第42話 心の行方
体調が回復するまで、三日ほどは部屋でおとなしくしていた。
その間、侍女以外には会っていない。
食事もようやくほぼ元通りに戻ったところで、私は少しだけ外に出ることにした。
ずっと部屋の中にいたら体がなまってしまうものね。少し歩かないと。
庭園でも散歩しようと準備をして扉を開けると、セティがこちらに歩いてきた。
「リーリア様。やっと会えた」
「セティ。今日の部屋の前の警護はあなただったの」
「はい。そろそろ散歩にでも出る頃かなって思ってたから、護衛しようとここで待っていました」
「相変わらず勘がいいわね」
「リーリア様に関することだけですよ。そういうわけだから、今日は遠慮してくれるかな侍女さん。少しリーリア様と話がしたいんだ」
「承知しました」
エイミーがぺこりと頭を下げる。
そのまま、セティと二人で庭園に向かった。
今日は日差しが強いので、木陰のベンチに座った。
空は青々と澄んでいて、夏の気配を感じさせる。
「セティも座って?」
「護衛は座れませんよ」
ちいさく笑って、ベンチの後ろ側に回る。
「それでは顔が見えないわ」
「いいんです。僕からはリーリア様の背中が見えますから」
小鳥の愛らしい声が木の上から聞こえる。
かすかに吹く風は緑の匂いをはらんでいい香りがする。
美しい初夏の一日。
けれど、私は緊張していた。
これから話さなければいけないことを考えると、その美しさを楽しむ余裕がない。
「……セティ。やっぱりこっちに来ない?」
ふ、とセティが笑う。
「僕はあなたの後ろでいい。あなたの隣に座る男は、僕じゃないから」
「……!」
セティの言わんとしていることがわかって、言葉につまる。
「その話をするつもりだったでしょう? リーリア様」
「……ええ」
何もかも、セティに読まれてしまう。
どう切り出していいのかわからずしばらく黙ってしまったけれど、セティはただ黙って私の言葉を待っていた。
「セティ。わたくしは、あなたのことが本当に大切なの」
「はい」
「大好きで、愛しくて。とても感謝しているし、幸せになってほしいと心から願っているの」
「ええ。知っています」
「でも、……あなたの恋人にはなれない。大好きだけど、恋ではないから」
「うん。……それも知ってた」
穏やかなセティの声。
鼻の奥がつんとして、涙が出そうになる。
でも、ここで泣くのは卑怯だわ。
「ごめん……ううん、ありがとう。好きになってくれて。側にいてくれて。いつも助けてくれて」
「いつも助けられたのは僕のほうです。あなたが生きて笑っていてくれれば、僕は幸せなんです。だから、僕に申し訳ないなんて思わなくていい」
「……っ」
どこまでも優しい声音に、こらえきれずに涙がこぼれる。
セティがいるのが後ろでよかった。
「僕の気持ちに応えられなかったことを、どうか引きずらないで。自分の心に素直になって、愛する人に愛してると言ってください」
「うん……」
涙声にならずに、ちゃんと答えられたかしら。
そう思ったけれど。
セティは私の前にするりと回った。
「!」
涙を見られたくなくてうつむく。
「あ、やっぱり泣いてた」
からかうようなセティの声。
私は顔を上げられない。
「ちゃんと顔を上げて見せてくださいよ」
「いやです」
「どうして?」
「こんな時に泣くのはずるいでしょう」
「ずるくないですよ。それに僕は泣き顔が見たいって言ってたでしょう?」
そういえばそんなことを言ってた。
もう私を恨んでいないと言ったあの時に。
セティの手が私の顎に触れて、私の顔を上向かせる。
私は逆らえず、目をそらすので精一杯だった。
「ふ、泣くと変な顔ですねリーリア様」
「ほっといて」
「うそです。ずっと見たかったリーリア様の泣き顔、かわいいですよ」
「……っ」
唇を噛んでこらえようとするけれど、涙がさらにあふれてしまう。
セティが私にハンカチを渡して、またベンチの後ろ側に回った。
「案外泣き虫なリーリア様が泣き止むまで、僕はずっとここにいます。護衛だから当たり前ですが」
「セティ……」
「好きなだけ泣いちゃってください。あ、そこらへんにいた騎士は魔法で追っ払っときましたから。リーリア様の貴重な泣き顔を見せるわけにはいきません」
「ふ……」
