光さす方へ!
私たちは足早にダンジョンの入口へと急ぐ。帰りは調査がないので、あっという間に最初の部屋へたどり着いてしまった。
サクヤが私を振り返りパワーを求めてくる。それに答えてうなずき、私は呪文を唱えようとして……そう! 彼に言っておきたいことがあった! と思い返し彼を無言で見上げた。不思議そうにサクヤが瞬きし首をかしげる。みんなも私を黙って見つめた。
「あのね、サクヤ。これから外に出る前に、私と約束してほしいことがあるの」
サクヤは自分を指差し、八重歯を口元からのぞかせニヤリと笑いながら、首を横に傾ける。
「ん? 約束? オレ、外に出てもアーミー一筋だし、浮気も隠し事もしないよ?」
むう! そういうことじゃなくて!
「サクヤは確かにすごい力を持ってる。でも、それを使ってむやみに人を傷つけるようなことは絶対にしないで欲しいの」
ほら、さっき赤鎧をどうこうするって言ってたでしょ? それがずっと胸の端に引っかかっていたんだ。それで釘を刺しておこうと思ったのだけど……。
「え? え? す……すすすすするつもりないけど?」
やっぱり! 私から気まずそうに視線をそらし、斜め上を見上げて口笛を吹く。その慌てっぷりと言ったら! 嘘をついてるのは一目瞭然だ。やっぱり……隠してた! しかも私に隠して、何かしでかすつもりでいたじゃない! 私が無言で腰に手を当てサクヤを見上げると、焦った様子でのけぞる。でも……終いには降参したように両手を上げて、私を非難がましく見下ろした。
「でもそいつどう考えても俺のアーミーを殺りに来てるでしょ? ヤられる前に、ヤれ! コレ護身の鉄則だからね」
とんでもないこと言い出すんだから、もう!
「さっきも言ったけど、もしかしてその人にも何か事情があるかもしれないでしょ? 勘違いしてたとか、何か脅されてたとか……だからいきなり破壊行為するのは絶対にダメ。約束ね」
私が強くいうと、サクヤはやっとあきらめたように、ため息をつき、
「んー。わかった。キミがそこまでいうなら」
ものすご〜く渋々ながら納得して……、
「そもそも、アーミーがイチャイチャしてくれないと、力出ないし……」
がっくり肩を落とす。あ、そう言えばそうだった! 言われてはじめて気づいたよ。
「そっかぁ。そうだったね! それは一生無いから取り越し苦労だったみたい」
「一生かよ!」
いっけない。ついつい声に出しちゃった。私がむやみにサクヤに力を貸さなければ大丈夫ってことだもの。そっと胸に手を当ててため息をつくと、サクヤが頭を掻きながら、
「んじゃついでだから、アーミー。オレからも」
そう切り出した。サクヤから私に? 私はサクヤを見上げる。彼は珍しく真剣な眼差しでこちらを見つめ返す。
「確かに、オレはアーミーの言うことしか聞かないし、アーミー以外の命令は聞かないだけど」
え? なんなの? 今まで見せたことのない彼の真面目くさった表情に、私は緊張してピンとしっぽを立てる。
「管理者の生命の危機が予測される場合はその限りにあらず、だから」
「……え?」
私は動揺し、それ以上の言葉を続けられず、まごついてしまった。
ほら、彼、もともと黙って立ってれば美少年でしょ? おふざけなしで静かにたたずみ私を見下ろす彼の容姿と雰囲気に……不覚にも飲み込まれそうになり、私はたじろいだ。
落ち着いてワタシ! あれはセクハラ大魔王のサクヤなんだから! 全身に力を入れて邪念を振り払いながらも、私の頭の中では彼の言葉がぐるぐると回り出す。
