第5話 囚われの姫君
――――夜の東京湾。
人気のないそこには、港に相応しくない立派な船が五隻停泊していた。
それらは継川グループが保有する船であり、今回のリリシア誘拐のために集めたものであった。
当然これだけの船が一度に集まれば、普通警察の目にも止まる。
しかし継川グループの威光は警察にも通用する。
すでに警察にも根回し済みであり、彼らは自由に行動することができた。
「……ほう。これがエルフの姫、リリシアか。確かに美しい、儂があと40歳若ければ自分のものとしたかっただろうな」
継川グループ総帥、継川宗真は船上に連れてこられたリリシアを見て、満足そうに言う。
誘拐されたリリシアは港につくとすぐに船に乗せられた。
手には頑丈な手錠がつけられ、魔素の流れを乱す薬を打たれている。
吸ったガスと打たれた薬の影響で、歩く程度であれば可能だが魔法を使ったり戦ったりすることは不可能であった。
リリシアはゆっくり目を動かし継川を捉えると、口を開く。
「貴様か、わらわを捕らえた不届者は。いったいわらわをどうするつもりだ」
「別に取って食うつもりはない、安心しろ。ただお主は魔対省に置いておくには危険過ぎる。もっと安全な場所に匿ってやる」
「匿う? 監禁するの間違いであろう」
「それは当事者の捉え方によるな」
両者は視線をぶつけ合い、火花を散らす。
リリシアはこの状況にあっても屈するつもりはなかった。
しかし継川はその態度が気に入らなかった。
「助けが来ることはない。早めに従順になることを勧める」
「必ず助けは来る。貴様こそ殴られる覚悟をしておくのだな、老体には堪えるぞ」
にやりと笑うリリシア。
その態度が頭に来た継川は手にした杖を振り上げリリシアを殴ろうとするが……思い直しその杖を下ろす。
「勘違いするなよ異世界人。お前に人権などない。この国のため、お前を隅から隅まで利用してやる。資源になるなら毛の一本まで使い、外交の材料になるなら喜んで他国にも使わせる。儂は容赦せんぞ、この国の為なら儂は情などいくらでも捨てられる」
「……っ!」
継川の恐ろしい表情を見たリリシアは鳥肌が立つ。
彼の目の奥に広がっていたのは闇。彼の言葉は偽りではなく、目的のためであればどれだけ残忍なこともしてきた。
表では大企業の長にして人格者として振る舞いながらも、裏では非情に徹し手を汚す悪党として生きてきた。
二つの正反対の人生を同時に生きて来た彼の心は、化物と成り果てていた。
「五十住。そやつを逃すなよ」
「もちろんです庭主。しっかり見張っておきます」
五十住と呼ばれたスーツの男は、リリシアの手錠から伸びている鎖を握っている。
常時ならいざ知らず、今の弱体化した状態では逃げるのは不可能であった。
「……お主見たことあるな。ダンジョンでわらわを狙い、タナカに撃退された奴だ」
「さてどうでしょう。私も特徴ある顔ではありませんから、他人の空似かもしれません」
「白々しいな。結果は変わらんぞ、今度もお主らは失敗する」
リリシアはそう断言するが、五十住は柔和な笑みを崩さない。
いったいなにを考えている。リリシアは不気味に思う。
「あの時と言われてもよく分かりませんが……その時と今では状況が違うのでは? ここにある五隻の船には、庭主の手の者が大勢乗っております。おまけに頼みの田中さんはダンジョンに行ってらっしゃる。助けは来ないでしょう」
継川宗真は強大な権力を持っている。たてつけば社会的制裁は免れない。
規格外の力を持つ田中ならまだしも、組織に属している星乃や凛、堂島ではこの男に逆らえないだろう。
五十住はそう考えていた。
そしてそのことはリリシアも理解しているだろう。そう思っていたが、
「はっ、あまいな。お前はなにも分かっていない」
「……どういうことですか?」
「あの家に損得勘定だけで動くものはおらん。わらわも含めて全員な」
五十住はその言葉の意味が分からず、更に聞き返そうとする。
すると次の瞬間、ガシャアン! という爆音と共に近くの船が二つに割れる。その衝撃で湾内は大きく波立ち、リリシアたちが乗る船も大きく揺れる。
「な、なにが起きた!? 原因を調べろ!」
慌てふためく五十住と同僚たち。
そんな彼らを見ながら、リリシアは「ほれみろ」と笑みを浮かべるのだった。




