第1話 田中、大沼で釣りをする
目の前に広がるのは、濁って底の見えない沼地。
中からこぽこぽと空気が湧いており、その深い沼の中になにかが潜んでいるのを予感させる。
――――池袋大沼地ダンジョン。
そう呼ばれているそのダンジョンの深層で、俺は『釣り』に勤しんでいた。
「……釣れない」
ピクリとも動かない竿を見ながらそう呟く。
もう一時間はこの状態から変わってない。待つのは得意だけど今はダンジョン配信をやっている最中だ。映像が変わり映えしないと視聴者も退屈に感じてしまうだろう。大丈夫だろうか。
"釣れんなあ"
"もう一時間以上このままで草"
"放送事故やぞこんなん"
"でもさっき沼ゴーレム来たじゃん"
"ああ5秒で殺された奴ね"
"まあ所詮Aランクモンスターだし……"
"所詮とは"
"所詮の定義が壊れる"
"まあ社畜エピソード聞けて楽しいけどねw"
"同接減ってないのが凄い"
今日の配信企画は『大沼地で釣りしてみた』だ。
俺が今いる巨大な沼地は、とても広い上にまともに歩けないほど深い。沼の中には多くのモンスターが潜んでいて、歩いていると急に下から襲われることも多い。
その上出てくるモンスターも強くて厄介なので、まともに探索が進んでいない。
なので今日は、沼地にどんなモンスターがいるのか釣ってみようという配信をしてみたんだが……思った以上に釣れない。
困った。これじゃ撮れ高が全然ないぞ。
「餌が悪いのか……?」
ダンジョン製の素材で作られた釣り竿を引き、餌を上げる。
釣り針には体長10メートルのザリガニがついていて、足をガサガサと動かしている。うーん、活きが良い餌だと思うんだが。
"相変わらず餌がでけえ"
"クソデカザリガニくん可哀想"
"お、ジャイアントアメリカザリガニじゃん"
"なんでダンジョンにもアメザリがいるんだよ"
"てかデカくなりすぎ"
"アメザリの適応力やば"
いい餌だと思ったが、釣れないならいつまでやっても仕方ない。
餌を変えるか……と思い釣り針に手を伸ばすと、ザリガニが『シャーーーー!!』と泡を吹いてハサミを上に上げる。
どうやら怒っているみたいだ。
"激おこやん"
"まあ急に殴られて餌にされたら俺でも怒るw"
"大人しく逃げればいいのに"
"死んだわアイツ"
"ザリガニくん……いい奴だったよ"
ザリガニはその巨大なハサミを開くと、俺に向けて突き出してくる。
どうやら俺を挟もうとしているみたいだ。それくらいじゃあダメージはないと思うけど、スーツが泥でベチャベチャになってしまう。
俺は中腰で拳を構え、向かってくるハサミに向かい拳を突き出す。
「せいっ」
突き出された俺の拳はザリガニのハサミを砕く。
ザリガニが『ギシャ!?』と驚いている隙に俺はザリガニの腕を駆け上がり、一気に頭部まで迫る。
そしてその頭部を思い切り蹴り上げ、顔面を粉砕し討伐する。
「はあ、いい餌だと思ったんだけどな」
"必殺技「せいっ」"
"普通のパンチが威力高すぎるw"
"さらばザリガニくん"
"チョキでグーに勝てるわけがなかった"
"シャチケンならパーでもハサミ砕けたでしょ"
"ん? なんか地面揺れてね?"
"なんか沼から泡出てる"
倒れたザリガニに乗っていると、沼地がゴゴゴ、と揺れる。
なんだ? 地震か? そう思っていると足元が突然盛り上がっていき……ザリガニごと、俺はなにかに飲み込まれてしまう。
"え"
"はあああああ!?!?"
"なにこいつ!? 魚!?"
"いやナマズだこれ"
"デカ過ぎんだろ……"
"てかシャチケン食べられちゃったよ!?"
"田中誠チャンネル~Fin~"
"終 製作・著作TMC"
"勝手に終わらすなw"
"え、これ大丈夫なの? 食べられちゃったけど"
"まあ大丈夫でしょ(適当)"
"シャチケンの動画は初めてか? 肩の力抜けよ"
"なんなんだこの配信……田中さん、頑張って!"
突然真っ暗になったと思ったら、体がぬめぬめしてきた。
ん? なんだか肌がチリチリしてきたな。これは……酸? どうやら俺はなにかに食べられてしまったみたいだ。
モンスターの胃酸で溶かされるほどヤワじゃないけど、ケツから排泄されるのは勘弁してもらいたい。俺はえいえいと胃と思しき箇所を殴ると、『おぎゅあ!?』という声とともに吐き出される。
「ふう、出れた。なにに食べられたのかと思ったら、ナマズか」
俺を食べていたのは巨大なナマズだった。
全長30メートルはあるか? 確かSランクモンスターに「大鯰」と呼ばれるモンスターがいたから、そいつだろう。地震を起こすことができる厄介なモンスターだったはずだ。
『ぎゅうう……ぎょあ!!』
大鯰は口から泥を吐いて攻撃してくる。
俺はそれをひょいひょいと避け接近すると、その大きな腹を蹴り飛ばす。大鯰の巨体が宙を舞い、沼地にじゃぼん!! と落ちる。デカいがそれほど強いモンスターじゃないな。
『ぎゅぎゅ、ぎょお!』
大鯰は俺に威嚇したかと思うと、背を向けて逃げ出してしまう。
ま、まずい。せっかくの撮れ高が逃げてしまう! 俺は剣……じゃなくて釣り竿を握ると、それを振って釣り糸を飛ばし大鯰の口に引っ掛ける。
「よし、ヒット!」
"ヒットとは"
"竿さばき上手くて草"
"釣れたな(白目)"
"俺の知ってる釣りじゃない"
大鯰は必死に逃げようとするが、俺は竿をしっかり握り離さない。
ゆっくり糸を引いていき、相手の体力が減るのを待っ……いや、面倒くさくなってきた。
「むんっ」
思い切り竿を引くと、大鯰が宙に浮き、一気に俺のもとまでやって来る。
腰に差した剣を抜き、俺は一瞬の間に三回剣を振る。
「我流剣術、海竜三枚おろし」
一瞬の間に、大鯰が三枚におろされる。
グロテスクな顔をした大鯰だが、その身は白く透き通っていて、とても美味しそうだった。ナマズは食ったことがないけど、美味しそうだ。
「よし、無事に釣れたのでチャレンジ成功ということで。これを料理して食べて終わりにしましょうか」
"言うほど釣ったか?"
"釣りとは"
"釣りの概念が壊れた"
"釣られたのは俺たちかもしれん"
"うまそう"
"腹減った"
"田中ァ! もう一度コラボカフェやらない?"
その後、俺は大鯰を刺身や炙り、煮込みなどにして食べた。
大鯰の身はコリコリと弾力があって非常に美味しかった。
帰り道でモンスターハウスに転送されるといったハプニングもあったけど、トラブルといったらそれくらいで危なげなく配信を終えることができた。
俺のダンジョン配信業もだいぶ板についてきた。チャンネル登録者数や再生数も上がってるし、私生活も問題ない。
全てが順調といえる状態だ。社畜の頃からは考えられないほど、穏やかな毎日を送っている。
このまま平和に過ごせたらいいんだが。




