第10話 戻る日常
継川は港に警察が来ないよう根回しをしていたようだが、配信であれだけ騒ぎになれば止めることなど不可能。あっという間に港にはたくさんの警察が現れて継川の雇った者たちを逮捕した。
継川の息がかかった奴はたくさんいるだろうが、もう継川は力を失っている。
なにもしなくても勝手に離れていくだろう。奴にもう求心力はない。
「お疲れさま誠。大活躍だったわね」
港の船を止めるやつに腰かけていると、天月が近づいてくる。
天月も俺と一緒にここにやって来ていて、裏で動いてくれていた。
氷魔法で海面を凍らせて船を動けなくしたり星乃や凛と一緒に継川の手下を捕まえたり、俺が苦手なことをやってくれていたのだ。細かい作業は苦手なので非常に助かった。
「天月もありがとう。せっかく温泉に入っていたのにこんなことになってごめん」
「いいのよ。今度埋め合わせしてもらうから。それよりもほら、あなたを待っている子がいるわよ」
「ん?」
見ると星乃と凛に連れられリリシアがやって来ていた。
疲れた様子だが、目立った傷はない。無事助けられて本当に良かった。
「タナカ!」
リリシアはそう叫ぶと俺の胸に飛び込んでくる。
今度は涙も鼻水もない。俺は彼女を抱きしめ震える肩をなでて落ち着かせる。
「怖かっただろう。頑張ったな」
「不安ではあったが……わらわは平気だった。タナカやみんなが助けてくれると信じておったからな」
そう言うとリリシアは「ひひっ♪」と無邪気な笑みを見せる。
強い姫様だ。人の上に立つなら継川みたいな奴じゃなくて、リリシアみたいな人の方がずっと良いな。
「さあ帰ろう。魔対省も来るし、ここは任せて大丈夫だろう。車を呼んで……」
「それよりタナカ! お主わらわのことを『家族』と言っていたよな?」
「えっ」
リリシアの言葉に俺は固まる。
そんなこと言ったか? うーん……言ったような、言っているような気がするな。
「つまりわらわを妻にすることを認めたということだな!? ふふふ、ようやくタナカもわらわの魅力に気がついたか。いささか遅かったが、わらわは寛大なので許してやろう」
「ああ……そうだな。今すぐは無理だが、全部の問題が片付いたら俺と結婚してくれ」
「なに違う? おいおいタナカその気にさせといて違うとは言わせ……え? 違く……ないのか?」
ぼしゅ、とリリシアの顔が真っ赤になる。
どうやらまた俺がごまかすと思っていたようだ。
確かに今までの俺ならそうしていただろう。異世界の姫様、しかもエルフと結婚なんて常識的にありえないからだ。だけど、
「リリシアが攫われたと伊澄さんに教えてもらった時、凄い焦ったんだ。その時分かったんだ、俺はリリシアを家族のように大切に思っているって。だから法律とか色々障害はあるかもしれないけど、ずっと一緒にいてほしい」
「え、あ、しょ、しょの……」
リリシアは顔から汗をだらだら流し目もぐるぐる回す。
かなり動揺しているみたいだ。まさか俺がこんな風に思っているなんて想像もしていなかったんだろう。
返事をもらえるか不安に思っていると、
「ふ、不束者ですが、よろしくお願いしましゅ……」
そう言って気絶してしまった。
俺はリリシアの体を受け止め、一連の流れを見ていた天月たちの方を見る。
「これって俺が悪いのか……?」
「ええ、誠が悪いわ」
「先生のせいです」
「いいなあリリシアちゃん」
天月と凛からは非難するような視線を、星乃からは私にも言ってほしいオーラを浴びせられる。
まったく……また家が騒がしくなりそうだな。
◇ ◇ ◇
継川宗真乱心事件。
そう呼ばれるようになった事件の発生から、一週間の時が経った。
継川グループは総帥の暴走の責任を取ることになり、事業の縮小、株価の暴落、社長の交代などをすることになったが、潰れることはなく今も事業を続けている。
継川宗真は傑物であったのかもしれないが、いなくても国も会社も問題なく回る。あいつも社会の歯車の一つでしかなかったということだ。
