伯爵夫妻にご挨拶【前編】(レオ視点)
おろしたての騎士の制服に着替えながら、俺はいまだかつてないほど緊張していた。
今日、俺はリーリア様のご両親にご挨拶に行く。
もたもたしていると社交シーズンが終わって領地へ帰ってしまうから、ご両親が王都にあるタウンハウスにいるうちにご挨拶をさせていただくことになった。
気持ちが通じ合って、まだひと月ほど。
お友達より多少距離感が近い程度の関係性だが、こういうのは早いほうがいい。
リーリア様が十八歳になったら結婚を申し込みたいと考えているが、ギリギリになってから結婚報告をするのは感じが悪いだろう。
いくら聖女になったときに籍を抜けたとはいえ、ご両親にとっては大切な末娘だ。
付き合っている男がいると後で知らされるより、早い段階でご挨拶に行ったほうが安心するはずだ。
―――付き合いを認めていただけるかは、わからないが。
俺は今でこそ神聖騎士団副団長という地位を得ているが、平民、それも元孤児だ。
おまけにリーリア様より十歳も年上。
認めないと言われた場合はどうしたらいいんだ?
リーリア様をあきらめるという選択肢は、俺の中にはないんだが。
今日はさすがに馬ではなく馬車で行くことになったが、なんと陛下が王家の馬車を出してくれた。
陛下は「リーリア殿には一生頭が上がらぬ、できることはなんでもする」と崇拝者みたいになってるところがあるからな。
まあ、命がけであんな奇跡を起こして自分の国を救われては、そうなるのも無理はないかもしれないが。
馬車の中、聖女の衣装を身にまとったリーリア様と隣り合って座る。
緊張のあまり口から心臓が出そうな俺を、リーリア様が心配そうに見ている。
情けない姿を見せたくはないんだが。
「大丈夫? レオ」
以前よりもだいぶくだけた口調が、うれしい。
「もちろんです」
「緊張するわよね。わたくしだって逆の立場だったらものすごく緊張してると思うもの」
緊張しながら一生懸命挨拶をするリーリア様を想像するとかわいいな。
あいにく親はいないんでそのかわいいリーリア様を見ることはかなわないが。
ああ、自称お義父様の団長がいたか。
「お父様も決して悪い人じゃないしお母さまはしっかりした人だけど、特にお父様はわたくしを可愛がりすぎるところがあるから……」
少し心配そうな顔でリーリア様が言う。
何を言われるんだろうな、俺。
「もし俺が何か困るようなことを言われても、リーリア様は俺をかばわないでくださいね」
「なぜ?」
「俺が自分の力で認められなければいけませんから」
「……わかったわ。レオに任せる」
リーリア様が微笑んで、俺の腕に頭を預ける。
よけいに心臓の動きが激しくなった。
伯爵邸の門にたどり着き、そこからさらに馬車で進む。
貴族の基準はまったくわからないが、王都にこんなに広い邸宅を持てるということは、おそらく経済力のある家柄なんだろう。
玄関に着いて馬車から降りるリーリア様に手を貸していると、屋敷の扉が開いて執事が出てきた。
「神聖騎士団副団長様、お嬢様、お待ちしておりました。応接室で旦那様と奥様がお待ちです。ご案内させていただきます」
執事に案内され、立派な扉の前に着く。
執事がノックして扉を開けると、……リーリア様の家族全員とおぼしき人々がそこにそろっていた。
待て、ご両親だけじゃないのか。
ご両親と、兄らしき人。それから姉らしき人が二人。
緊張のあまり吐きそうだ。
「お初にお目にかかります。私は神聖騎士団で副団長を務めておりますレオと申します。本日はお時間をいただきありがとうございます」
「まあ掛けなさい」
伯爵が不愛想に言う。
もう歓迎されてないムードが満載だ。
リーリア様と同じ淡い金色の髪の整った顔立ちの男性。年齢は団長より少し上くらいか。
「あ、ちょっと待ってくださいな。その前に」
伯爵夫人が立ち上がり、近づいてくる。
リーリア様はお母様似だな。美しい人だ。
兄姉もそうだし、家族全員美形なんだな。
「リーリア、久しぶりね。会いたかったわ、とても」
そう言ってリーリア様を抱きしめる。
リーリア様の表情が、年相応の少女のものになった。
「わたくしも会いたかった、お母様」
「リーリア!」
「会いたかったわ!」
