元英雄たちの邂逅(2)
「何をしている!」
にわかに落雷のような叱責があたりに轟いた。
その声に驚いた鳥たちがけたたましく鳴き、木立から一斉に飛び立つ。張り詰めていた空気が一瞬緩んだその隙をつき、二人の後ろから姿を現した何者かが、短剣を握るバルトさんの腕を掴み上げた。
「何があったか知らんが王都で副団長とあろうものが私刑を処すなど、許されるはずは無い! その上、王の座す居城の膝元を血で穢すなど……。どうしたというのだ、バルト!」
赤と白の丈の長い上着に、茶色のレギンス。ボリュームのある赤茶色の髪を後ろに束ね、茶色の大きい三角の形の耳……いつもの声と違いすぎてわからなかったけれど、え、エルクさん?
右肩から覗くのはとてつもなく太い大剣の柄だ。それでも足らないのか腰にも数本、剣を穿いている。寮母さんと思えぬ物ものしい雰囲気。でも、エルクさんその人に間違いない!
「エルクさん!」
私とレト、ラーテルさん、三人は突如現れた大好きな人の名を呼び……一気に気がゆるみ、その場にへたり込みそうになってお互いを支え合った。
自分や仲間が殺されそうになったことに怒りを感じていないわけじゃない。でも理由や経緯も聞かぬまま、処刑されるなんて……余りに酷過ぎるし。それになぜ私を殺そうとしたのか、そのワケも知りたい。刺されなくてよかった……。
ううん。そんなことよりも!
寮に着いたあの日から「王都では私が母親」と事あるごとに言ってくれていたエルクさん……気づいたら私たち全員、彼女をそのように慕い、心の拠り所にしてたようだ。
彼女の姿を見た途端、相次ぐ緊張からやっと完全に解放された気がして……私は立ったまま泣き出しそうになってしまった。横を見るとあのラーテルさんまで涙ぐんでいる。
「一体何があったというのだ? あまりに帰りが遅いので心配で様子を見にきたら、城壁警備の者が持ち場にいない。それでここまで来たのだが……お前たち、その姿は?」
バルトさんの手を握ったまま、エルクさんは私たち全員をぐるりと見渡した。そして。サクヤに目を止める。
「……お前!」
エルクさんには珍しく、明らかに動揺している?
「げげげ。怪力ババ、じゃなかった、エルクじゃねぇか! ラーテルサンって……なるほど。そういうことね」
それに被せてサクヤが苦虫を噛み潰したような顔で呻いた。サクヤ、エルクさんとも知り合いなの? 私がたずねるより先に、今度はオウルさんを睨み付け、エルクさんが声を荒げた。
「オウル! どういうことだ? 彼女たちはなぜこのような怪我を? それにコイツは? 貴様一体何を?」
エルクさんの激しい詰問にオウルさんが目を伏せる。その間にエルクさんに頭が上がらないらしいバルトさんは、渋々といった様子で団員から手を離し、短剣を鞘に収めた。その場にへたり込むグレーの髪の団員の右腕を乱暴に掴み立たせつつ、エルクさん、オウルさんを、気まずそうに交互に見遣る。
「エルク殿、頭に血が上ったとはいえ、お見苦しい所をお見せ致しました。申し訳ございません。彼は事情聴取後、法に則った処罰を受けさせることに致しましょう。それと、オウル殿。研修中に起きたこと、そちらの少年の正体、そして此奴の不始末について、合わせてご説明を願いたい。お手数ですが今一度城へ御足労願えますかでしょうか?」
オウルさんは顔を上げ、まっすぐとバルトさんを見据えた。
「わかった。私もそうしたいと思っていたところだ。エルク、すまないが、彼女たちを頼む」
「んじゃ、旦那頑張って! お疲れっした!」
そのオウルさんの横をすりぬけ、サクヤが我関せずな顔で私たちの方へ歩み寄ろうとし……オウルさんに襟首を素早くつかまれ捕まった。
「お前もだサクヤ。私と一緒に来なさい」
「ええええええ! 何でオレまで!?」
声をあげてジタバタ手足を振り回す彼を、オウルさんが低い声で諌める。
「ダンジョンの破壊行為や、お前が目覚めた経緯について。彼女らの身の潔白を証明するには、お前自らが同行し、直々説明するより他はない。わかるだろう」
私ははっと息をのんだ。私もその当事者だ。ダンジョンの壁を壊したり、サクヤを起こしたのは私! だから私も行って説明しないと……そう告げようとして、私はサクヤと視線を合わせた。彼も私を無言でじっと見つめている。しかし不意に小さく笑みを浮かべ、それ以上何も言うな、とでもいうように怖い顔をした。そしてバルトさんと、ソロルに背を向け、人差し指を口に当てる。
「はいはい、わかりましたよ! んじゃアーミー、留守番頼むわ。オレのいない間にウワキしないように」
もう! 信じられない! ふざけてる場合じゃないでしょ!