いなければいないで、どうとでもなる。
誰にでも代わりはいると言ったらそんなの悲しいと思う人がいるかもしれないが、俺はそっちの方が健全だと思う。
その人が倒れたら立ち行かない国や企業など健全じゃない。誰が辞めても休んでも、しっかり回る社会こそが健全だと俺は主張したい。
そんなことを考えながら魔対省の中を歩いていると、堂島さんとばったり会う。
「おお田中、ダンジョン帰りか?」
「はい。そんなところです」
堂島さんは「そうかそうか」と髭をなでる。
継川宗真の政治干渉がなくなったおかげで堂島さんも動きやすくなったみたいだ。
これからは今まで以上に精力的に活動してくれるだろう。頼もしい限りだ。
そう思っていると、堂島さんの後ろに控えている人物が目に入る。
「堂島さん、後ろにいるのって……」
「おお、紹介しよう。新しく部下になった五十住じゃ。ほれ前に出て挨拶せい」
堂島さんが促すと、スーツ姿の男が俺の前に来る。
うさんくさい柔和な笑みをしているが、俺を見ると少しだけ機嫌が悪そうになる。
「こんにちは、五十住と申します。よろしくお願いいたします」
「ええ、こちらこそよろしくお願いいたします。ところで顔パンパンに腫れてますけど大丈夫ですか?」
「あんたがやったんでしょうが!!」
五十住が急にキレたので俺は「わっ」とわざとらしく驚く。
こいつは継川の手下で動いていた忍者の一人だ。あの後どうなったのだろうと思っていたけど、まさか堂島さんの部下になっていたなんて。
「継川が捕まり暇そうにしておったんで、まるごと部下にしてやった。喧嘩はまだまだだが、そこそこ使える奴らだぞ。継川もいいもんを残してくれたわ」
「大丈夫なんですか? こいつらを部下なんかにして」
「こいつら自体に思想はないから平気じゃ。それにもし変なことをしたら拳骨を食らわすと言っている。ま、大丈夫じゃろ」
確かにこいつらは主人の命令をこなしていただけで、危険な考えを持っているわけじゃない。
ずっと捕まえておくよりはこうして部下として使った方が有意義か。堂島さんらしい大胆な采配だ。
「……私たちにとって継川様は絶対でした。あの人がいなければこの国は駄目になるのだと、そう思っていた。いえ、思い込まされていました」
五十住は思い返すようにそう語る。
こいつらは幼少から継川の兵として育てられていたと聞く。ずっと洗脳状態だったんだろう。
「しかし継川様が捕まっても、この国は問題なく動いています。それを見た時に我々の今までの常識は崩れました。まだやりたいことはありませんが……堂島様が下さったこの機会を活かし、自分を見つめ直すつもりです。あなたには煮え湯を飲まされましたが……少しだけ感謝しています。ありがとうございます」
「そうか、それはどうも」
俺はそんなつもりなかったが、人生の転機となったなら悪い気はしない。
間違いを起こした人に罰を与えるのは大事だが、やり直す機会を与えるのもまた、とても大事なことだからな。
「それじゃ堂島さん、俺はこれで。家でみんなが待ってますので」
「うむ。みなによろしく言っておいてくれ」
温泉に入って以降、天月の体の調子はいい。
しかしそれでもまた体調を崩したら意味がない。俺と星乃や鋼鉄の牡鹿ギルドのメンバーで引き続き政府の仕事を手伝っている。
おかげで最近は家にいる天月をよく見るようになった。
リリシアも元気で、あの事件から数日は俺から距離を取って恥ずかしそうにしていたが、今では前よりベタベタと接してくるようになった。
どこで覚えたのか、結婚情報雑誌をテーブルに置くという意味深な行為までするようになった。星乃や凛が真似したらどうするんだ。
「まったく、困った奴だ」
家の前に着いた俺は、小さく呟く。
外にいても家の中から騒がしい声が聞こえる。社畜をしている時はこんな賑やかな生活を送ることになるなんて、夢にも思わなかった。
俺は騒がしくも愛おしい、家族に会うために自宅の扉を開けて帰宅するのだった。