姉君たちも続いてリーリア様を抱きしめる。
俺より少し年下くらいの兄君が、咳払いをした。
「お客様の前ですから、再会の喜びは後に。お待たせしては失礼ですよ」
「やだ、ごめんなさいね」
それぞれが席に戻っていく。
俺たちも再度促されて座った。
伯爵は渋い顔、伯爵夫人と姉君たちはニコニコしている。兄君は良くも悪くも無表情。
「して、レオ卿。リーリアから紹介したい人がいると手紙をもらったが。リーリアと交際しているということでいいんだね」
「はい。ひと月ほど前からお付き合いをさせていただいております」
「……」
無言の時間が怖い。
伯爵夫人は相変わらずニコニコと笑い、姉君たちは扇で口元を隠しながら何かを小声で話している。
「神聖騎士団副団長レオ。年齢は二十六歳。この年齢、しかも平民出身で副団長になるのは珍しいとか。七歳という幼さで騎士見習いとなり、十六歳という若さで騎士に叙任される、か」
「!」
俺のことを調べたのか。
まあ、それくらいはするか。
リーリア様が何かを言いかけたが、少しだけ手を上げて止めた。
「騎士としてはかなり優秀なようだ。その強さは当代一とも言われているとか」
「……恐れ入ります」
「その一方で、二十歳くらいまではなかなか華やかな生活をしていたようだな」
「……」
そうきたか。
華やかというのは優雅な意味じゃないのはわかっている。
何かと乱れた生活をしていた頃のことを言っているんだろう。
ずいぶんと過去のことまで調べているようだ。
「たしかに、男らしく整った容姿をしている。おまけに強いとあっては、女性もほうってはおかないだろう」
さて、なんて答えるのが正解か。
反論すべきか? いや事実だしな。
リーリア様が口を出すのを我慢しているが、今にも何か言いだしそうだ。
「ちなみにあだ名は夜の獅、イテッ」
伯爵夫人にニコニコ顔のまま太ももをつねられた伯爵が、ようやく黙る。
しかし……誰がつけたんだかわからないこのフザけたあだ名は一生俺についてまわるのか。
自分でそう名乗ったことなど一度もないというのに。
「おほほ、あなたったら。過去のことをぐちぐちとしつこく言うのは卑怯ですわ」
「しかしなあ」
「過去のことを言うのでしたら、あなたも人のことなど言えないでしょう。そうそう、たしかあだ名は社交界の」
「ま、待て! リーリアの前で!」
「なら下らないことを言うのはお止めになって?」
「はい」
思わず笑いそうになるのを必死でこらえる。
リーリア様は色々な意味でお母様似だな。
将来俺もこうやって尻に敷かれるんだろうか。
兄君のため息が聞こえた。
「失礼しましたわ、レオ卿」
「いいえ。たしかに私の過去は決して褒められたものではありません。リーリア様のご両親としては心配されるのが当然かと思います。ですが、私はリーリア様だけを愛しています。その気持ちはこの先も変わることはありませんし、生涯リーリア様に対して誠実であることをこの命をかけて誓います」
姉君たちが頬を染めてきゃあ~と悲鳴のような声を漏らす。
俺だってこんな気障なセリフは恥ずかしいが、本心だしご両親を安心させるためには言うしかない。
リーリア様も真っ赤になって下を向いてしまった。
「まあウフフ、ずいぶんとリーリアを大事にしてくれそうな好青年ではないですか、あなた」
「くうっ……」
伯爵が顔を覆う。
「そんなことを言いつつも、もう君はリーリアを傷物に」
「お父様!」
リーリア様が伯爵の言葉を遮る。
「……あなた」
伯爵夫人の声も一段低くなる。怖いな。
「決してそんなことはありません。結婚前にそのようなことはいたしません」
「君が?」
言いたいことはわかるが、あからさまだな。
「はい。リーリア様が十八歳になって、その時にリーリア様のお気持ちに変わりがなければ、結婚させていただきたいと考えております。それまではご心配なさっているようなことは決してありません」
またリーリア様が真っ赤になる。
かわいい。
「……ひとまずは君を信じよう。ところで、副団長である君は聖女であるリーリアの警護責任者だとか」
「はい」
「なら噂通り当代一の実力かどうか見せてはくれないか? リーリアを公私ともに任せられるほどの者かどうか」
