第43話 聖女は我がままに生きたい
もうそろそろ寝ようかな、という時間。
部屋の扉がノックされて扉を開けてみると、敷物を持ったセティが立っていた。
「リーリア様、デートしよ」
セティがにっこりと笑う。
「……えっと」
予想外の言葉に、どう返事をしていいかわからない。
「星を見に行く約束、忘れちゃったんですか? 今日は夜でもあまり寒くないから行きましょう」
ちらりとレオを見ると、レオもまた困惑した顔をしていた。
グレンは口元をおさえて笑いをこらえている。
「……セティウス」
「なに」
「いや、お前……俺の記憶が正しければ」
「フラれたって? 言ったね、レオに。でもそれはそれ、これはこれでしょ? デートくらいいいじゃん別に」
「よくない。お前の柔軟性は尊敬しているが、柔軟すぎやしないか」
「恋人になるのは諦めたよ。それはレオに任せる。でもリーリア様とかかわらないわけじゃないよ?」
レオが苦い顔をしている。
「そんな顔しなくてもレオみたいにエロいことはしないから」
「俺だってそんなことしてない」
グレンがこらえきれないというように吹き出した。
「いやー、レオってこの先もずっと気の休まる時がなさそう」
「黙ってろグレン」
「スミマセーン」
「リーリア様、一緒に行ってくれないんですか?」
うるうると子犬のような瞳のセティに見つめられて、私の心がぐらつく。
恋人になれないからといってセティを遠ざけることは、どうしてもできない。
だからといって、さすがに恋人のように二人きりで夜に出かけるわけにもいかない。
「……レオかグレンが一緒なら。約束していたものね」
「やった!」
「じゃあ俺が一緒に行きます」
ため息まじりにレオが言う。
私の着替えを待って、三人で広場へと向かった。
広場に着くと、セティが敷いてくれた敷物に三人で寝転がった。
レオは俺が真ん中だと主張したけれど、セティがどうしても譲らず結局私が真ん中になった。
セティが明かりを消すと、満天の星空が視界に飛び込んでくる。
吸い込まれそうな、と表現するに相応しい、美しい夜空。
「きれいね」
「そうですね」
「二人きりじゃないのが残念ですが、きれいですね」
セティの軽口に、レオが舌打ちする。
思わず笑いが漏れた。
レオが、私の指にそっと自分の指を絡めてくる。
自分のものだと主張しているようで、また心拍数が上がった。
「こうしてきれいなものを見ていられるのって、幸せ」
「俺はリーリア様がお元気でいてくださるのが一番幸せです」
「僕も。もう無茶はしないでくださいね」
「心配をかけてごめんなさい」
「僕はもうあんな思いは絶対に嫌ですからね」
「俺もです。思い出すだけで恐ろしくなります」
あのまま死んでいなくて本当によかった。
ミリアが死んだ時以上の傷を、彼らに背負わせてしまうところだった。
「もうあんなことはしないわ。これからはちゃんと自分の命も大事にして生きていく。そして今世の目標をもっと達成しないとね」
「目標?」
「わたくしの今世の目標は、わがままに生きることなのよね。少しは達成できたと思っているのだけど」
「少しも達成できてませんね。リーリア様は他人のことばかりで自分のことは後回しなんですから」
セティに完全否定される。
「人のことばかり気にかけず、もっとご自分のことを考えてもらいたいものです。もっとわがままを言って甘えてくださったほうが嬉しいんですが」
レオまでそんなことを言い出す。
「ふふ、二人とも手厳しいわね。でも……わがままに生きるって、周囲を困らせてでも自分の欲望を押し通すっていうことじゃないんだってわかったの」
「ではどういうことがわがままだと?」
「自分を大切にして、心のままに生きること。周囲の人を大切に思うのなら、まずは自分のことをちゃんと大事にしないと。その上で、誰かの助けにもなれたらと思うわ。わたくしはそういうふうに生きていきたいの」
「うーん、でもそれじゃあやっぱりわがままとは言い難いですね。もっと好き放題していいのに」
セティにあっさりとダメ出しされて、苦笑する。
「俺は素晴らしい考え方だと思います。その一方で、リーリア様をどれほど甘やかせばもっとわがままを言ってくださるようになるのか興味がありますね」
レオにそんなことを言われて、心臓が跳ね上がる。
たぶん、顔も赤くなっている。暗くてよかった。
「レオなんかやらしい」
「やらしくない。変な風にとるな」
「色々我慢しすぎて思考がおかしな方向に行ってるんじゃないの」
「俺はまともだ。お前は俺をなんだと思ってるんだ」
「え? 夜の獅」
「や、やめろ!!」
「? よくわからないけど、やっぱり二人は仲がいいのね」
「そうでしょ」
クスクスと笑うセティ。
レオは答えずため息をついただけだった。
とそこで、レオが急に起き上がって庭園の方角を見る。
「どうしましたか? レオ」
「誰か来ます。……二人ですね」
「あ、ほんとだ。嫌な感じはしないけど」
「グレン、か?」
ゆらゆらとランプの明かりが近づいてきて、しばらくするとグレンとルカの姿が暗闇の中にうっすらと見えた。
セティが炎をいくつも空中に浮かべて、辺りが明るくなる。
グレンとルカは、しっかりと手をつないでいた。
あれ、いつの間にそんなことに?
