんはダンジョンから生還できたが、その時に大きな怪我を負ってしまった。腕はほぼ取れかけていて、再び物を握るのは不可能だとまで言われた。
そこからここまで回復できたのは、最新鋭の医療技術、魔法技術、そしてなにより雪さんの人並み外れた回復力のおかげだ。
無事日常生活を送れるようになった雪さんだけど、その時の怪我の影響で前のようにレイピアを振ることはできなくなってしまったらしい。
おそらく心的外傷のせいもあるんだろう。それほどまでにあのダンジョンアタックは過酷で、凄惨なものだった。
「それにしても、田中ちゃんが来てくれて嬉しいわ。ようやくあの事件と向き合えるようになったのね」
「はい。去年まではそうする余裕がありませんでしたが、今年からはちゃんと向き合えそうです」
あの事件のことを忘れることはできないし、忘れるべきじゃない。
だけどいつまでも引きずっていては駄目だ。ちゃんと向き合い、乗り越えないと師匠にいつまでウジウジしてんだと怒られてしまう。もうあの時と違い大人になったんだ、いつまでも子どもではいられない。
「ところで雪さんも一人なんですか?」
「いえ、さっきまで健ちゃんといたの。そこら辺にまだいたと……あ、いた! こっちこっち!」
雪さんは少し離れたところを歩いている人物を、大きな声で呼ぶ。
その声に反応しやって来たその人物は、俺を見ると驚いたように目を丸くする。
「誰と一緒にいるのかと思ったら、まこっちゃんじゃん! 元気してた?」
派手なサングラスをかけたその男性は、嬉しそうに俺のもとにやって来る。
俺は彼のことを知っていた。
「お久しぶりです、伊勢さん。お会いできて嬉しいです」
「かーっ、そんな大人な対応しないでくれよまこっちゃん! 俺とまこっちゃんの仲じゃんかよ」
そう言って伊勢さんは俺の背中をバシバシと叩く。相変わらずテンションの高い人だ。
ちなみに「まこっちゃん」という呼び方は俺の名前「誠」からきている。こんな風に俺を呼ぶのはこの人くらいだ。
「それに伊勢さんなんて呼ばないで『イセケン』って呼んでくれよ。俺ちゃんたちの仲だろ?」
「分かりました、イセケンさん」
「さん付けが固いけど……まあいっか! イセケンとシャチケンが揃ったんだ、これは最強コンビの爆誕だぜ!」
そう言ってイセケンさんは上機嫌に笑う。
彼の名前は伊勢健太。俺や雪さんと同じく「帰還者」の一人であり、世界でもトップクラスの知名度を誇る『Dチューバー』だ。
イセケンTVというチャンネルの登録者数は1億を超えていて、特に小学生に絶大な人気を誇っていると足立が言っていた。『ハローDチューブ』という挨拶はDチューブ流行語大賞にも選ばれ、足立の子どももよく真似していると言っていた。
「にしてもあの子どもがこんなに大きくなるなんてな。俺たちも歳を取るわけだな雪ちゃん」
「いやね、レディに歳のことを言うものじゃないわ。それにアンタは若いままじゃない、私も魔法が使えればいいのに」
イセケンさんはもう四十歳近いはずだけど、見た目は三十歳くらいに見える。
なんでも老化を魔法で抑えているらしい。そう聞くと魔法は万能に聞こえるが、そんな風に魔法を自在に操れるのはこの人くらいだ。普通の人は魔法が使えても単純な事象しか起こせない。
「まこっちゃんがDチューバーになったって聞いた時はビビったぜ。しかもあっちゅうまに登録者数抜かれたし。おかげで俺ちゃんは登録者数日本2位になっちまったぜ」
「それはその……すみません」
イセケンさんは長い間Dチューバー日本1位を死守し続けていた。
別に俺は悪いことはやっていないが、ぽっと出が横からそれをかっさらってしまったんだ。いい気はしないだろう。そう思ったが、
「いーのいーの! まこっちゃんが元気になる方が大事だからさ! それにほら、2位になって俺ちゃんの肩の荷も下りたし? 気にしないで好きにやんな」
「……ありがとうございます」
軽薄な言動のイセケンさんだけど、この人は昔から面倒見のいい、いい人だ。
皇居直下ダンジョンに入った時も、まだガキだった俺と天月をよく気にかけてくれた。いつかあの時の恩返しができたらいいんだが。
「そういえば奏ちゃんと婚約したんだって? あんな可愛いお嫁さんもらえて羨ましいぜまったく。まさかまこっちゃんに先を越されるなんてな」
「ああ……そういえばイセケンさんは、そういうのができないんでしたね。なんかすみません」
「だから謝んなって! くーっ、俺も可愛い嫁さんもらってサクッと引退してえなあ」
そんな他愛のない話をしていると、上からドローンが一台降りてきて俺のことをじっとレンズで見つめてくる。
「ん? なんだこのドローン? 誰か盗撮してるのか?」
「それは政府のドローンね。追悼式の様子を配信しているのよ」
俺の疑問に雪さんが答えてくれる。
なるほど、そういうことだったのか。確かにドローンには魔対省のロゴが入ってる。民間のドローンではないみたいだ。
皇居大魔災追悼式は、参列できる人が限られている。会場の広さの都合もあり、被害者の親族が全員来ることはできない。
そういった人向けに配信もやっているということだ。おそらくAIで自動的に被写体を選択してくれるのだろう。ダンジョン配信のドローンもそういった仕組みで動いている。
「それは分かったけど……なんで俺をずっと撮ってるんだ?」
ドローンは俺の方を向いて離れない。
たまにイセケンさんや雪さんの方も向くけど、基本俺に釘付けだ。故障したか?
