第6話 リリシア奪還作戦
「あわわ……どうしよう」
まるでタイタニックのように真っ二つに割れた船を見て、星乃は慌てふためく。
彼女の手には愛用の大剣が握られており、その刃の下がパックリと割れていた。誰が見ても彼女が船を割ったのは丸わかりであった。
「凛ちゃんには騒ぎになる程度でいいって言われたのに……。これじゃ大騒ぎになっちゃうよ」
星乃はこの船に乗る継川の手の者の注意を引くつもりで船を斬った。
大きな音が鳴って揺れればそれでいいと思っていた。
しかし彼女の剛力はその大きな船を両断してしまった。
そのせいで注目を浴びることには成功したが、必要以上の気を引いてしまった。
すぐに彼女はスーツの男たちに囲まれてしまう。
「まさか女……!? これをこいつがやったのか!?」
「誰だお前は! 覆面を取れ!」
「爆弾でも使ったのか? 卑怯者め」
男たちは武器を手にしその切先を星乃に向ける。
現在星乃は覆面を被っていて顔を隠している。銀行強盗が使うような形をしたそれは、凛が用意したものであった。
確かに顔は分からなくなるけど可愛くなさすぎる……と星乃はそれを被るのをためらったが、凛が悲しそうな顔をしたので仕方なく被ったという経緯がある。
「ああもうやるしかない……! かかって来ーい!」
星乃が大剣を構えると、男たちが襲いかかって来る。
船にいるのはいずれも継川が雇用している者である。彼らはボディーガードや元SP、傭兵など経歴は様々であるが、荒事を得意としていることは共通している。
覚醒者も多く、侵入した女一人捕らえることくらい容易だと思われたが……
「やーっ!!」
星乃は彼らを一蹴し、吹き飛ばしてしまう。
すでに彼女の実力は並みの探索者では相手にならないレベルになっている。
集められた有象無象の荒くれ者程度では、時間稼ぎにすらならなかった。
(凛ちゃん、こっちは任せて……!)
星乃は心の中でそう呟くと、ひたすらに暴れ回るのだった。
◇ ◇ ◇
「二隻目、沈没! 現在も被害広がっています!」
部下の報告を受けた五十住は「チッ」と舌打ちする。
舐めていた。たかが仲間一人拉致られたくらいで乗り込んでくるような馬鹿はいないとたかを括っていた。
「短時間で二隻も沈めるとは……いったい何人やって来たのでしょうか。今すぐ船を出してください、沖に出れば追って来れないでしょう」
五十住は部下に指示を出し、船を出発させる。
その間もリリシアが繋がれている鎖を手放すことはない。
「ふん、ざまあみろ。みんなぶん殴られればいい」
「これで助かったと勘違いしないでください。他の船に乗っているのは金で雇っただけの者たち。強者はいません。しかし庭主が乗っていらっしゃるこの船には、我ら『護庭衆』が乗っています。あなたを奪還するのは不可能です」
継川が擁する忍者集団『護庭衆』。
彼らは幼い頃から特殊な訓練を受けて育てられた精鋭の兵隊であった。
「ふん、なにが『がーでぃあん』だ。老いぼれの妄言に逆らえぬ愚か者どもが。少しは自分の頭で考えて動くことはできないのか?」
「……少し言葉が過ぎますよ。私があなたに手出しをできないと思ったら大間違いです」
五十住は薄く目をあけ、冷たい視線をリリシアにぶつける。
そして彼女の細い首を右手で締め付けると、そのまま持ち上げる。
「ぐ、ぎさま……っ」
「殺しは許可されてませんが、多少のお痛であれば許容されています。少し口が過ぎましたね」
五十住は締める力を徐々に強くする。
脳に酸素がいかなくなり、リリシアの意識は薄くなっていく。
そのまま気絶するかと思われたその刹那、突如高速で何者かが接近し、刃を振るう。
「……ッ!」
それを察知した五十住は、咄嗟に跳んでそれを回避する。
彼のいた位置を刃が通過し、空を切る。もう少し回避が遅れていれば五十住は大きな傷を負っていただろう。
「……やはりあなたでしたか」
突然の襲撃者を見ながら五十住は呟く。