周囲が明るくなったことに気づくと、ルカはあわてて手を離した。
「おーいたいた」
「グレン、なぜここに?」
「せっかくだからみんなで夜の宴会でもやろうと思って。聖女様とオレの生還祝い?」
「リーリア様はともかくなんでお前まで主役になろうとしてるんだ」
「ていうか星を見るデート中だったんだけど?」
「二人きりじゃない時点でデートじゃないだろ。ほら、敷物とか酒とかつまみとか色々持ってきたから」
遅れてエイミー、ランス卿もやってくる。
グレンがみんなに声をかけたのね。
敷物を広げてみんなで持ち寄った食べ物や飲み物を並べる。
まさか宴会になるとは思っていなかったわ。
男性にお酒、女性に果実水が行き渡ったところで、グレンが立ち上がる。
「じゃあ聖女様とオレの生還を祝ってかんぱーい」
「勝手にお前を主役に加えるな」
ランス卿にまでそんなことを言われるグレン。
「みんな冷たいなあ、オレ死にかけたのに」
グレンが座って背中を丸めた。
ちょっと気の毒ね。
ルカがそっとグレンの背中をさすると、グレンのたれ目がさらにたれた。
「助かってヨカッタネー」
とセティ。
たしかに冷たい。
「ふん、いいんだ。オレにはルカさんがいるんだ。みなさん、オレとルカさんは付き合うことになりましたー!」
「ちょっ、グレン様! みんなの前で、もう!」
ルカにべちんと背中を叩かれるグレン。
ルカの尻に敷かれる未来しか想像できないわ。
エイミーがくすくすと笑っている。
みんな楽しそうね。
しばし和やかな飲食の時間が続いたところで、セティが「あ、そうそうリーリア様」と体ごとこちらを向いた。
「なあに? セティ」
「僕は大神官を目指すことにしたから」
「えっ、そうなの!?」
「おいおい、初耳だぞ」
ランス卿が驚いた顔をする。
レオはすでに聞いていたのか、驚かない。
「すぐには騎士団は辞めませんよ。神官の試験に受かってからですね。僕の身体能力では騎士としてはこれ以上強くはなれないでしょうし、それなら魔力をいかした神官、それも一番偉い大神官になろうかと」
「そうなのね」
神官見習の時期があったとはいえ、騎士だったセティが大神官になれるものなのかしら。
そもそも大神官ってどうやって選ばれるの?
百年以上シャティーンが大神官だったから、よくわからない。
「神官長は経歴と人脈がものを言うんですけどね。大神官は特殊な地位だから、経歴よりもあらゆる魔法を構成する力と幅広い知識が必要なんです。生半可な知識量じゃなれませんが、必ずなってみせます。そして聖女と大神官で行う行事をたくさん作ります」
じろりとレオがセティを見るけれど、セティはどこ吹く風。
ふふ、セティらしいわね。
「セティならきっとなれるわ。頑張ってね」
「はい。あいつを大神官の地位から引きずりおろしてやります」
そう言いながらも、セティからは負の感情を感じない。
それどころか、どこか嬉しそう。
彼の中で、何か気持ちの変化が起きているのかしら。
上機嫌にお酒を飲むセティが微笑ましい。
「そういえば、リーリア様は何か夢はあるんですか?」
「そうね、大きな孤児院と学校が併設されたものを作りたいわね。可能なら国中の孤児がそこに集まって学べるようになってほしいわ。国家事業になるでしょうから、当然陛下のお力もお借りしなければいけないし、簡単ではないと思うけれど。資金の問題もあるし」
「また他人のことばかり。個人的な夢はないんですか? わがままはどうしました、わがままは」
なんだかセティの口調が怪しくなってきた。
結構なペースで飲んでるけど、大丈夫?
