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聖女リーリアはわがままに生きたい【電子漫画化】  作者: 星名こころ
本編(完結済)

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第23話 魔の森へ(レオ視点)


 ――見送りたかったのです。ご無事でと伝えたくて


 あの方は俺をどこまで惑わせるんだ。

 あんな可愛らしい顔で心配そうに見上げられて心が揺らがない男がいたら見てみたい。

 吐く息の白さすら愛らしい。

 可憐なだけでなく、俺を叱るだけの胆力もあり、これと決めたことはやり通す意志の強さもある。

 そんなリーリア様に、俺はもう完全に……


「っ、イテッ!」


 後頭部にべしっと軽い衝撃が走って、いつの間にかすぐ隣を歩いていた団長を見る。

 彼は手をあげて俺に腹黒そうな笑顔を向けていた。


「気を引き締めろよレオ。ピクニックに行くんじゃないんだぞ」


「わかってますよ。だからって叩かなくたって」


「惚けた顔をしているし、なんだか腹が立ったから」


「なんで!?」


 それには答えず、相変わらず腹黒そうな笑み。

 外面はいいが、この人はなかなかな性格をしている。

 特にミリア様の前ではさわやかな騎士みたいな顔してたけど、昔からイイ性格だったんだよな。


「私の時は試験を受ける前にミリア様にご報告しなかった。心配をかけまいと黙っていたが、あんな風に見送っていただけるなら言っておけばよかったよ」


 溜息まじりに団長が言う。


「何故いまさらそんなことを?」


「たしかにいまさらだ。若いというのはうらやましいな」


「どういう意味ですか」


「そのままの意味だよ」


 こういう答え方をする時は、団長はそれ以上は何も答えないのを知っているので黙る。

 裏門が見えてきたところで、人影に気づく。

 セティウスだ。


「おはようレオ」


「……何か用か?」


 すっかり健康になったな。無駄にキラキラしている。

 最近では女性が選ぶかっこいい騎士ランキング一位らしい。

 ちょっと悔しい。


「お兄様のお見送りにね」


 見送り? セティウスが?

 しかもなんだお兄様って。

 団長が一歩前に出る。


「セティウス。お前は……」


「聖女様のことなら心配いりませんよ、団長。もう少しも恨んでいないし、むしろ感謝している」


 こいつにここまで言わせるとは。

 リーリア様との間にいったい何があったんだ?

 くそ、もやもやするな。


「僕が聖女様に危害を加えることは絶対にないのでご心配なく」


 団長が俺をちらりと見る。

 俺の判断を聞きたいのか?