涙を流しながら、思わず笑ってしまう。
「恋じゃなくても、リーリア様が僕を心から大切に思ってくれてることは知ってます。だから、僕は幸せなんです。リーリア様、どうか思うように生きてくださいね」
「うん。ありがとう」
また涙があふれて、しばらく止まってはくれなかった。
その日の夕方、私は熱を出してしまった。
自分で思ったほど体はまだ回復していなかったみたい。
大神官が様子を見に来てくれたけれど、今回は神官長を通して事前に私の許可を得てからだった。
まあそれでも来るときは部屋に直接瞬間移動なんだけど。
それに慣れてしまった私も変よね。
彼は私の様子を少し見て、「熱以外問題はなさそうですが死にかけたんだからまだ無理をしてはいけません、散歩も禁止です」と言い残してまた瞬間移動で帰っていった。
ああ、また部屋に軟禁生活になってしまう。
食事もまた胃にやさしいものになるわよね。
久しぶりに肉が食べたかった……。
お風呂も……。
そんな欲望ばかりがわいてくる。
でも聖なる力と浄化の力を使い切るなんて無茶をしたんだから、仕方がないわよね。
生きてるだけでもありがたいと思わないと。
その日の夜はエイミーとルカが交代で夜通しついていてくれることになった。
大丈夫と言ったのだけど、死にかけた後だったから、二人とも「リーリア様の大丈夫はあてになりません!」と聞いてはくれなかった。
みんなに言われるわ、この言葉。
ベッドの上、熱にうかされながら目を閉じる。
その日は眠りが浅く、セティの夢を見ては目が覚めるというのを繰り返した。
額に濡れたタオルのひんやりとした感触を感じて、目を開ける。
あれ、もう明るい。
最後に目覚めたのは夜明け前だったから、わりと長く眠っていたのね。
「ルカ……?」
タオルを換えてくれたのは眠る直前まで見ていてくれたルカだろうと思い、横を見る。
けれど予想に反して、そこにいたのはレオだった。
どこか、ほっとした顔をしている。
「えっ、あ、レオ?」
「驚かせて申し訳ありません。そのまま寝ていてください。熱を出されたと聞いて、心配で」
「もう朝なのですね。ルカは?」
「俺と入れ替わりで出ていきました。ニヤニヤし……いえ。またすぐに戻ってくると思います」
体を起こそうとすると、レオに止められた。
「まだ寝ていてください。俺もすぐに出ますから」
心配してくれたのね。
そういえば目を覚ましたとき、ほっとした顔をしていた。
もう目を覚まさないんじゃないかと不安だったのかしら。
「許可も得ず部屋に入ってしまい申し訳ありません」
「いいえ。心配してくれてありがとう」
「今はゆっくり休んで、元気になってください。体調が万全になったら……俺と出かけてくれますか?」
「もちろん。楽しみにしています」
レオは優しい微笑を浮かべると、一礼して部屋を出て行った。
熱が下がってから外出申請を出して、許可が下りたのは二週間も後だった。
大神官が神官長に命じて止めていたとか。
もうとっくに体調は万全になっていたのに心配性だなと思う一方で、それだけ心配をかけたのだから仕方がないかと納得もする。
特に大神官は目の前であんなことになったんだから、それは心配もするわよね。
その気持ちをありがたいと思わなくては。
外出先は街だった。
先日はほとんど滞在できなかったからと、レオが連れてきてくれた。
今日は先日と違って露店も出ていなかったので、人通りはそこそこありながらも人混みと言えるほどではなく、あまり疲れずに済んだ。
本や服を見たりカフェで軽食をとったりととても楽しくて、こういうのをデートっていうのかなと考えるとやけにドキドキしてしまった。
食後は、広い公園に移動して二人でぶらぶらと歩いた。
神殿などの庭園と違って、そこかしこに人がいて子供たちも遊んでいる。
人々の日常の一場面を、なぜだかとても美しく感じた。
レオが指を絡めるように、手をつないでくる。
私も、軽く握り返した。
足を止めて、レオが私を見つめる。
私も彼を見上げた。
「リーリア様」
「はい」
「……愛しています」
胸の中に、彼の言葉が広がっていく。
うれしくて、温かくて、泣きたくなるような感覚。
自然に、笑みがこぼれた。
「わたくしも、レオが大好き」
前世での関係、年齢差、聖女であること。
