暗闇に浮かぶ影、その正体は?
ーー冷たい?
そっと近づけた指に、ヒヤリと冷たい何かが触れ、私はビックリして手を引っ込めた。
「なんかぁ〜、湿った匂いが〜するんだぁ。違う空気が流れてきているようなぁ、そんなかんじぃ」
馬車で初めて出会った時からそうだけど、レトは鼻がいいからなあ。何か隠されているのは間違いなさそう。鼻先を上に向けて、耳をピクピク動かしながら、私がいま指で触れていた部分を、くんくんとかんでいる。
「木の根っこを通じて、地上から空気が流れ込んでいる、ということでしょうか?」
いつの間にかラーテルさんも加わり、一列に並んで壁におかしな所がないか、調べてみる。
私たちが立っているのは、部屋の右奥の角っこの辺り。先ほどミミズがかじっていた太く大きな根っこがあるところだ。木の根は見上げると、天井に大穴を開けて、部屋を縦断し、さらに地下にまで伸びている。上の方から地上の匂いが流れてきてもおかしくはなさそうだけど……。
「うーん。上からっていうよりかぁ〜。この壁からって〜気がするんだよねぇ〜」
「なるほど。それは大切な情報だ。この先行き止まりになったら再度調べてみよう。アーミー、記載を頼む。さあ二人も、原生生物がまた現れないうちに計測を済ましてしまおう」
あ! そういえば!
リュックをこちらへ差し出すオウルさんに声をかけられ、私はやっと思い出した! 調査のことすっかり忘れてたじゃないか! バトルが終わって完全に気が抜けてたよ……。
「す、すみません! うっかり忘れてました」
「うん。そうだと思ってたよ。君たちの本業はこちらの方だからね」
私が頭に手をやって謝ると、舌を出したレトもラーテルさんも、恥ずかしそうに小さく頭を下げる。そんな私たちを少し呆れたように見下ろし、オウルさんは苦笑しつつリュックを渡してくれた。
確かにそうだ。ミミズが回復して帰ってくる前に、計測を終わらせないとね! みんなも一緒に続きを書いてみてね。
この部屋は縦長の長方形のかたちをしている。大きさは…横が約6m、縦は約15mほどだ。
先ほどの台形の部屋の上底の部分に、よいしょっとこの長方形を積み上げたように、二つの部屋は繋がっている。そして右辺はやっぱり今回のこの部屋も同じ、まっすぐ一直線上に位置するように、右寄せ、つまり東寄せで、作られているんだよね〜。
で、部屋の中について、特筆する点は三点。
一点はまず、この部屋の右奥の角にある大きな木の根っこ。
二点目はそれと根の付近、右側の壁あたり、レトが気づいた匂いがする所。
三点目は……部屋の北側にある壁画だ。
部屋の奥には、さっき鳥の絵が描かれていたような白い石の板壁が立ち塞がっている。あの壁ほど大きくはないけど、高さ2m、横3m半、とそれなりに大きい壁だ。
部屋の計測を終えた私たちは、とりあえずその壁の前に集まった。
レトとラーテルさんが分度器や巻き尺を片付ける横で、オウルさんがアゴに片手をやってじ〜っと壁を見つめている。ん? 何か書いてあるのかな? 私も急いで値をノートに書き写し、3人の横にならんで壁を見つめた。
今度は鳥の模様は描かれていない。だけどかわりに、扉の真ん中に文字が彫られている。そしてその下には……生き物の「目」の部分だけを抜き出した絵がある! 横30cmとかなり大きいものだ。
さらに、その目の中心には……手のひらに、ちょうど収まるほどの大きさの、黒光する瞳のような玉までもが、はめ込まれているじゃないか!
「うわ〜! なんだか意味ありげだね〜」
黒い玉のサイズを物差しで測り(約13cmくらい)、ぼやく私の横で、
「しかも、何か書かれているみたいだしぃ〜」
レトが答えつつ文字が彫られた溝を……うわわわ! 指でホジホジしたり、ゴシゴシこすったりしている。溝の中に石や泥が詰まって読みづらくなっているのはわかるけど、そんなことしちゃダメでしょ!
