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聖女リーリアはわがままに生きたい【電子漫画化】  作者: 星名こころ
本編(完結済)

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第37話 突沸


「まず、聖女様のお体に問題はありません。通常の浄化の何倍もの瘴気を吸い上げたせいで、一時的に体に負担がかかったのでしょう。今は体に入った瘴気の大半は無害化しているようです」


 大神官の説明に、エイミーとルカが手を取り合ってよかった、と涙ぐむ。

 私がいるベッドの周りをひたすらウロウロしていたレオの足もようやく止まった。

 ランス卿とセティも安堵の表情を浮かべている。


 それにしても、これが浄化をするということなのね。

 今まで瘴気を取り込んで無害化するという浄化は無意識に行っていて、瘴気を体に取り入れているという自覚もなかったけれど。

 体が動かなくなるほどの瘴気を取り込めば、さすがにその存在を感じずにはいられない。

 浄化の力も、今なら感じ取れる。


「わたくしが大量に瘴気を取り込んだのは、瘴気が噴き出したからですか」


「はい。おそらく本能的に、瘴気をどうにかしようとされたのではないかと」


「では、瘴気が噴出した原因はなんですか? 今はもう目に見える噴出は止まったということですが。戦争が起こったということでもなさそうですし、たとえそうだとしても急すぎます」


「それは……」


 そこでノックの音が響く。

 ルカが扉を開けて、驚いた声を上げた。

 扉の向こうには、近衛騎士フランダール卿と、国王陛下が立っていた。

 レオ達騎士が一斉に片膝をつく。エイミーとルカは跪いた。

 大神官は深く頭を下げるにとどまった。

 そして私は……ベッドの上。

 慌てて下りようとすると、陛下に止められた。


「どうかそのままでいてくれ、リーリア殿」


「そういうわけにはまいりません」


「頼む。騎士たちも立ってほしい。今は非公式の場だし、形式的なことを気にしている場合ではない。それとすまぬが、侍女たちは外してくれ」


 それを受けてレオとセティが遠慮なく立ち上がる。

 若いって素晴らしい。

 ランス卿も遅れて立ち上がった。

 エイミーとルカはおずおず立ち上がって陛下が座る椅子をベッドの近くに用意して、部屋を出た。


「リーリア殿。まずは寝室に急に訪ねた非礼を詫びたい」


「恐れ多いことでございます。このような姿をお見せしてしまい恥ずかしい限りです」


「倒れたというそなたを呼びつけるには忍びなく、かといって悠長に構えてもいられずここへと参った。どうか許してほしい」


「陛下、そのような……。どうか謝罪などなさらないでくださいませ」


 陛下はとても気遣ってくださる。

 それは私が真の聖女だと知っているからだともうわかっている。

 だからといって、その気遣いの全てが打算だなんて思わない。


「さて。ここへ来たのは他でもない。緊急事態なのは皆もわかっているであろう」


「瘴気の件ですね。なぜ急にこんな? 原因はなんなのでしょうか」


 大神官の顔を見る。

 その顔はひどく青ざめていた。

 ちらりとセティを横目で見ると、一切大神官のほうを見ないようにしていた。


「以前……光の魔力保持者は死の際に光気を地脈に返すとご説明しましたね」


「はい」


「逆もあるのです」


「逆?」


 誰もが口を挟まず、私と大神官の会話を聞いている。

 部屋の中には異様な緊張感が漂っていた。


「地脈に光気を返す……もともと地脈の自浄作用なのですから、余程のことがない限りそうなるのです。たとえ光の魔力保持者が病で若くして死んでも。おそらく戦争で命を落とした場合ですらそうなるでしょう」


 この大神官の話は長い。

 まずは要点から話してほしいのに。


「ではその逆とは?」


「光の魔力保持者の……本来なら光気をまとうその魂が穢れるほどに、人と世を憎み恨みながら死んだ場合。光気ではなく瘴気を返します」


「……!」


 背筋が寒くなる。

 光の魔力保持者が、瘴気を生む?

