鳥のクチバシで眠るもの(1)
はぁ、はぁ、はぁ……。
私の荒い呼吸だけが、半円型の部屋に響いている。
半月型の部屋に入った私は、オーブを置く台座の前に呆然と立ち尽くしていた。
色んなことが次々と起きたせいで、疲れ切り、すでに頭は回っていない。それに悪魔の眷属にやられた左側の二の腕がズキズキ痛みどんどん気力が失われていく。自分の状態が正常な状態でないことはわかっている。
でもなんとかここまでたどり着けた。ここまで来たら、もうすることは決まっている。私はあれこれ考えるのをやめ、静かにリュックを下ろし、そして中から黒いオーブを取り出して……。
台座にはめ込んだ。
うつろに台座を見下ろす私の前で、オーブは一度青白く光った。そしてさっきと同じ、ふっとその淡い光が消えた、その途端だ。
ーーガタンッ
大きな物音がした??
左目の時とは明らかに違う反応だ。この部屋からじゃない。この部屋の先にある三角形の部屋。鳥のくちばしを象った部屋の方からしたみたいだけど……。
私はリュックを背負い、隣の部屋へと歩み寄った。そしてそーっと中を覗き込む。三角形の部屋に異変はない……? いや、ある!! 部屋の奥。とがった先端の辺りに、いつの間にやらぽっかりと大きな細長い穴があいている!
もしかして、出入口かも!?
私は重い身体を引きずりながら、足早に新たにできた穴へと歩み寄った。祈るようにペンダントを握りしめ……ゆっくりとその中を覗き込む……!
でも……。残念ながらそこは出入口ではなかった。
高さ2m、縦横4mくらいの小さな小部屋があるだけ。何度目かの裏切りに、がっくりと気落ちしながらも、一縷の望みをかけ、私は天井を見上げ、そのままずーっと視線を部屋の周囲、そして下へ移した。
ん? 部屋の中央。床から一段高く大きく平たい台座のようなものがある。そして……その台座の中心にあるのは……黒い影!? 私はペンダントを首から外し、その黒い影に向かい光を当ててみた。
「ひ、ヒト!?」
その影の正体をとらえ、私は思わず大きな声で叫び、片方の手で口を押さえた。いけない。で、でも……確かにそこにいるのはヒト。台座の上に仰向けに倒れている。
抜き足差し足。そおっと静かに人影に近づき、上から見下ろした。
黒色のボロボロの洋服を着た男性。これがオウルさんのいっていた、ふるい友人さん、なのかな?
「あの! 大丈夫ですか? しっかりしてください!」
そばにしゃがみ、声をかけ、私は男性の顔を覗き込む。あれれ? 友人って聞いたからオウルさんくらいの年齢の人をイメージしていたのだけれど全く違う。ずいぶんと若い。多分私かラーテルさんと同じくらいなんじゃないかな?
少し長めの黒髪に、左耳にはオウルさんとお揃いのひし形の黒いピアス。身体は華奢で細身、すらりとしていて背丈はラーテルさんよりも高そうだ。肌は色白で、シャレた都会っ子っぽい雰囲気の男の子。ダンジョンにいるせいか、土ほこりなどで、頬や額が汚れてしまっているけれど、目鼻立ちが整っていて、男子だけどチャーミングな雰囲気。村の学校に転校してきたら男女両方にモテそうな……そんなカンジの美少年だ。
けど、その容姿に反して、着ているものはボロボロ。黒いシャツも、細身の黒いパンツも、全部あちこち破れたり、引き裂かれていたり……もしかしたら大怪我してたりするのかもしれない!
「大丈夫ですか? 怪我をしているんですか?」
さっきレトが「頭をうったヒトを動かしちゃいけない」と言ってたのを思い出し、私は揺すらず、そのかわり投げ出された彼の手ひらをそっと握ってみる。
冷たい!?
次の瞬間、命を欠片も感じない冷たさにとっさに驚き、手を離してしまった。事故で亡くなった両親に面会したときと同じだ……もう、施しようの無い、無情なひんやり冷たくかたい手……と、いうことは、彼は死んで……。
「イヤ!」
私は自分のペンダントを握りしめ、鋭く叫び、同時に彼の手をもう一度つかんだ。
彼は長い間ずっとこの小部屋に閉じ込められていたに違いない。普通に考えれば命を落としていて当然だ!
彼はダンジョンで命を落とし、目を覚まさなかった。
この結果の方が世界や王都としてはいいのかもしれないけ。でも、私の仲間たちは? ここで死んでしまうなんて……! 何か悪いことをしたわけじゃない。それどころかレトもラーテルさんも、優しく、親切で、友達思いで……それなのに、こんな結末あんまりだ! こんなのってないよ……!
「おばあちゃん! お父さん、お母さん……! みんなを助けたい、でもどうしたらいいの?」
私は彼の手を握りながらその場に突っ伏した。もう……どうしたらいいか、わからないよ……! 倒れ伏し大声で泣こうとした矢先、私の指先が奇妙な感触にとらわれる。
……!! 指先から……力が、抜けた。
驚いて顔を上げる。まただ! さっき悪魔の眷属に触れた時とおんなじ。魔力が吸い取られるような奇妙な感覚。怖くなり私は少年の手から指を慌てて離した。じっとその手を見つめる。彼は悪魔だとオウルさんは言っていた。そしてさっき私は悪魔の眷属にぶつかって……魔力を吸われてた。そして悪魔の眷属はなぜか目を覚ました。
とするなら、もしかして……? 期待、そして不安、焦り、様々な感情が心の中で渦巻いていく。胸の中で吹き荒れる感情をもてあましながらも、私の視線は彼の手から外すことができない……。
……え?
い、いま動いた? 男の子の人差し指が……わずかだけど、動いた?
涙を溜めたまま、私は目を見開く。そして知らず知らず、その指の動きをもう一度確認しようと、彼の方へと顔を近づけた……。まさに……その瞬間!