「そう言うなセティウス。さすが聖女様、頭が下がります」
「そうですね。で、リーリア様ご自身の夢は?」
レオに問われて、言葉につまる。
結婚して子供をたくさん産んで、というのが夢だったのだけど……今、それを口にする勇気はない。
色々と生々しすぎる。
「ばっかだなぁー、レオがそれ聞いちゃう? 女の子の個人的な夢と言えばやっぱりお嫁さんだろアハハ」
すっかり酔っ払ったグレンが据わった目で言う。
そしてルカに軽くつねられていた。
「お嫁さんかあ。あーあ、レオがうらやましいな。二人が結婚したら僕はリーリア様のこと姉さんって呼ぼうっと。そのほうが親しい感じがするし。うん、いいなそれ」
「わたくしのほうが年下なのだけど……」
「僕はレオの弟だし、間違ってないでしょ?」
「じゃあ私は聖女様にお義父様って呼んでもらおうかな。レオの父親代わりだったしな」
レオが盛大にむせた。
クスクスと笑うランス卿。
きれいな仕草でお酒を飲んでるけど……あれ、もしかしてランス卿まで酔ってる?
「世話になったことは否定しませんが、父親代わりでしたっけ!? っていうかあんたら、俺の弟だの父親代わりだの言いつつなんだかんだリーリア様と関わろうとしてますよね!?」
「当然じゃないか。そう簡単に聖女様を独り占めできると思うなよ」
「そうだそうだ、思うなよー」
「オレはルカさんを独り占めだー。ルカさんはオレのものだー大好きだー」
ああ……。
みんな酔っぱらっている。特にグレン。
一滴も飲んでいないルカは真っ赤になった顔を両手で覆っている。
「あーそうだ、エイミーさん。神聖騎士の若いやつが、エイミーさんのことかわいいし性格もいいって褒めてましたよぉー」
「えっ!」
グレンの酔っぱらい節を突然向けられたエイミーが、頬を染める。
「こらグレン、無粋だぞ。そういうのは本人達に任せろ」
「えーいいじゃないすか団長。どっちも奥手そうだし、そんな時こそ軽口の騎士様の出番ですよ。このオレが若い二人をそっと手助けすると!」
「無駄にこじれるだろうな」
「団長ぉー」
グレンが寝転がる。
付き合いたてでこんな姿を見せて大丈夫かしら。ルカにフラれてもしーらないっと。
三人で静かに星を見るはずが、酔っ払いだらけの大宴会になってしまった。
でも、普段とは違うみんなが見られてとても楽しい。
ちらりと隣のレオを見ると、目が合った。
「レオも酔っているの?」
「強いほうなので、さほど。何よりリーリア様の前で醜態はさらせません」
「グレンみたいになったレオも見てみたい気がするわ」
「勘弁してください」
苦笑してレオがお酒を飲む。
コップを持つ男らしい大きな手に、思わず見入ってしまう。
あの手が私の手を握ったり後ろから抱きしめたりしたのかと思うと、突然恥ずかしさが襲ってきた。
「どうかしましたか」
「え? い、いいえ。レオの手って大きいなと思っただけ」
「? そうですか」
不思議そうな顔をするレオ。
セティがクスッと笑った。
私はこのままレオと恋人同士として過ごして、いずれ……結婚するのかしら。
もう結婚を禁じられる理由もないでしょうし。
漠然と結婚や出産を夢見ていたときは何も思わなかったけれど、いざそういう相手ができてみると想像するのが恥ずかしくなってくる。
でも、未来のことは誰にもわからないわよね。
結婚も確定していることじゃないし、子供ができるかもわからない。
今は幸せでも、明日は辛いことがあるかもしれない。
だからこそ、「今」という時間を大切に生きていこう。
自分と、周囲の人を大事にしながら。
心のままに、我がままに。
とりあえずは、大好きな女友達と愛すべき酔っ払いたちによるこの宴会を思いっきり楽しもうっと。
最後までお読みいただきありがとうございました!
今後は番外編などを数本書く予定です。