管理者の生命が危機? 話の流れからするとその管理者って私のことだよね……? その場合、彼は一体何をするつもりなの? 眉間にシワを寄せ戸惑う私の肩に、ラーテルさんの手がかかった。
「アーミーの身に何が起きたのか……そしてなぜ入口が塞がったのか。それは後ほどゆっくり聞くとして。彼女は私が守りますから身の安全に問題はありません。重ねて忠告させてもらいますが、彼女にセクハラを働くのは、金輪際、この場限りとさせていただきます。あなたの力とやらは、そこの壁を破壊して以降、一切必要ありませんから」
そう言い終えると、シッシッと、まるで虫を追い払うようにサクヤに向けて手を振る。あはは。私にとっては、心強い! けどこれはやられたらショックだよなあ。
「え……いきなり戦力外通告……。オレ追放されてる? ……いやどちらかというと婚約破棄された気分……」
こ、婚約う? サクヤの発言って時々全く理解できないんだよねえ。一体何の話だろう……。
「そもそもラーテルサン、オレが大の苦手な怪力オバサンに言うこと為すことそっくりなんだけど……取り憑いんじゃないの? なんかコワイ……」
って彼も、懲りないなぁ。独り言のつもりで愚痴ってるけど、バッチリ聞こえてるからね。ほら、ラーテルさんのこめかみがヒクヒクしてるじゃない!
「そうだね。こうなった理由をアーミーにきちんと私も聞かせてほしい。そのためにもサクヤ、さっさと壁を壊してくれ。後ろがつかえてる」
「そうそう〜サクヤぁ〜、早くしてぇ〜。ボクもうお腹すいちゃったよぉ」
オウルさんと、人見知りという言葉が辞書にないレトが、タイミング良く後ろから声をかけてくれた。言われればそうだ、とにかくここから出るのが先決だよね。
私は中断していた呪文を早口で唱えて手を合わせた。そして差し出されたサクヤの手を握る。
「はあ……引退してスローライフでもっすっかな……」
その手を握り返し、ぶつくさ言いながら、サクヤは閉ざされた入口に向かい、右手をかざした。彼の手のひらが青白い光を帯び始めるとともに、オウルさんが彼の戯言に答える。
「サクヤ……引退どころの話じゃない。昔よりもっと複雑で厄介なことになっている……おまえのその無茶苦茶な力を盾に強硬手段を使って、彼に強引に話をつけるしかないほどにね……」
青白い光に照らされたオウルさんの横顔が苦悩に満ちている。その言葉が終わるか終わらないかのうちにサクヤが壁を破壊した。
厄介な話って? それに彼って? オウルさんの深刻な様子に不安にかられ、急に胸がズキンと痛くなる……しかし……大きく吹き飛ばされた穴から差し込む、まぶしい光に魅入られ、私はそちらに視線を向けた。
ああ。明るい……やっと外に出れる……。
真っ暗な闇の中で、心から欲し続けた太陽の光。光を目にした瞬間私は全てを忘れ、導かれるように、光さす方向にかって無言で懸命に歩き出してしまい……。
「まぶしぃい〜〜!」
よろよろと外に出て、降り注ぐ陽の光を身体いっぱいに浴びた。
長い間感じることができなかった透き通った風、その風が立てる木の葉が立てるサラサラという葉のこすれる音。その葉の間からキラキラと落ちてくるあたたかな日差し……。
しばらく闇の中にいたから目が慣れない。私はしばらく手をかざし、目を細める。でもゆっくりと目が慣れてきて、あたりを見渡すと……あれれ? 時計を見る余裕もなかったけど、どうやら外はすでに夕方近くらしい。ひんやりと冷たい風と、セピア色の日差しが森の中に静かに満ちている。
「うう〜、みんな真っ黒だねぇ〜」
