第2話 田中、食卓を囲む
「ただいまー」
夕方、俺は自宅に帰る。
するといきなり俺の顔に黒いなにかがびしゃっとくっつく。
「たなか、おかえり!」
「もが、もぐぐ」
顔にくっついたそれを、丁寧にはがす。
俺の顔にくっついたのは、くりくりした目玉が一つある、黒いスライムのような存在。
種族名はショゴス。人間ではなくモンスターだが、れっきとした俺の家族だ。
「ただいま、リリ。お出迎えしてくれるのは嬉しいけど、顔にくっついたら駄目だって言ってるだろ?」
「えー? そうだっけ?」
リリは目線を斜め上に動かし、しらを切る。
仕草がどんどん人間みたいになってきたな。家にいる俺たちの行動を見て真似ているんだろう。短期間でこれだけ学習できるなら、数年で人間と見分けがつかなくなるかもしれないな。
「あ、田中さん! おかえりなさい! もうすぐご飯ができるので待っててくださいね」
リビングに入ると、料理中の星乃がそう声をかけてくる。
エプロンをつけておたまを持った彼女は、新妻感が強い。なんだかもう家庭を持っているんじゃないかと錯覚しそうなほどだ。
「タナカー! ようやく帰ってきたか! わらわを構うことを許す!」
ソファに座ると、膝に耳の長い女性がダイブしてくる。
エルフの姫、リリシア。異世界からやって来た彼女だが、高貴な身分はどこへやら、ダボッとしたTシャツに身を包み現代日本に適応した姿になってる。
胸の部分に『お留守ウッド』とゆるく書かれたそのTシャツは、確かこの前ファンクラブで発売した聖樹国オルスウッド名誉国民Tシャツの一つだ。大好評ですぐ売り切れたと言っていたな。
母国の名前をダジャレに使ってるけど、果たして不敬にはならないんだろうか? 故郷のエルフが見たら泣くぞ。
そもそもしばらくエルフの装束を着ている姿を見てないけど、ちゃんと取っといてあるんだろうか。姫としての自覚を持ってほしい。
そんなことを考えていると、また一人リビングに現れる。
「先生、帰られたのですね。おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
やって来たのは討伐一課のエース、絢川凛だった。
彼女もいつもの制服を脱ぎ、ラフな格好になっている。今日の仕事はもう終わっていたみたいだな。
「天月は一緒じゃないのか?」
「姉さんは友人と食事に行きました。それほど遅くはならないと言っていました」
「そうか。食事に行く余裕ができたなら良かった」
討伐一課の課長である天月は、非常に多忙でこの前なんかは体調を崩し倒れてしまった。
もうそんなことは起きないよう、討伐一課が受けるような仕事で、大変そうなものは俺がなるべく受けるようにした。最近はダンジョンの活動も穏やかになってきたこともあり、討伐一課の仕事量も落ち着いたみたいだ。
過酷な労働は体も心も壊すことを、俺はよく知っている。ちょっと暇なくらいがちょうどいいんだ。
「あ、そうだ。お土産があるんだ。これも一緒に食べよう」
俺はそう言ってカバンの中からデカい魚の切り身を取り出してみんなに見せる。
「うわっ!? なんですか兄貴、そのデケえ魚は!?」
「これは大鯰ってモンスターだ。ダンジョンで獲ったけど、みんなで食べるために全部食べずに残しておいたんだ。まだ新鮮だからみんなで食べよう」
「うひょー! そりゃ楽しみです!」
魚が大好物なダゴ助は凄く喜ぶ。持って帰ってきてよかったな。
俺はキッチンにその切り身を持って行って調理をしようとする。すると、
「あ、私がやるので大丈夫ですよ!」
星乃が笑顔でそう言ってくる。
確かにほぼ晩飯の準備はできていて手は空いてそうだけど……。
「俺が持ってきたから俺が調理するよ。星乃も疲れてるだろ?」
「いえ! 私はまだまだ元気いっぱいですから! 私にやらせてください!」
「そ、そうか」
ずい、と身を乗り出して言う星乃に根負けし、俺は大鯰の切り身を星乃に渡す。星乃も自己主張ができるようになってきたな。いいことだ。
「大鯰は身がしっかりしてるから、刺身にする時は薄く切った方がいいぞ」
「はい! 任せてください!」
星乃はそう言うと器用に身を薄く切る。
……普通に上手い。技術が要求される切り方なのに、すいすいと星乃は手際よく進めていっている。