 そういえば、レオを地下牢から助け出す前、前神官長が言っていた。

 前聖女に、この国を呪って瘴気で満たすと脅されていたと。

 あれはただの脅しではなかったということ?


「もともと、地脈への強い影響力を持つ人間です。普通の人間が負の感情を抱きながら死んだ際に出す瘴気とは比べ物になりません」


 今の話だと、光の魔力保持者が強い恨みを抱いて死んだということよね。

 ルカはここにいた。もう一人いたという聖女候補は知らないけれど。


「アイラ、なのですか」


 大神官が重々しくうなずく。

 ランス卿が聞き取れないほどの小声で何かつぶやき、セティは小さく舌打ちした。


「自死したのだ」


 答えたのは陛下だった。

 アイラの存在を、陛下は知っていたの? そして自死したことまで。

 今の地脈の話を大神官から知らされていて、監視していた……?

 それにしても、自死なんて。

 ひどい目にあったけれど、若い女性が自死したなんて話を聞くと、心が重く沈む。

 ましてや恨みを抱いて死んだなんて。

 主に私を、でしょうけど。


「監視はずっとつけていた。余計な恨みを抱かせぬよう、修道院では優遇もしていたし環境は悪くはなかったはずだ。自死の兆候も見られなかった。だが、一瞬の隙をつき……」


「監視にも限界はあります。トイレにだって行きますし、本気で自死しようとする人間を完全に止めることはできません。だから、私が使っていた結晶石の中にそのアイラという女性を入れる計画を立てていました」


 結晶石にアイラを入れる?

 恨みを抱いて死なれては困るから、処刑はできない。かといって私に危害を加えるかもしれないから野放しにもできない。修道院に入れて監視をつけても、限度がある。だから。


「わたくしの浄化能力が地脈を安定させる時まで結晶石に入れて、アイラの時間を止めてしまおうと?」


「その通りです。あと一年もしないうちに地脈は危険な状態を脱するはずでしたから。ですが、結晶石はただ誰かが中に入れば時間を止めてくれるというものではなく、私の魔力を内側から受け続けることでその効果を発動していました。それをどうにかするために、私はずっと起きてきたのですが……完成を待たずしてこのようなことに」


 たしかに事情あってずっと起きていると聖女廟で言っていた。

 それが何故だか不思議に思っていたけれど、そんな準備を水面下で進めていたなんて。

 ランス卿に視線を移すと、彼は難しい顔で腕を組んでいた。

 神聖騎士団長である彼でさえ知らなかったのかしら、あの表情を見ると。

 地脈の話まで関わってくると重要な国家機密になるでしょうし。

 とはいえ、アイラの元上司としては複雑よね……。


「発言をしてもよろしいでしょうか」


 ランス卿が声をあげる。


「うむ」


「アイラに、そこまで大量の瘴気を生み出すほどの力があったということでしょうか。あの噴き出した瘴気と同程度の?」


 その声に、かすかに怒りがにじんでいるような気がした。

 神聖騎士団長でありながら、元部下や聖女に係ることを知らされていなかったゆえかもしれない。

 

「いいえ。いくら人一倍瘴気を生み出すとはいえ、そこまでではありません」


 大神官が首を振る。

 たしかに、あの瘴気の量は多すぎた。あんな量を、一人の人間が生み出せるとは思えない。


「では何故」


「突沸、というのをご存じでしょうか」


 突沸?

 また話がずれた気がする。


「本来沸騰するはずの温度を超えても液体が沸騰せず、ちょっとした刺激で突然激しく沸騰するってやつだろう。それがどうした。さっきから話が回りくどい」


 大神官のほうを一切見ずに、セティが不機嫌そうに答える。 

 セティ、陛下の前よ、セティー!