「実力を見せる、とは」
「我が伯爵家で最も腕が立つ騎士と手合わせしてもらいたい」
「お父様。レオの剣技は見世物ではありません」
低く抑えた声でリーリア様が言う。
だいぶ伯爵に対して言いたいことがたまっていそうな雰囲気だな。
「リーリアの言う通りですわ。カイとコソコソ何かを話していると思ったら。いい加減になさいませ」
伯爵夫人も伯爵をたしなめる。
たしかに剣は見世物じゃないが、それで納得してもらえるならどうってことはない。
「お気遣いありがとうございます。ですが、戦いは私の本分。むしろそれしか取り柄がありませんから、それで安心していただけるのでしたらいくらでもお見せします」
「レオ……」
「リーリア様、ご心配なさらず」
あらかじめ手助け不要と言ってあったからか、リーリア様は渋々引き下がった。
皆で庭に出ると、既に一人の騎士が木剣を持って待機していた。
俺と同じか少し年下くらいの、優しげな顔立ちをした男。
よく鍛えられた体つきをしている。
「ウィンガーデン家の騎士、カイと申します。名高き神聖騎士団副団長にお手合わせいただけるとのことで、光栄です」
口調は丁寧だが、目は少しも笑っていない。
俺に木剣を投げてよこしたが、攻撃かと言いたくなるくらい結構な勢いだった。
それを軽く受け取ると、カイは悔しそうな顔をした。やっぱり先制攻撃のつもりだったのか。
カイが少し離れたところにいるリーリア様をちらりと見る。そして切なげに顔をゆがめた。
なるほど、わかりやすいな。
腕前は、実際にやってみないとわからないが、たぶんグレンくらいか?
ちなみにグレンに負けたことは一度もない。
さて、その上でどうしたものか。
当然、負けることは許されない。かといって、過剰に叩きのめせばそれはそれで危ないやつだと思われるだろう。
ほどほどに勝つというのは難しいんだが。
「では参りますよ副団長殿……!」
言うなり、カイは距離を詰めてきた。
繰り出される剣を二度、三度と受ける。
攻撃の重さは普通。剣筋や足さばきは、いかにも騎士という感じだ。
グレンの型にはまらない攻撃のほうがよほど厄介だな。
次に木剣で攻撃を受けたところで、思い切り押し返す。
カイは少し体勢を崩したが、一歩下がって距離を取り、鋭い突きを繰り出してきた。
それを木剣を手放しつつあえてスレスレで避けて、手首と胸倉を掴み投げ飛ばす。
「ぐうっ!」
木剣を拾い、倒れたカイの肩を狙って突き下ろす。
カイが転がってそれを避け、素早く起き上がって剣を構えなおした。
「さすが、やりますね」
口では余裕ぶっているが、顔色は良くない。
投げ飛ばさずに相手の突きの勢いを利用して腹なり喉なりにカウンターを入れることもできたが、死ぬ可能性もあったからやめておいた。
まあカイもそれはわかっているだろう。
「ですが、あなたをリーリア様の恋人として認めるわけにはいきません」
「君とリーリア様の関係は?」
「……お嬢様を幼い頃からお守りしてきました」
「それだけの関係なら、悪いが君の許可は必要ないんだが」
気持ちはわかるし、気の毒ではあるが。
リーリア様を慕う騎士全員の許しを得なければならないなら、俺は永遠に結婚できないだろう。
「それはそうですけど!」
涙目で攻撃をしかけてくる。
泣くなよ……。
激しく繰り出される攻撃を、木剣で受け、避ける。
あえて隙をつくって相手の上段攻撃を誘い、それを避けつつ相手の懐に潜り込んで、その顎を木剣の柄で打ち上げた。
脳を揺らされ膝から崩れ落ちるカイ。
座り込んだまま動けなくなったその首元に、木剣を突き付ける。
「む、勝負ありだな」
伯爵が言う。
「まだ、です。まだやれます」
そう言えるカイの根性は認めるが、これ以上やると危険だ。
伯爵が近づいてくる。
「もういい、カイ。お前はよくやった。噂通りの実力の持ち主だ、負けても恥ではない」
「くっ……」
涙を流すカイ。リーリア様の前でそんなに簡単に泣いていいのか。
「失礼な真似をしてすまなかった。見事な実力だった」
「恐れ入ります」
「しかし……」
伯爵が目元を手で覆う。
まさか伯爵まで泣いているのか?
「なぜリーリアはこんなに文句のつけようのない男を連れてくるのだ」
え?




