第4話 慰霊碑
水族館を出てからもデートは続いた。
公園で凛の作ったお弁当を食べ、その後はコーヒーの美味しい喫茶店に入った。
あまり若者らしくない地に足のついたデートプランといった感じだが、凛はとても楽しんでくれた。
こんなに楽しんでくれるならもっと早くにやればよかった。
まあ過ぎた時間を悔やんでも仕方ない。これから凛たちにたくさん時間を使うようにしよう。
「いい風ですね……」
喫茶店を出て散歩していると、凛がそう言う。
今日は天気もよく、絶好の散歩日和だ。俺たちはあてもなくぶらぶらと街中を歩く。
しばらくそうしていると、凛は一度時計で時間を確認した後、俺の方を見る。
「田中さん。実は行きたいところがあるのですが……」
「行きたいところ?」
「はい。時間は取りませんので、そこに寄っても大丈夫ですか?」
行きたいところとはどこだろうか?
凛がプランにないことを急に提案してくるなんて珍しい。
少し予定は狂うが、今日は凛のために時間を作ると決めたんだ。俺は「ああ、構わない」と返事をする。
「ありがとうございます。それではついてきてください」
凛の後を追い、俺は電車に乗って移動する。
やって来たのは東京駅。多くの人が行き交う中を俺たちは歩く。ちなみに俺も凛も気配を殺す技術を身につけているので、顔バレすることはない。これが使えなかったら今頃人に囲まれて大変だっただろう。
「こっちは……皇居の方か」
皇居の東部にある、噴水公園。
その側に凛の目的地はあった。
「ここです」
そこには白い石碑がずらっと並んでいた。
ここは「皇居大魔災慰霊碑」。その名の通り、皇居大魔災の被害にあった人のために建てられた石碑だ。
石碑には大魔災で亡くなった方の名前が彫られている。
凛は一つの石碑の前に行くと、鞄の中から二輪の花を取り出し、石碑の前に置く。二輪の花は、両親に向けてのものだろう。
手を合わせる凛の後ろで、俺も同じように手を合わせて目を閉じ、凛の両親の冥福を祈る。
そして凛のことは任せてくださいと両親への挨拶をすませ、目を開ける。
「……実はここに来るのは、久しぶりなんです」
凛は石碑の方を見ながら、そう言う。
「ここに来ようとする度、足がすくみました。あの時のことを思い出し、体が冷えて震えました」
凛がそうなるのも無理はない。
大魔災が起きた時の皇居周辺は地獄絵図だった。子どもの頃にあれを目にしたんだ、心に傷を負って当然だ。
運よく生き延びた人たちも、その多くがトラウマを抱え、社会復帰に苦労したと聞いたことがある。
「……ですが、今日は大丈夫でした。足の震えも体の冷えもありません。私はあの日から初めて、穏やかな気持ちでお母さんとお父さんに話せました。これも全て……田中さんのおかげです。ありがとうございます」
凛はそう言って振り返ると、穏やかな笑みを俺に向ける。
五年前に初めて会った時の、冷めきった表情とは大違いだ。
あんなに辛い思いをしたのにここまで立ち直るなんて、本当に凄い奴だ。
「俺は一緒に来ただけだ、なにもしてない。凛が自分で乗り越えたんだよ」
「ありがとうございます。ですがやはり、今の私があるのは田中さんのおかげですから。感謝させてください」
「……分かった。ありがたく受け取るよ」
「はい」
そうすることで凛が納得できるなら、ありがたく受け取っておこう。
俺には過ぎたものだと思うけどな。
「追悼式の前に、お父さんとお母さんに紹介できてよかったです。三日後はたくさん人が来ますから」
「そうだな」
三日後は皇居大魔災が起こった日。
毎年その日は「皇居大魔災追悼式」が行われていて、大魔災の関係者が集まり亡くなった人たちを追悼する。
俺も関係者だが、黒犬ギルドで忙しく働くようになってからは参列しなくなった。忙しすぎたからというのもあるけど、俺も無意識的にこの事件から目をそらしていたのかもしれない。
凛がちゃんと向き合ってるんだ。先生の俺も向き合わないとな。
「凛、俺も手を合わせたい人がいるんだ。いいか?」
「はい。もちろんです」
俺たちは二つ隣の石碑に移動する。
そこには俺の『大切な人』の名前が刻まれている。
凛はそれに気づき、俺のことを見る。
「田中さん、手を合わせたい人というのは……」
「ああ。俺の師匠だ」
石碑に刻まれている『橘希咲』という名前を見ながら俺は言う。
Sランク探索者、橘希咲。大人であればその名前を知らない人はいないだろう。
橘流剣術を使う凄腕の剣士で、当時の全探索者の憧れだった。
一人ダンジョンに残り、最後まで戦い抜いた彼女は英雄として世間に扱われ、今なお多くの人に尊敬されている。彼女の名前の前にたくさんの花が手向けられているのがそのなによりの証拠だ。
俺が彼女の弟子であることは秘密であったが今はもう世間的にもバレてしまっていて、凛ももちろん知っている。
「私はまだ幼かったのであまり覚えていませんが……凄い剣士だったというのは聞いています」
「ああ。苛烈で、強烈で、鮮烈で、とにかく凄い人だった」
俺はあの人との修行の日々を思い返す。
何度死ぬかと思ったかもう覚えてないほどスパルタだったけど、いい思い出だ。あの人に出会って鍛えられてなかったらブラック労働には耐えられなかっただろう。
「乱暴かと思えば繊細で、厳しいかと思ったら優しくて。捉えどころのない、不思議な人だった。ただ一つ言えるとしたら……あの人はとてつもなく強かった」
初めてあの人の剣を見た時は、雷が落ちたかのような衝撃を受けた。
人はこんなにも強くなれるのかと、高校生ながら感動した。俺はあの人に追いつくため、必死に修行したが……追いつく前にあの人は亡くなってしまった。
「田中さんがそこまで言うなんて。そんなに凄い方だったんですね」
「ああ。今でもあの人には勝てるか分からない」
「……え? さ、さすがに冗談ですよね?」
凛は驚いたように言う。
しかし俺は冗談を言ったつもりはない。
「それほどあの人の強さは強烈だったんだ。凛にもあの人の剣を見てもらいたかったな」
俺はそう言ってあの人の名前を見た後、手を合わせ目を閉じる。
橘さんは、本来なら生きて帰ってこられた人だ。
しかしあの人は俺たちを逃がすために、一人ダンジョンに残りモンスターの大群と戦い、そして帰らぬ人となった。
あの時俺がもっと強ければ、あの人が死ぬことはなかったんじゃないか――――そう今でも後悔し、夢に見ることがある。
「橘さん。俺、師匠の分も頑張ります」
俺は誰にも聞こえない小さな声でそう呟く。
あの人に救ってもらった命を無駄にはできない。俺は決意を新たにし、彼女の冥福を祈った。
「――――よし。それじゃあ行くとするか」
「はい。行きましょう」
俺は凛と共に慰霊碑を後にする。
その後も凛とディナーを食べたり夜景を見たりしたのだが……常に頭の片隅から、あの事件が離れないのであった。