「こらこら、大切な文字が書けたり崩れたりしてはいけない。これを使うといい」
すぐ様見かねたオウルさんが止めて、リュックから刷毛を取り出した。私はそれを受け取り、そーっと。細心の注意を払って溝の中の泥をはらい落とす。
よし! これでいいかな? で。改めて文字を読んでみる。
「マナコヲエグリテ フウセシ モノ フタタビ リョウノメニ ウツスベカラズ」
私たち3人は一緒に、声に出して文字を音読する。そして、私は急いでそれをノートに書きとりつつ……考えをめぐらしてみた。
「マナコ」って恐らく「目」のことだよね? それをえぐってまで、何かを封じたってことは大体わかる。その後の、フタタビ リョウノメニ〜のあとは分からない。リョウノメが、「両の目」ってことなら……この目のマークがこの先もう一個ある、ってことなのかなぁ。
とりあえず部屋の大きさと、気になるポイント。絵と文字を詳細に記載し、オウルさんに確認してもらうことにした。
「そうだね。よくできている。じゃあ道具をリュックにしまって」
ホッと一安心。ノートをしまい、リュックを渡すと、それを背負い彼は続ける。
「このオーブは扉の鍵となっている。皆も知っての通りダンジョンは1000年前の悪魔を封じるために作られたものだ。一部屋で封じる場合もあるが、このように。さらに二重、三重と厳重に仕掛けを施し、封じているものもあるんだ」
ウンウン。研修中に何度も聞いた内容だ。テストでダンジョンとは? という問題が出たら即答できるくらいわかりきった内容。でも。なんでその話がここで出てくるのだろう?
私たちが入るダンジョンって、プロが悪魔を倒した後のものなのでしょう? ま、まさか……? い、いやいや。さすがに研修ダンジョンだからして、悪魔がいるはずない、よね? ってか、い、いたら、困るんですけどぉお。
「今回は私が先頭に行く。私が「いい」と言うまで絶対に部屋に入ってはいけないよ。とりあえず10歩後ろに下がっていてくれるかい?」
な、はずなのに。
なぜだろう。オウルさんは珍しく、まるで命令のような厳しい表情と声で私たちに言い渡した。いつもの物腰柔らかな、優しい様子は欠片もない。反論も質問も許されぬような雰囲気。変な不安にかられ、「悪魔なんていませんよね?」って聞こうとした私は、思わず口をつぐんだ。レトもラーテルさんも同じようだ。無言で頷き返す。
……私たちは無言で、ゆっくりと10歩後ろに下がった。
それを確認し、オウルさんがオーブに手をかけて、一度時計回りにひねりながら、壁から引き抜く。
すると……今回も先ほどと同様、地響きがして、扉が左側へゆっくりとスライドし開いていく。中からまた、よどんだ土くさい風が吹きつけてきて、私は思わず右手を顔の前にかざした。
オウルさんは、その風に髪をなびかせ、静かに立ち尽くしている。風が止んで少しして……ゆっくりと、中に入って行ってしまった。私たち3人は黙ってその様子を見守る。だ、大丈夫かなあ? ラーテルさんが無言で耳を前方に傾けながら、武器を斜めに構えた。何かあったら助けに行くつもりなのだろう。
あちらの部屋から物音は全くしない。生き物の気配もない。ただ真っ暗な闇がどこまでも深く広く続いているばかりだ。
大ミミズとは違う種類の気味悪さを感じて……私は大きく息を吸い込んだまま止めてしまった。
「いいよ。入っておいで」
突然前方から声がした。
あまりにも突然で、私は飛び上がらんばかりに驚いた。レトも隣で「ヒェ」と小さく息を吸い悲鳴をあげる。でもそれずが聞き慣れたオウルさんの声だとわかり、私たちは深ーくため息をついた。
「カンテラをかざして、足元に気をつけて。ゆっくりと歩いておいで」
その声とともに、オウルさんの明かりがゆらゆらと、自らの位置を示すように揺れる。私たちはそれを頼りに、ラーテルさんを先頭に、一列になりながら、ゆっくりと部屋に足を踏み入れた。
この部屋……すっごく広いようだ。今までの部屋の倍はある気がする。なぜかっていうと、こうやって明かりを掲げても、突き当りの壁が全然見えないんだもの。
……って?