耳も、真っ白なローブもグレーにしてしまったレトがそう言って笑った。私も自分の姿を見てみる。本当だ! 改めてみると私も叩けば埃が出そうなほど、砂ほこりで真っ黒だ。ラーテルさんとオウルさん、サクヤは逆に、黒っぽい服だったからワタホコリをかぶったように真っ白。サクヤなんてさらにひどい。着ている物自体だいぶ古びていて、落ち着いたら新調してあげたほうがいいかもなあ。
「確かに、埃っぽいところをずっと這いずり回ってたものね〜って、あれ?」
そう苦笑いしながら答えて、突然私はガクッと腰から下の力が抜けてその場にへたり込んでしまった。え? ど、どういうこと? 自分でも理由がわからず、キョトンとする私に、ラーテルさんと、サクヤが驚いて声をあげる。
「アーミー!?」「おい、大丈夫か!?」
驚いたレトが駆け寄ってきて私の左腕をとった。その行動に迷いはなく迅速かつ的確。きっとオウルさんの一件で自信がついたんだろうなあ。会った時と比べて別人みたい。とても心強い。
「うん……血圧が下がってる見たぃ〜。たぶん、疲れとぉ〜魔力の使いすぎだと思うよぉ、帰って寝れば大丈夫ぅ」
レトが私の腕の脈を取り、おでこに手を当ててそう診断してくれた。言われてみれば私、ダンジョンの中で未だかつてないほど何度も魔法をかけた。魔力が切れたことなんてなかったけど……普通に考えれば切れるよね。
「アーミー。オレのせいだ。ごめん。オレがおぶって行こうか!? いや、お姫様抱っこで!?」
「結構です! アーミー、私が背負いましょう」
サクヤとラーテルさんが身を乗り出して気を使ってくれる。
「ううん、大丈夫。ちょっと手を貸してもらえれば」
そういうとラーテルさんが素早く私の右手を支えてくれた。左手は。
「私が、こちらを支えよう」
オウルさんが支えてくれる。サクヤはつまらなさそうに頬を膨らませて私の後ろについた。後ろに倒れたら支えてくれるつもりらしい。
サクヤもボロボロだけど、ラーテルさんだって、キレイにまとめてアップにしていた髪も解け、鎧はあちこち欠けて破れてダメージは相当なはずだ。迷惑はかけられない。私はあたたかいかがやき荘のことを思い浮かべ、気合いを入れると、寮まで頑張って歩いて帰ることに決めた。
5人で目の前の坂をゆっくりと登る。すぐさまさっき通った城の生活用水が流れる小川にたどり着いた。足元に気をつけながら丸太の橋を渡ろうとしたその時。橋を渡った先。見かけたことのある人影を見つけて、私は立ち止まった。
「あ……」
私はその見覚えのある人影の一つに気づく。その途端、恐怖で足がすくみ、しっぽが震え、耳が折れ……その先一歩も動けなくなってしまった。
こちらに背を向け話こむ赤い鎧の男性。グレーの髪に、大きい三角の耳の……。
それに! 赤い鎧をまとった人物はもう一人いる。
夕日に輝くプラチナブロンド、金の縁取りのされた高貴な真紅の鎧、彫りの深い青い瞳の持ち主の美形の騎士様……あれは、バルトさん!?
そして、さらに、その前にいる小さなフードを被った人影。五芒星の中に鳥が飛んでいる紋章のマントを羽織った私よりも小さな人影。フードからチラリと見えるピンク色の髪は忘れもしない。一ヶ月前、いじわるされた、ピンク色のツインテールの魔法ギルドの女の子、ソロルじゃない!?
「な、なんで?」
三人が一斉にこちらを振り返った。オウルさんが一歩私たちの前に出て彼らをじっと見つめ返す。私の後ろでサクヤが、
「あれが噂の赤鎧ね。で、どっちの?」
なんてたずねてきたけれど、私はそれにつっこむ余裕もなく、こちらを振り向く3人から視線が外せなくなってしまった。
……なぜ? なぜ、3人はここにいるの? そして深刻そうな表情で一体何を話していたというのだろう?