 一方の大神官は、どこか嬉しそう。そんな場合じゃないでしょう、二人とも。


「ご名答です。私も自分で牛乳を温めてみようとしたところ、爆発して鍋から大量にあふれさせたことがありますが。今回はその現象に近いのです」


「地脈がすでに限界を迎えていながらもギリギリのところで小康状態を保っていたところに、アイラの自死という刺激が加わって瘴気があふれたと……?」


 私の問いに、大神官がうなずく。


「それも彼女が持つ地脈への影響力ゆえなのでしょうが」


「原因はわかりました。わたくしは何をすればいいですか?」


「今は、何も……。何もしていただくことはありません。お元気でいてくださることが最重要です」


「何もできないというのですか? 聖なる力に目覚めた時のように瘴気を大規模に抑えるのは……」


 だめ、地脈が限界なのにまた瘴気を押し込めばどうなるかわからない。


「それは無理だとご承知のはずです。それに、目覚めの時のあの大いなる力は、目覚めるまでの十六年間少しずつ体に貯めていたものなのです。いずれにしろ不可能です」


「例えば先ほどのように大量の瘴気を取り込んで浄化し続けるとか」


「それではお体がもちません。体に取り込める瘴気の量はそう多くはないのですから。倒れるほどに無茶な浄化の仕方をするのは効率が悪い。そんなことであなたを失いでもしたら、事態はもっと悪くなります」


「じゃあどうすれば……!」


「聖女様は居てくださるだけでいいのです。ゆるやかに浄化してくださっていますから、一年も経つ頃には事態は改善に向かうでしょう」


「そんな悠長な! 目に見える噴出は止まっても、瘴気はまだあふれているのですよね!?」


 魔の森から、瘴気があふれ続けている。

 もともと、あそこには瘴気の噴き出し口のようなものがあると言われていた。

 正常な状態なら、森から外に瘴気があふれることはないけれど、あの様子なら既に周辺にまで瘴気が蔓延しているはず。

 なら。


「周辺地域に魔獣が出現しますよね。しかもあの瘴気の濃さと量なら、強力で数も多い。魔の森周辺だけでなく、あちこちに魔獣が現れるかもしれません」


「それについては既に対魔騎士団が対応を始めている。だが彼らだけですべての魔獣に対応することはできぬから、魔獣討伐隊を出そうと思っておる」


 魔獣討伐隊。

 私が聖女になる直前にも魔の森周辺で魔獣討伐を行った。

 けれど、この瘴気の量なら前回とは比べ物にならないほど魔獣は強くて多いはず。


「王都に駐在している第一・第二騎士団はもちろんだが、この事態なので近衛騎士団と神聖騎士団からも半数近くは行ってもらう。地方の騎士団も討伐に加える」


 かなり大規模になるということね。

 けれど、今出現している魔獣を倒せばそれで終わりというわけじゃない。

 一年もの間、魔獣を倒し続けなければいけないの!?


「まずは対魔騎士団がつぶれてしまう前に、すぐにでも若い手練れの騎士のみで構成された先遣隊を出そうと思っている」


「!」


 心臓が嫌な音をたてはじめる。

 陛下が、この部屋に騎士を残した理由。


「当代一の騎士と謳われる神聖騎士団副団長レオ、そなたに先遣隊となる神聖騎士団を率いてもらいたい」


 レオが深く頭を下げる。


「御意」


「……!」


 頭が、ガンガンと痛んだ。

 当然想定すべきことではあったけれど、考えたくなかった。

 レオがいつ帰ってこられるかわからない魔獣討伐隊として、魔獣が跋扈する地に赴くなんて。

 そんなの、嫌。だけど言えるわけがない。


「全力を尽くし役目を全うする所存です」


「頼んだ」


 陛下が立ち上がる。

 私は礼儀もすっかり頭から飛んで、動くことすらできなかった。


「私ジーク・フランダールも先遣隊として参るよう仰せつかりました。こちらは団長副団長が残りますので近衛騎士は私が率います。既にメンバーの選定も済んでいる頃でしょう。すぐに準備をいたします」