あれれ? でも、すぐ横に何か大きなもの立っているのに気づき、私は歩みを止めた。柱? カンテラを動かし、それを照らしてみる。金属のような光沢のある物質でできた細い円柱。私の背丈より高い。それは私の頭のあたりで、さらに大きく太い円柱にくっつき……太い円柱からは左右に細長いホースのようなものが2本出て……てっぺんには小さく丸い……!?
「こ、ここ、ここここここ?!」
「悪魔の眷属!」
私が焦りまくってセリフを噛む横で、ラーテルさんが声をあげた。レトはと言ったらすばやく頭の上に両手をやり、耳を押さえてしゃがみこんでいる。
「そうだ。彼らは悪魔の眷属だ」
焦りまくった私達の声とは裏腹に、冷静すぎるオウルさんの声が前方からした。
「なぜ!? な、なぜ、このようなものが?」
め、珍しい。私も相当慌ててるけど、あの冷静なラーテルさんの方が焦ってるみたい、混乱し声を上げている。
そんな彼女を落ち着かせるように、オウルさんが静かに続ける。
「研修だからこそだよ……奴らの恐ろしさを身を持って知って欲しいからこうやって保存してある……。もちろん。こいつらは動かない」
「……」
い、いま、奴ら、って言ったよね!? ら、ってことは!? 私はカンテラを高く掲げた。すると……ひえええ! 今まで下しか見てなくて気づかなかったけど、この大きな部屋のあちこちに、呆然と立ち尽くしたままの黒い姿をした奴らの影が浮かび上がった! ひー、ふー、みー……5〜6体はあるんじゃなかろうか。ほ、本当にれ動かないんだよね!?
「オウルさん、何でぇ〜、動かないんですかぁ〜? 死んじゃったんですかぁ〜?」
動かない、って聞くやいなや、途端元気になったレトが、現金な様子でオウルさんにたずねる。
「そう。だいぶ古いモノだから、動かない」
オウルさんは短くそう答える。あれれ? 普段と違ってそっけない気が……? そのまま壁際に歩み寄り、そして静かに眷属たちを眺める。
「さあ……部屋の調査を始めよう。奴らは動かないが触ったりしないよう、気をつけて」
ま、まあ、こんなにたくさんの悪魔に囲まれて楽しく話す方がおかしいか。
私達はたまたまここに来る前に、悪魔の眷属に出会ったけれど、普通はそんな機会はない。遺跡調査に関わる者として、悪魔の眷属がどんなものか、実物を見て知るって内容の研修なんだろうけど……いくら動かないとはいえ気味悪いなあ。
早く部屋の計測を終わらせちゃおう!
私はオウルさんからリュックを受け取り中から計測用の道具を取り出す。まずラーテルさんに巻き尺を渡そうとしたんだけど……あれ? こちらを見向きもせず、ラーテルさんは、うつむき、一点を見つめながら、険しい表情をしている。
「ラーテルさん、どうしました? 大丈夫ですか?」
声をかけると、はっと気がついたように顔を上げ私を見た。彼女のアメジスト色の瞳が揺らいでいる。心の中でひどく動揺しているのがすぐにわかった。ど、どうしたんだろう?
「体調が良くない、ですか?」
「いえ! だ、大丈夫です……」
そう答えつつも、彼女は辺りを見回し、相変わらず厳しい表情を変えない。
「アーミー、レト……なるべく私から離れないでください。気をつけて計測しましょう」
ラーテルさんは、私から巻き尺を受け取り、私と……レトの肩を叩きながら、そう言った。
でも……全然大丈夫じゃないよね!?
だって、だってだよ! あのラーテルさんがレトの肩を叩いたなんて! 私よりレトの方が困惑しきりで、何度も瞬きしながら私に説明を求めてくる。
ラーテルさん、絶対何かを隠してる!
でも……一体何を隠しているっていうんだろう?