色々悩んでいたことが嘘のように、そんな言葉がするりと出た。
「俺でいいんですか」
「レオでなければ駄目なの」
「……っ」
レオが前を向く。
その横顔が赤くなっていて、かわいい。
「俺を受け入れてもらえるなんて、夢を見ているようで現実感がありません」
「わたくしも不思議な感じです」
セティのことが一瞬頭をかすめて、胸が痛んだ。
でも、自分の心に嘘はつけない。
私はレオが好き。ほかの誰でもなく、彼が好き。
「本当はもっと色々告白のシチュエーションを考えてたんです。きれいな花畑でとか、星空の下でとか、花束を渡してとか。でも考えれば考えるほど、逆にありきたりだしなんだか必死感が出すぎてるよな……とか思えてきて」
「ふふっ」
「どうしたものか考えてるうちに、言ってしまいました。子供たちも遊んでいるような公園でってどうなんだろうと今になって思いますが」
「ここの雰囲気、わたくしは大好きです。だからうれしいです」
レオが再びこちらを見る。
「あなたに受け入れてもらえたなんて、本当に信じられない。同時に死ぬほどうれしくて、あなたを抱きしめたくて仕方がないんです」
「!」
そんなことを言われて、頬が熱くなる。
「でも……子供たちがものすごく見てるんです」
「?」
振り返ると、たしかにすぐ近くで五~七歳くらいの子供三人がこちらをじっと見ていた。
なんだか懐かしいサイズ感。
つないでいた手を離して、子供たちに笑みを向ける。
「こんにちは」
「こんにちはー。おねえさんすごくきれい。おひめさまなの?」
五歳くらいの女の子が言う。
かわいいなあもう。
「ふふ、ありがとう。でもお姫様ではないわ」
「二人はけっこんするの?」
男の子がそんなことをズバリと聞いてくる。
「このお姉さんがもう少しだけ大きくなって、そのとき俺のことを嫌いになってなければな」
レオったら!
子供たちの前なのに、私の顔はたぶん真っ赤になってしまっている。
「ふーん、でもお兄さんがいくらイケメンだからって、のんびりしてたらだめだと思う。女は待たせちゃだめだってお母さんがいってた」
「肝に銘じておくよ」
やたら大人びたことを言う一番年長らしき女の子に、レオが優しい笑顔を向ける。
女の子は照れた顔で走り去ってしまった。
ほかの子たちもそれに続く。
ぱたぱたと走っていく子供たちの後ろ姿がかわいい。
「そろそろ帰りましょうか」
苦笑まじりでレオが言う。
「ええ。そうしましょう」
裏道への門が見えるところまで、二人で手をつないで帰った。
城門までの道を、馬に揺られてゆっくりと進む。
跨がれるようにズボンをはいてきてよかった。
だって、いまさらだけど照れくさくなってきたんだもの。
横座りだと、顔を見られてしまう。
「病院へ行った帰り道も、こんな風に二人で馬に乗りましたね」
「そうね」
あの時みたいに、レオの体に背中を預けているけれど。
今日はあの時のような安心感じゃなく、猛烈な恥ずかしさと妙な緊張感がある。
その一方で、レオの体温も体に響くような低い声も、くらくらするほど心地いい。
自分の中の不思議な感覚に戸惑う。
「思えば、あの時すでにリーリア様のことを好きになっていた気がします」
「そんなに早く?」
「ようやく……想いが通じました」
ひええぇ。
よくルカがうぉっふっとか不思議な声を出していたけど、私も今はそんな声が出てしまいそうな気分。
「リーリア様」
「はい」
「抱きしめてもいいですか」
「……っ、は、はい」
身を固くする私にレオがちいさく笑い、片腕を腰に回してぎゅっと抱きしめた。
恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。でも、心が満たされる。
背後のレオが動いたと思ったら、耳に軽く口づけをされて「ひぁっ」という変な声が出た。
「すみません、耳が真っ赤になっていてかわいかったので、つい」
「し、心臓に悪いです」
「リーリア様が十八歳になるまで、あと一年半くらいですか」
「? そうですね」
「長いな……。それまで、修行でもしている気持ちで頑張ります」
「何を頑張るんですか?」
それには答えず、レオはもう一度「頑張ります」と独り言のようにつぶやいた。