「前から上手かったが、更に上手くなったな。驚いたぞ」
「えへへ、ありがとうございます。『花嫁修業だ』ってお母さんにたくさん教えてもらっているんです。前までの私と同じだと思ったら大間違いですよ」
ふふん、と鼻を高くして言う星乃。
その後も大鯰を蒲焼にしたり、唐揚げにしたりと色々な料理にしていく。見事な手際で、ものの数十分のうちに豪華な料理がいくつもできた。
大鯰の料理以外にも、生姜焼きやサラダ、味噌汁に漬物、だし巻き卵など、たくさんのおかずが並んでいる。これは食べるのが楽しみだ。
「ご飯ができましたよー!」
「お、できたみたいだ。行くとするか」
「はい、先生」
星乃に呼ばれ、俺たちは食卓につく。
ディープワンのダゴ助もやって来て、一緒に美味い夕飯を食べ、談笑する。
「うんめー! いやあ最高ですね星乃の姉さんの料理は。あ、この大きい刺身食っていいですか?」
ダゴ助は一切遠慮することなく、バクバクと料理を食べ進める。
いい食べっぷりだと見ていると、ダゴ助はごくんと飲み込んだ後、俺の方を見る。
「あ、そうだ。今度兄貴も俺の配信出てくださいよ! 今チャンネル伸び始めてるんで兄貴が出たら更にブーストかかりますぜ!」
「え? お前のチャンネルって一体なにやってんだ?」
ダゴ助がチャンネルを作って活動しているのは知っているが、なにをやっているかまでは知らない。自由に外に出られないのでダンジョン配信はできていないだろうが。
ちなみにDチューブはダンジョン配信メインだが、それ以外が認められてないわけじゃない。他のジャンルは伸びづらいが、別になにを配信しても構わないのだ。
「俺の『ダゴ助の深海TV』では、飯食ってるとこ配信したり、ゲーム実況とかもしてますね。あ、異世界の話すると同接とコメント爆増するんで、それもやってます」
サラッと言うが、配信でとんでもない内容を話しているな。
異世界の話とか各国の研究者がかじりつくように聞いてそうだ。質問コメントとかもそいつらがしているかもしれない。
「別に出てもいいけど、なにをすればいいんだ?」
「そうですねえ。兄貴は出るだけでバズり散らかすと思いますが……ここはやっぱり、ゲーム実況にしましょう!」
「ゲームか……学生の頃はやってたけど、就職してからはやってないな」
「でしょ? みんな兄貴とゲームの組み合わせは新鮮に感じるだろうから、いいと思うんですよねえ」
ダゴ助はしみじみとそう言う。
俺がゲームをするところを見て、なにが楽しいのかは分からないけど、まあやってやってもいいだろう。俺も久しぶりに少しやってみたいしな。
「じゃあ今度ゲーム実況してみるとするか。ちゃんと俺が握っても壊れないコントローラー用意しといてくれよ」
「え゛。それ考えてなかったぜ……オリハルコン製のコントローラーとか必要か……?」
ダゴ助は頭を抱えながらぶつぶつと呟く。
オリハルコン製のコントローラー、楽しみだな……などと考えていると、視界の端にそわそわしている星乃が目に入る。いったいどうしたんだろうと思っていると、
「た、田中さん! 私もコラボ配信したいです! 最近あまり私と配信してませんよね?」
「そういえばそうだったかもな。色々バタバタしてたからできてなかったか。いいぞ、来週あたりにやろう」
「ほんとですか!? やった!」
星乃は嬉しそうにそう言うと満面の笑みを浮かべる。
コラボするくらいでこんなに喜んでくれるなら、いくらでもコラボしてやりたく思ってしまう。
「コラボ配信ではなにしましょうか? 前と同じで修行回にしますか?」
「いや、星乃もだいぶ強くなったし、実戦回にしよう。西新宿断崖ダンジョンで深層到達RTAでもしたらどうだ」
「いいですね! よーし、頑張るぞー!」
拳を上げ、やる気を見せる星乃。
ちょくちょく星乃の配信を見ているが、最近の成長は目覚ましい。すでにSランク探索者の実力を持っているのに、まだどんどん強くなっている。
成長は嬉しいことだけど、このままだと数年以内に抜かれてしまうんじゃないかと少し焦っているのは内緒だ。俺もうかうかしてられないな。
「おいタナカ! 配信もよいが、わらわと遊ぶことも忘れるなよ!」
そう口を挟んできたのは、むしゃむしゃと生姜焼きを頬張るリリシアだった。