睨む私から目をそらし、サクヤは何か決めたようにオウルさんの隣に並んで立った。
それにしても、今の発言……。私に残れってこと? そんな嘘をつくようなマネ、私絶対出来ないよ!
「待って! わた……」
「アーミー! 後はその団員の事情聴取と、責任者の私がきちんと説明をする。君の同行は不要だ。寮に帰ってきちんと身体を休めるように」
二人の所へ駆け出そうとした私に、有無を言わさぬオウルさんの指示が飛んだ。二人とも私を城へ行かせたくないようだけど、で、でも……やっぱり黙ってなんていられない。ヤキモキする私を他所に、それまで大きな目を見開き、じいっと事の成り行きを見守っていたソロルが悪態をついた。
「アイツ眷属を破壊したのにゃ? 長い間寝てたくせに、寝起きで力を使えにゃんて、なんて化け物にゃ」
化け物。ヒドい。そんな言い方しなくても……! あんまりな言い方に怒りだすかと思いきや、サクヤはキョトンと目を丸くした。そして首を傾げ、何かハッと思いついたように私を振り返る。
「アーミー! これだけ教えて欲しいんだけど。ネオテールと悪魔の大戦から今どれぐらい経ってるんだ?」
なんで今その話? なにトボけたことを言ってるの! って言おうとして私は言葉を失った。
なに? 彼の発言に、ソロルとオウルさん。エルクさんまでも! 色を失い、明らかに狼狽している……?
え? なんなの? この空気感。私も雰囲気に飲まれ声を飲みそうになるも、サクヤが余りにも切羽詰まった表情で、食い入るように私の言葉を待っているもんだから。
「え、えーっと。ネオテールと悪魔の戦いは、約千年前の出来事だよ?」
そう答えた。と同時だ。
サクヤの表情が激しく歪んだ。眉間に皺を寄せ、こみ上げる怒りと混乱を必死に押さえ込むように一度目を閉じる。そして……。
「千年だと!? ってオレと旦那はまだしも、エルク、ソロルあんたら一体……まさかあれをまだ? お前ら何考えて」
彼らに詰め寄った。サクヤの金色の瞳が、激しい怒りで燃え上がり鋭く光る。いつものおチャラけた彼とはまるで別人だ。彼をあれほどまで激昂させる、あれ……って? 聞きたいけど彼の尋常じゃない様子に私は唖然と立ち尽くす。ど、どうしよう? あのサクヤがこれだけ怒る、「あれ」って……?