「こちらも選定と準備を急ぐ。あとで合流しよう、フランダール卿」


「承知しました」


 そこでフランダール卿が私に視線を向けた。


「必ずや副団長殿のお役に立ってみせます。どうかご安心ください」


 それは自分がレオを死なせないからと言われているようで、喉の奥が苦しくなった。

 でもここでみっともない姿を見せるわけにはいかない。


「ご武運を、フランダール卿」


「ありがとうございます、聖女様」


 フランダール卿は一礼すると、陛下とともに出て行った。

 残されたのは、私と神聖騎士三人と大神官。

 何か、言わなきゃ。

 でも考えがまとまらない。

 沈黙を破ったのはレオだった。


「俺に神聖騎士団を率いろというのだから、団長はここに残れということですよね」


「そうだろうな……。城門内の警備がおろそかにならないようにするためか、強行軍となる先遣隊に年寄りは邪魔になるから残すのか。近衛も団長と副団長は私くらいの年齢だしな」


「まあ前者でしょう。聖女様の警護のため、セティウスもここに残します」


「はぁ!? 何勝手に決めてんだよレオ。僕が先遣隊として行けば役に立つに決まってるのに!?」


「聖女様の警護に関することは俺の権限で決める。口をはさむなセティウス」


「自分は危険な任務に赴いて、僕には安穏と神殿にいろって?」


「聖女様の御身が何より大事だ」


「それは僕にとってもそうだけど!」


「団長の剣技とお前の魔力があれば死角はない。信頼してるから任せるんだ」


「……っ」


「セティウス。これ以上は口を出すな。聖女様のお側を離れなければならないレオの気持ちを、お前もわかっているだろう」


 ランス卿が穏やかな声で言う。セティが口を引き結んだ。

 本当は一緒に行きたかったのね、セティ。

 レオが心配だから。レオを慕っているから。

 ランス卿だって落ち着いてみえるけど、内心はレオが心配で仕方がないはずだわ。

 私。

 私は。


「聖女様」


 レオに呼びかけられ、思わずびくりと体が揺れる。


「民の被害を最小限に抑えられるよう、すぐに出立いたします」


 私はベッドから出て立ち上がった。


「聖女様。無理はなさらないでください」


「もう体は平気です。大神官様も大丈夫と仰っていたでしょう」


 レオに近づく。

 足が震える。

 本当は、行かないでと泣きたい。

 その胸にすがって、行かないで、私の側にいてと泣きじゃくってしまいたい。

 でもそれじゃあレオを苦しめるだけになってしまう。

 陛下に直接命令を下された以上、レオが行かないという道はない。


「レオ。どうか無事で」


「はい」


「必ず無事に、わたくしのもとに帰ってきてください」


「当然です。死ぬつもりなんてありませんのでご心配なく」


 口の端をあげて、自信たっぷりに笑うレオ。

 でも私の心から不安は少しも消えない。

 騎士を送り出す家族というのはこういう気持ちなんだろうか。

 胸が張り裂けそうなのに、涙を流すことも許されない。


「俺は聖女様のほうが心配ですね」


「体調ならもう大丈夫です」


「そうではなく。聖女様は大丈夫ではないのに大丈夫と仰るし、時々びっくりするような無茶をなさるから」


 その瞳はどこまでも優しくて。

 私は涙を流さないだけで精一杯だった。


「わたくしはわたくしで、大神官様と瘴気をどうにかする道をさぐってみます。レオは無事に帰ってくることだけ考えてください」


「承知いたしました。聖女様は大人しくここで待っていてください。……では」


 レオが恭しく私の手をとり、その甲に口づける。

 触れるか触れないか程度のその口づけが、私の胸をぎりぎりと締め付けた。

 踵を返して出ていくレオ。

 嫌。行かないで。行かないで。

 お願い……。

 それが無理なら、どうか、無事で帰ってきて。大きな怪我なんてしないで。

 どうか。


 私は、レオが出て行った扉から、しばらく目を離すことができなかった。


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