偽りと真実。その間で……(2)
「ラーテルさん! 一体どういうことなんですか?」
私の声が部屋いっぱいに響く。今、ラーテルさん、このダンジョンが研修用ではない、と言ったよね!? でもオウルさんは研修用だって言ってた……。ということは、どちらかが勘違いってことになるけど……。とても「勘違い」とは思えぬラーテルさんの殺気立った様子。これじゃオウルさんが「嘘」をついているとでも、言わんばかりだ。
「ラーテル……?」
オウルさんには珍しく、空色の目が驚きに染まっている。やっとという様子でかすれたか声で彼女の名を口にした。しかしラーテルさんはオウルさんから視線を外さず、ナイフを突きつけたまま、ぞっとするような冷たい視線を投げかけ続ける。
「ここは研修ダンジョンではない。そしておそらくあなたは、ここに眠る悪魔を蘇らせようとしている……」
た、確かにここが研修用ダンジョンでないのなら「マナコヲエグリテ フウセシ モノ」が、奥にいるということになる。そしてそれを蘇らせるって!? そ、そそそそ、それはマズイんじゃないの!?
「私は最初から貴方に疑問を持っていました。ダンジョン入口で、アーミーが貴方に場所の確認をした時から。即答して然るべきのあなたは一瞬口ごもった。二年に一度の研修といえ、長年この職についているあなたが間違えるはずです。……土砂崩れがあったからと、取り繕っていましたが、ダンジョンに入ってみてもそのような様子はない。これは、と思ったわけです」
ラーテルさん、そんなに前から疑問を持っていたなんて。タイミングがきたら言うと言っていた話はつまり、今まさにここで彼女が話している内容ってことに違いない。
「そして印章の仕組みを聞いた時、まさか、と思った。印章がありさえすれば、サイキというヒトの研修用でないダンジョンも開けられる。でもまだ確信が持てなかった。だからあなたが封印を解くのを止めることができなかった」
彼女は一度悔しそうに唇を噛み締め……さらにオウルさんを睨みつける。
「そして……疑問が確信に変わったのが悪魔の眷属が現れた時です。研修用ダンジョンに悪魔、そしてその眷属は出現しないはず。それなのに奴らは現れた。それはつまり、ここは研修用ダンジョンではないということの他ならない!」
ラーテルさんが声を荒げる。私とレトはその気迫に思わず身を固くした。まさかそんなことを彼女が悩み続けていたなど思いも寄らなかった私は驚いてしまって……肝心のオウルさんは? と、喉元に私のナイフを突きつけられたままの彼を見上げる。オウルさんは、否を認めたかのように目を伏せる。
「エルク……研修内容に関して生徒への口外は厳罰ものなのだが。我が弟子可愛さに口を滑らせるとは……」
う、嘘でしょう? ラーテルさんの言ったことを全て認めるなら、オウルさんは封じられた悪魔を蘇らせる悪人と言うことになるじゃないか! 私は一ヶ月間の研修を思い返す。確かにオウルさんは、自分の感情や思いをハッキリと口にする人じゃない。けれど初心者の私たちにいつも誠意を持って、丁寧に指導してくれた。質問にも親切に答えてくれていたじゃないか。そんな人が何も知らない新人の私たちを騙したり、悪巧みに利用したりするだろうか? とても信じられないよ!