襲ってきた者は両手に剣を携えた女性であった。その顔は覆面で隠されているが、背格好から絢川凛であることは明白であった。
彼女はリリシアを持ったまま回避した五十住に視線を向け、口を開く。
「彼女を解放しなさい。これ以上罪を重ねるつもりですか」
「罪、ですか。この件が公になった時、罪人と裁かれるのはどちらでしょうか?」
五十住は笑みを浮かべる。
「なるほど、堂島大臣が来ないのはいい選択です。彼が失職すればあなた方の後ろ盾がなくなってしまう。ただ大臣の盾一つあったところで、どこまであなた方を守れるでしょうか? 特に魔災孤児であるあなたは親すらいない。継川グループという巨大な組織の前ではあなたなど吹けば飛ぶような存在なのですよ!」
五十住は語気を荒げてそう言い放つ。
以前の凛であれば、このようなことを言われたら平静でいられなかったであろう。家族を失ったことは彼女の最大のトラウマであったからだ。
しかし新たな家族を得た彼女は、その程度の言葉で揺らがない強さを得ていた。
「彼女を、解放しなさい」
「……っ!!」
微塵も動揺しない凛を見て、五十住の方が表情を歪ませる。
人質もいる、戦力差もある。それなのに優位に立っている気がしなかった。
どうすればいい。どうすれば優位に立てる?
五十住が焦りを募らせていると、味方の護庭衆たちが集まり、凛を囲む。
人数にして約三十人。かなりの数であった。
「こいつが侵入者か……」
「たった一人で来るとは」
「五十住さん。それをちゃんと押さえてて下さいよ」
集まった護庭衆たちは得物を手に凛を囲む。
彼らは全員覚醒者であり、人殺しのプロである。さすがにこれだけの数に囲まれては凛も迂闊に手を出すことはできない。
「…………」
凛は思案する。
逃走は可能だ。倒すのも……不可能ではないかもしれない。
しかし五十住はリリシアを確保している。人質に取られ脅されては勝つことは不可能であろう。
当然それは相手も理解しているだろう。
どうすればいい……と考えていると、一人の老人が凛の前に現れる。
「騒がしいと思えば、侵入を許しているとはな」
「継川……宗真……!」
老人の顔を見た凛は、その名を呟く。
継川は凛をちらと見ると、ため息をつく。心底落胆しているといった感じだ。
「このような小娘にしてやられるとは、情けない。貴様らは日の本という『庭』を守護する番人ぞ? いったいなにをしているんだ」
継川はそう言うと懐から拳銃を取り出す。
そしてその銃口を迷わず凛に向ける。
「避ければ、エルフを撃つ」
そう言って継川は引き金に指をかける。
彼の持つ銃はダンジョン産の金属を使った特別製であり、覚醒者にも効果がある。
当たれば自分がダメージを受け、避ければリリシアが傷つけられる。
凛は動くことができずその場に立っていることしかできなかった。
継川は「ふん」とつまらなそうに鼻を鳴らすと、引き金にかけた指に力を込める。
「死ね」
引き金が引かれ、弾丸が飛び出すと思われたその瞬間、再びガン! と船が大きく揺れる。
継川は引き金を引き弾丸が発射されるが、船が揺れたせいで狙いがずれ、誰もいない場所に弾丸が命中する。
「なんだ!? 今度はなにが起きた!?」
「て、庭主! あれを見て下さい!」
護庭衆の一人が海を指差す。
そちらに目を向けると、なんと船の進行方向の海が割れていた。
まるで旧約聖書でモーゼがやったように、綺麗に割れる海。この世のものと思えない光景に、継川も驚き、言葉を失う。
そしてその光景に見覚えがあった凛は、顔をほころばせる。
それは彼が間に合ったなによりの証拠であったから。
「やれやれ、人がいない間に好き勝手やってくれたな」
トン、と船の上に一人の男がやって来る。
スーツに身を包んだその男、田中誠は、継川と五十住、そしてリリシアを見て言い放つ。
「なにがあったかはよく知らないが……俺の家族は返してもらうぞ」