「セティウスは昔からひねくれた性格ですが、そういう嘘はつかない。何があったか知りませんが、聖女様に心を許したのでしょう。なら心配はいりません」


「そうそう。聖女様は思った以上に素敵な女性だよ。ずっと一緒にいたいと思えるほどに」


 ……わざわざ挑発しに来たのかこいつは。


「だからって変な意味で狙ったりもしませんからご心配なく。僕はレオほどエロくないし」


「俺だって別にエロくない。普通だ」


「夜の獅子王とか言われてたくせに」


「や、やめろ!」


 団長がブッと吹き出した。

 くそ、あとでおぼえとけよセティウス。


「信用していいんだな? セティウス」


「もちろんです」


「……レオの副団長としての初仕事の対象がお前にならないことを願っている」


「僕もそう願いますよ」


 飄々と答えるセティウスは、相変わらず感情が掴みづらい。

 そもそも何しに来たんだ。


「レオが試験に失敗して死んだら僕が代わりに副団長になってあげるから。安心して行っといでよ」


 それは無理だろう。

 強いのはもちろんのこと、団長の許可と騎士の推薦がないと試験すら受けられない。

 ようやく正気を取り戻したばかりのセティウスには今のところそんな人脈はない。

 そもそも本気で言ってるわけじゃないだろうが。

 ああそうだ、セティウスが無意味に憎まれ口を叩くときは、不安や悲しさを隠そうとする時だ。

 そう考えるとかわいいな。


「なんだ。俺が心配で見送りしたかったならそう言えばいいのに。かわいいやつだな」


「やめろ、気持ち悪いこと言うな」


 抗議するセティウスの頭をぐりぐりと撫でる。

 猫みたいにふわふわで柔らかい髪の毛だ。


「はなせ」


「ちゃんと無事に帰ってくるから安心しろ」


「レオがいない間に聖女様ともっと仲良くなっとくよ」


「……聖女様を頼んだ」


 リーリア様に近づいたという近衛騎士が気になっている。

 グレンも腕はいい方だし責任感もあるが、あいつはドジなところがあるからな。

 セティウスがリーリア様に心を許したというなら、心強い守り手となってくれるだろう。


「わかってるよ。それが神聖騎士の仕事だからね」


「期待してるよ。じゃあな、ちゃんと飯食えよ」


 手をひらひらと振って、再び馬を引く。

 通り過ぎる時に見えたのは、セティウスの心配そうな顔。

 やっぱりかわいいなあいつ。


 城の裏門を抜け、俺たちは騎乗した。

 裏道はまだ朝早いということもあって誰もいない。

 騎士や城の関係者のみが使う道だから、もともと人通りはかなり少ないんだが。

 そういえば病院に行った時もここを通ったな。

 あの時はなんておてんばな聖女だくらいにしか思っていなかったが。


「レオ」


「はい」


「セティウスはもう大丈夫そうだな」


「ええ。ずいぶんと元気になりました。魔力が桁外れに高いやつですから、これから貴重な戦力にもなるでしょう。あの様子なら聖女様にも悪さはしないでしょうし」


 もちろん楽観しすぎはよくないから、グレンにもセティウスを気にしておくよう釘をさしておいたが。


「そう願うよ。それにしても夜の獅子」


「やめてくださいその話は」


 団長の話を思いっきり遮る。

 くそ、若気の至りを今になって蒸し返されるとは。


「あまり盛んな男に聖女様は任せられないぞ」


「来るものは拒まずな時期があっただけで、それももう何年も前の話です。今は枯れたジジイ並に清らかな生活をしています」


「ふぅん……」


「そんな目で見ないでください、本当です。だいたいあんな風に言われるほど付き合った人数だって多くありません」


 じゃあ――とか――の話か、と耳が腐りそうなことを独り言のようにつぶやく団長。

 やめてくれマジで。

 ミリア様、こんなやつなんですよこのランスという男は。


「団長だって若かりしころは色々あったんじゃないんですか」


 たいそうおモテになっていたようですが、と付け加えると、いたずらっぽい笑みを浮かべた。


「たしかにモテてはいたがね。私は一途な男なのだよ」


「団長の好きな女性ってミリア様だったんでしょう」


「どうだろうね。いずれにしろ過去の話は無意味だし私は今やしなびた中年だ」


 人の話は聞きだすくせに自分の話はしない。

 まったくずるい男だ。自分の手の内は見せない。

 だいたいしなびた中年なんてよく言う。いまだにモテているくせに。


 ミリア様と団長が話しているのを、何度か見たことがある。

 少し頬を染めるミリア様が可愛くて少女のようだった。

 ミリア様を見つめる団長の瞳もどこまでも優しかった。

 二人は想い合っていたんだろうか。恋人同士ではなかったようだが。

 悔しくて、大事なミリア様をたぶらかすオッサンめ! と隙をついて木剣で殴りかかったりもした。

 当然子供の俺が敵うはずもなく、あっさりと返り討ちにあったが。


「あの頃の俺はあなたが羨ましくて仕方がなかった。大人で強かったあなたが」


 誰がなんと言おうとミリア様は俺の初恋の人だった。

 そのミリア様の隣に立てて、ミリア様にあんな顔をさせられる団長が妬ましかった。


「それももう昔の話で、今やただのおっさんだ。剣の腕ももうお前には敵わないよ」


「どうですかね。団長は人の癖なんかを上手く見抜くイヤラシイ戦い方をしますから。今でも勝てるかどうか」


「はは、お褒めにあずかり光栄だ。だが対魔獣なら試験を受けた頃の私よりも間違いなくお前のほうが強いだろう」


「だといいんですが」


「だが無理はするなよ」


「はい」


 魔獣、か。

 恐怖や緊張は感じない。

 たださっさと済ませて一刻も早く戻りたい。

 ――彼女のもとに。



 俺たちは魔の森近くの町で一泊し、翌日の早朝に森の入り口に着いた。

 夜は魔獣の活動が活発になるから、試験は朝に行われる。


「さて。わかっていると思うが、一応試験のルールを説明しておく」


「はい」


「この森に一人で入り、B級以上の魔獣を狩ってその魔石を取ってくること。今渡した探知の魔石を頼りに対象の魔獣を探し、帰りはなるべく魔獣を避けて帰ってこい」


「はい」


 魔の森は奥に行けばいくほど強い魔獣がいると言われている。

 B級以上に出会うにはある程度奥まで進まなくてはいけないが、深入りしすぎると強い魔獣に囲まれる可能性もあるので危険だ。

 そんなもん全部倒せばいいだろうと以前は思っていたが、今は無事に早く帰ることが最優先だ。

 明日の夜にリーリア様が受ける「禊の儀」までに帰るためにも、時間のロスは避けなければならない。


「日没までに倒せなければ失敗。当然死んでも失敗だ。夜になっても戻らない時は死んだものと判断する。遺体は回収しない」


「承知しました」


「では武運を祈る」


 俺は馬を降り、団長に一礼する。

 俺の愛馬が心配そうにブルルとないた。

 鼻をぽんぽんと撫でてやる。


「悪いな、真っ先に食われそうな奴は連れてはいけないんだ。必ず帰るから帰り道にまた乗せてくれ」


 団長に手綱を預けると、俺は森へと足を踏み入れた。

 さっそく弱い魔獣がじりじりと近寄ってくる。

 俺は剣を抜いた。

 久しぶりに味わう、ゾクゾクとした緊張感と高揚感。

 思わず、笑みがこぼれた。


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