私の思いが通じたのかわからない。嘘であってほしいという私の視線を受け止めたかのように彼は目を開いた。そしてまっすぐにその澄んだ青い目でラーテルさん、レト。そして私を見つめる。
「どうやら隠し通すことは出来なさそうだね……。そうだ。ラーテルの言う通りだ。ここは研修用ダンジョンではない。そして私は……おそらくここに眠っているであろう旧い友人を助けたいと思っている」
「オウルさん、悪魔を蘇らせるということですか? なぜ? ネオテールを滅ぼそうと?」
気づくと私は叫んでいた。レトが怯えた表情で私の腕にしがみつく。あの伝説の本を読んでいた私は、とてもじゃないけれど黙っていられなかったんだ。英雄のみんな。そしてネオテールのご先祖全員が力を合わせ、築いたこの平和な世界を壊そうなんてどんな理由があっても許されるわけがない! 私の顔をオウルさんは真剣な表情で見返し、口を開く。
「信じて欲しいのだが、決して私は世界を滅ぼそうとしている訳ではない。私は君たちネオテールの味方だ。しかし」
オウルさんは一度迷うかのように遠くを見つめ、どこか腹を決めたようにうなずく。
「これはまだ言わないつもりだったのだが……。観察力のあるアーミーは気づいていたようだね。私には耳や尻尾はない。つまり私はネオテールではない。君たちの言うところの「悪魔」の一人にあたるんだよ……」
お、オウルさんが悪魔!? 私は返す言葉を失ってしまう。彼は私を見据えたままつづける。
「その証として私は眷属を操ることができる。先程の部屋で奴らは動かなかっただろう? あれは私が動きを封じていたからだ……私の力。悪魔としての力だ」
あ、悪魔の力?
「千年前、大きな戦があった。しかし悪魔の全てがネオテールの敵だった訳ではない。そして悪魔は全て滅びたわけでもない。ネオテールにまぎれ、今もなおひっそりと少数だが生き長らえている。そして……ここに眠る私の古き友人は悪魔でありネオテールの味方だ。彼は確かに驚異的な破壊の力を持っている。しかし君たちを。いや、アーミーの命を巨大な権力から必ずや守ってくれるはずだから……」
「え? 私?」
突然、壮大な歴史や伝説の話をぶった切り、私の個人名が上がったことに面食らって、私はおかしな声を出してしまった。な、なんでそこに私の名前が出てくるの? オウルさんは慌てる私から視線を外し、いまだナイフを突きつけたままのラーテルさんを静かに見下ろした。
「ラーテル。君はエルクから聞いたのだろう? このままでは、君たちは……いや彼女は。レイチェルの二の轍を……」
レイチェル? また名前が出てきた。でも聞いたことのない名前、私は初めて聞く名前だ。今までそんな人の名前を聞いたことがない。もちろん研修でも言われたことがない。レトは? と念の為、振り返ってみたけど、私の腕を掴んで、耳を伏せてるレトはブンブンと首を振る。だよねえ。レイチェルって一体誰なのかしら??
私たちが知らないんだもの 。ラーテルさんも、もちろん知らないはず、って思ったのだけれど……。
「嘘! 私は惑わされない! それ以上の戯言は許しません! 大人は子供のためと言いながら、そうやっていつも己の都合で私たちを振り回す! 父のように! そうやって私は、私と母はいつも……」
ラーテルさんはレイチェルって人を知っているようだ。しかもその言葉に触発されたように、感情をぶちまける。こちらの胸も締め付けられるような悲痛な声。レトもそうだったのだろう。私の腕をぎゅっと力強く握りしめてきた。
「ラーテルさん! 落ち着いてください!」
いつも冷静沈着で、エルクさんのお庭陽だまりのようにニコニコ穏やかで優しい彼女が、あんなに取り乱すなんて。そのままオウルさんの首元にナイフを突き立ててしまいそうな様子に、私は黙って見ていられず、彼女の肩を抱こうと手を伸ばした……まさに、その時だった。
ーーズドゥウウウウウウウウン!
何かものすごい音がした。とんでもなく大きな音。私は耳を動かし、音のした方を素早く探った。遠くだけれどこのダンジョンの中でしているのは確かみたい。しかもダンジョンの入口の方からのような……! 爆発? それとも地震?? まさかの崩落!?
私とレト、そしてナイフを突きつけられたままのオウルさん。取り乱していたラーテルさんもハッとした様子で顔を上げ、口を閉じてダンジョンの入口のある南の方角を振り返った。
こんな修羅場の真っ最中に、さらに事件が発生なんて、考えたくない! い、一体、なにが起きてるというんだろう!?