おそらく生姜焼きを食べるエルフはこいつが世界初だろう。お姫様だというのに完全に庶民の生活が板についている。
「分かってるよ。どこかに連れてってほしいんだよな?」
この前リリシアは誘拐されるという事件に遭った。
大変な目にあわせてしまったから、多少のわがままは聞くと言ったら『外に遊びに行きたい!』とお願いされた。
外の様子を動画で見ているから、行きたいところがたくさんあるらしい。それくらいなら人払いすればできそうだから、OKしたということだ。
「で、どこがいいんだ?」
「たっっっっくさん悩んだが、やはり遊園地だな! じぇっとこーすたーなるものに乗ってみたいぞ!」
リリシアは遊園地のことを想像してだらしない表情になる。
遊園地か。俺もしばらく行ってないな。久しぶりに行くのも楽しいかもしれないな……と考えていると、胸ポケットから「り!」という声と共にリリが飛び出してきて、テーブルの上に乗る。
「ゆーえんち、いきたい!」
「おー、リリも行きたいか。よいぞ、リリは友達だから連れてってやろう! 一緒にチュロス食べような!」
「たべるー! りりしあ、すきー!」
「ははは、そうかそうか」
楽しそうに話す二人。
エルフの姫とショゴスの子どもという異例の組み合わせだけど、二人は一つ屋根の下で仲良くやっている。
リリシアは意外と世話焼きだからな。あまえんぼうのリリと相性はいいのかもしれない。
「それじゃ堂島さんに話して貸し切れそうな遊園地探してもらう。もう少しだけ待ってくれ」
「うむ! 楽しみにしておるぞ!」
リリシアは嬉しそうにそう言うと、リリと遊園地のことについて話しながら食事に戻る。二人ともよっぽど楽しみみたいだ。
「遊園地! いいですね、私もしばらく行ってないです」
「む、ではホシノも来るか? お主なら大歓迎だぞ」
「本当ですか!? やった!」
「遊園地だとフリーフォールってやつが気になってんすよねえ。絶叫系巡りしてみてえぜ」
「ダゴ助は誘っとらんぞ」
「ひでぇ! そりゃねえぜ姫さん!」
「ぷはー、まんぷく」
わいわいと騒がしい食卓。
前までは一人でコンビニ飯を食ったりしてたのに、あの時とはずいぶん変わったな。
騒がしいのは好きじゃないけど、この空間はとても居心地がいい。
こんな平和な日々がずっと続いたらいいんだが……などと考えていると、こめかみに誰かの強い視線が突き刺さっていることに気づく。
「……ん?」
その視線の主は凛だった。
凛はご飯を食べながらぶすっとした表情で俺のことをじーっと見ている。凛は表情が薄いからなにを考えているか分かりづらいと他の人に言われるらしいが、俺からしたら結構分かりやすい。
あの顔はなにか不満を訴えている顔だ。俺は窺うように凛の方に視線を向ける。
「ど、どうした凛。なにかあったか」
「……るいです」
「え?」
「ずるいです!」
「わっ」
突然大きな声で言われびっくりする。
どうしたんだ一体?
「ず、ずるい? 一体なにがずるいんだ?」
「他のみんなばかり構ってずるいです! 私はどうでもいいんですか! ぶーぶー」
「いや別にそういうわけじゃ……」
凛は魔物対策省で働いているので、一緒に仕事する機会はどうしても少なくなる。
その点、星乃や他のみんなはわりと時間の都合がつく。一緒にいる機会は自然と増えてしまう。
「姉さんとも温泉に行っていましたし、私だけ進展がありません! 先生はもっと私を大事にするべきです」
凛はそう要求してくる。
いきなりのことで面を食らってしまったが、凛の言うことも一理あるかもしれない。
凛は器用で一人でなんでもできてしまうから、つい後回しになってしまうところもある。もっと気をかけるようにしなくちゃな。
「分かった。それじゃあ次の休みにどこか出かけるか。一日オフにしとくから」
「……それはデートということですか?」
「そうだな……そう捉えてもらって構わない。行くか?」
そう尋ねると凛は音速で体を乗り出し「行きます」と食い気味に言ってくる。
良かった。どうやら乗り気なようだ。
いい歳して女の子とデートなんて少し恥ずかしいが、それで凛が満足してくれるなら恥くらいいくらでもかこう。
「~~♪」
すっかり上機嫌になった凛は、鼻歌を歌いながら食事を再開する。
頑張って凛を楽しませられるようにしないとな。これは深層に行くより骨が折れそうだ。