困惑した空気の中……おもむろにオウルさんが動いた。サクヤの襟首をつかんだまま、足早に、バルトさんの方へ歩みを早める。
「サクヤ! それは彼女たちの前で話すことではない。お前の話は後で私が聞こう。とにかく城に行かねば。バルト、案内を頼む」
途中、エルクさんと横をすり抜け用として、オウルさんは一度歩みを止めた。
「時の流れは無常……いや、無情なのものだ。このような方法でなければ変わりゆく彼の暴走は止められぬと思った。あのような悲劇を繰り返すべきではない。世界の未来を担う若者の未来を……。このままでは千年前のあの災厄が無意味なものと化す。それだけは避けたかった。他意はない。信じてほしい」
エルクさんは頷かない。ただまっすぐとオウルさんの青い瞳を凝視し続ける。オウルさんは諦めたように視線を外し、そのままサクヤを引きずり、バルトさんの後ろを歩き始めた。慌ててソロルも身を翻し、一度こちらを振りかえった。そして。ベーっと下を出し背を向けて走り去る。
「……サクヤ! オウルさん!」
やっぱり、私も行く! 二人の後を追おうとし私は声を上げた。
「大丈夫だから、アーミー! いざとなったら城をぶっ壊……」
いつもの調子を取り戻したサクヤが、あっちに行けと焦ったように手を振り、オウルさんに「それ以上心象を悪くするな!」と、ど突かれながら引きずられていく。
それでも構わず追いかけようと踏み出した私の腕を、ラーテルさんと、レト。さらに大きな腕がつかんだ。
そのまま強く胸に抱きしめられる。赤い洋服に大きな身体。エルクさんだ。エルクさんは身をかがめたまま、私をぎゅっと抱きしめる。
「アーミー。色々あったようだが、後のことはオウルと奴に任せておけばいい。あの団員の裁きも王に任せよう。君たち三人は研修生だ、何の責もない。さあ、私と一緒に皆で寮に帰ろう」
私は一度顔を上げ、エルクさんの若葉色の瞳を覗き込んだ。エルクさんは優しくうなずき、もう一度強く抱きしめてくれる。
もう限界だった。
気づくと私は堰を切ったように声を上げて、エルクさんの胸の中で泣き出してしまった。
「お前たち……色々あったのだな。何はともあれとにかく無事でよかった。ウルカスも一緒に来ると言ったのだが、無理言って寮を任せてきた。寮でゆっくりと休んだら、何があったのかじっくり聞かせてくれ」
「エルクさん……あの、来てくださって、ありがとうございます」
ラーテルさんの声も涙で震えている。私は彼女を振り返った。さっきまでの勇ましい戦士と同一人物とは思えない、震えてポロポロ涙をこぼすか弱い彼女の姿に胸が詰まり。私はまた泣き出してしまう。そんなラーテルさんの頭を、エルクさんは、私を片手で抱きしめたまま、もう一方の大きな手で何度も優しく撫でる。
「ラーテル、よくやってくれた。その姿を見れば一目瞭然だ。強敵から仲間を守ったのだな。さすが私の弟子だ。二人を守ってくれてありがとう! レトも。そしてアーミーもよくやったな! さあ、行こう」
レトも耳と尻尾を下げたまま、エグエグ泣いていたのだけれど、ハッと気づいたようにエルクさんの腕を引いた。
「アーミーはサクヤに魔力をあげちゃって、歩けないんだぁ! 無理をさせちゃうとお、容態が悪化して昏睡しちゃうかもしれない」
エルクさんはそんなレトを見て、目を丸くして、ニカッと笑った。
「そうか、わかったレト。少し見ない間に立派なお医者様になってしまったな。アーミー、こっちへ。私がおぶってやろう」
レトが満足そうに頷き、エルクさんが私に向けてしゃがみ背を向けてくれた。一瞬迷ったのだけれど、ラーテルさんとレトに強く勧められて、私は好意に甘えることにした。
私たちは寮に向けて歩き出す。しばらくすると森を抜け、夕日が暖かく満ちる草原に出た。
ーーああやっと寮に帰れる。
そう思うと、どっと疲れが出て、波のように眠気が押し寄せてくる。温かくて、大きいエルクさんの背中に揺られているうちに、なんだか気持ちよくなってきて……。
ダメダメ! ラーテルさんも、レトも疲れているのに歩いている、私だけ眠るなんてそんなの……!
それに、オウルさんと。サクヤが無事に帰ってくるまでは起きていたい。
そう自分に何度も言い聞かせ、眠気と戦っていたのだけれど城壁を出たあたりで、急に猛烈な眠気に襲われて気づくと私は、意識を失うように深い深い眠りについてしまって……。