「ドローンのAIは、視聴者ウケがいいものを集中的に撮り続ける。つまりまこっちゃんが撮れ高があるって判断したから側にいるってワケ。手ぇ振ってファンサしてあげな」
「なるほど。こうですかね」
俺はドローンに向かって真顔で手を振る。
本当にこれでいいんだろうか? 一応スマホで配信サイトを開き、『皇居大魔災追悼式・配信』とある配信を見てみる。
"シャチケンだ!"
"おーいシャチケン見てるー?"
"シャチケンとイセケンが揃うとかすご"
"イセケン最強! シャチケン最強!"
"二人とも帰還者なんだよな、すご"
"てか堂島大臣と天月課長もここにいるんだろ? 帰還者揃い踏みじゃん"
"7人中5人いるとか凄いなww"
"イセケンTV、えびでい~"
配信には大量のコメントが流れていた。
俺の配信をよく見てくれているアカウントがたくさんある。どうやらSNSで俺が配信に出たと広まっているようだ。
追悼式の配信を俺目当てで見に来るのはいい行いとは言えないが、まあ一人でも多くの人が皇居大魔災について考えてくれるようになれば、そう悪いことでもないのかもしれない。
「――――っと、そろそろ追悼式が始まるな。行こうぜまこっちゃん、雪さん。遅れると堂島さんに雷を落とされるからな」
「そうですね。行きましょう」
「リュウちゃんとお話できる時間あるかしら。少しでも話せるといいのだけど」
俺たちは並んで追悼式の会場に向かう。
しかし数歩進んだその先で――――足を止めることになる。
「な……!?」
「マジかよ……!?」
「嘘でしょ!?」
俺たち三人は同時にその『異変』に気づき、振り返る。
背後から唐突に感じたのは、禍々しく、そして巨大な『魔素』だった。
ダンジョンが新しく出現した時なんかは地上にも魔素が漏れ出るが、それの比じゃない。深層に行った時だってこれほど濃厚な魔素を感じることはない。
過去これほどの魔素を感じたことは、一度しかない。
「皇居直下ダンジョン……!」
間違いない。あのダンジョンが活性化したんだ。
俺たちはあの地獄を思い出し、顔をしかめる。
「なんで!? あのダンジョンは非活性化したはずなのに! しかもよりによって追悼式の日なんかに……っ!」
「だからこそ、なんだろうよ雪ちゃん。ダンジョンは一定の周期で活動が活発になることが多いからな」
皇居直下ダンジョンが非活性化して、今日でちょうど七年。
そんな節目の時だからこそ、ダンジョンは再び動き出したんだ。
「ていうかヤバいんじゃない!? 皇居直下ダンジョンは、特異型ダンジョン……モンスターが外に出る可能性がある! また大魔災が起きちゃうわ!」
「……っ!!」
俺の脳裏に大魔災の光景がよぎる。
あのような事件を二度と起こすわけにはいかない。
「あ、田中ちゃん!?」
「まこっちゃん! 一人で行くな!」
気づけば俺は駆け出し、七年ぶりにあのダンジョンへ向かってしまっていた。




