第2話
謎の光から突如として現れた、一振りの剣。
豪奢な装飾が施され、鍔の中央に燃え盛るような宝玉が埋め込まれた白色の刃。刀どころか竹刀も握ったことがない俺だったが、それは不思議と手に馴染んでいた。ほとんど重さも感じず、まるで自分の体の一部を手にしているような感覚ですらあった。
「……」
剣を持つ手に少し力を入れてみる。
微かな温もりが手の内に広がり、そこから何かが流れ込んでくる。血液が逆流してくるような感覚が、右腕から全身に伝わっていった。
「この剣……一体、何なんだ?」
「クリム! 危ない!!」
「!?」
刹那の一閃。
エインセールの声に反応し、体が勝手に剣を振るっていた。
輝く白刃が宙を裂き、飛び掛ってきたぶよぶよを瞬時に切り払う。真っ二つとなったそれは、断末魔を上げながら昇華する氷のように霧消していった。
「か、体が勝手に……」
「すごい! やりましたよクリム!」
俺の驚きとは別に、エインセールが歓声を上げていた。
だが、喜んでいる暇などない。今こうしている間にも、俺達とぶよぶよの境界線は狭まってきているのだ。逃げ場のない状況に変わりはなく、果てには突然現れた剣のおかげで、俺の頭は爆発寸前だ。
「いいですよクリム! その調子でガンガンやっつけちゃってください!」
「む、無茶言うなよ! 俺は普通の高校生なんだ! 戦いなんてしたことないんだぞ!」
「でも、ゼリルーを一匹やっつけたじゃないですか! クリムなら出来ますよ!」
「あれは体が勝手に! って言うか、こんな数を一人で相手に出来るわけ――ッ!?」
その時、再び剣から何かが流れ込んでくる。
忘れていた記憶が呼び覚まされるように、湧き出るイメージを脳が理解していく。初めて知る文字列が自然と頭に浮かび、経験のない動作が筋肉の隅々にまで行き渡っていった。
そして、またしても体が勝手に動き始める。混乱で尻込みする俺に業を煮やした剣が、俺の体を乗っ取り動かしているように思えてならなかった。
「ああ、もう! わかったよ! やればいいんだろ!?」
その感覚が気に食わなくて、俺は声を張り上げながら気合を入れた。剣の強制を跳ね除けるかのように、自らの意思で全身に力を入れる。
やらされるくらいなら、いっそ自分でやった方がいくらかましだ。
「いくぞおおおおおお!!」
流れ込んで来た動きのイメージをなぞるように、剣を逆手に持ち替える。両手で柄をしっかりと握りしめ、切っ先の狙いを足下の大地に定めた。
そして――力のままに、思い切り突き下ろす!
「ダイアデム・ヴァイス!!」
剣が大地を貫いたその瞬間、四方に衝撃が走った。
突き立てられた剣を中心に、光の斬撃が円を描く。それは疾風の波紋となり、周囲の全てをなぎ払った。草が舞い散り木が削れ、蔓や茨が両断される。
そして、あと数センチにまで迫っていたぶよぶよの群体も瞬く間に切り刻まれ、巻き上げられながら吹き飛んでいったのだった。
「……」
ドスン――と、体が地面に崩れ落ちる。急に全身の力が抜け、立っていることが出来なくなっていた。
呆けた顔で、周囲を見回す。
数秒前までの喧騒は風に消え、森には静寂が落ちていた。
残されたのは、腑抜けた高校生と小さな妖精。そして、コンパスで描くような美しい円が刻まれた地面。そこだけがくりぬかれたかのように、俺を中心にして森が茶色い地肌を晒していたのだった。
「すごい! すごいですよクリム! 私、あんなすごいスキルを見たの初めてです!」
「す……すきるって……なんのこと?」
「さっきの技ですよ、技! あそこまで強力な範囲攻撃は、手練の騎士じゃないと出来ない芸当ですよ! 戦ったことがないなんて、冗談はやめてくださいよ!」
「そう、なんだ……」
へたり込む俺の眼前で、エインセールが喜びに沸いていた。
輝きを増した虹色の羽をはばたかせながら、跳ねるように俺の周りを飛び回っている。可愛らしい声を弾ませて、ヒーローショーを見た後の子供のようにはしゃいでいるのだった。
そして俺はと言うと、そんなエインセールの姿がダブって見えていた。
まぶたは重いし、頭がぼぅっとする。体の内側に鉛でも詰められたかのように、ダルさが全身を支配していた。
「ク、クリム? 大丈夫ですか?」
「……なんでか、わかんないけど……ぜんぜんちからが、はいらない」
「まさか――さっきのスキルで、ほとんどの体力を使い果たしちゃったんじゃ!?」
「へぇ? たいりょくが……なんだって……?」
「強力なスキルはそれだけ体力を消耗するんですよ!? わかってて使ったんじゃないんですか!?」
「ごめん……ねむくて、よくきこえ……」
「ああ、寝ちゃダメです! 早くここを離れないと、またモンスターに襲われちゃいますよ! クリム! クリムったらぁ!」
「……」
俺の名前を呼ぶエインセールの声が、頭の中でぐわんぐわんと反響する。
少しずつ視界にモヤがかかっていき、上下から闇が迫ってきた。目の前で動き回るエインセールの姿も、ぼやけて輪郭がはっきりしなくなってくる。
そんな状態にも関わらず、剣を握り締めた右手の感覚だけははっきりとしていた。手の平が熱く敏感になり、それだけで柄の構造がはっきりとわかってしまうほどだ。
でも、ついさっきまではこんな感じではなかったような……。
その時、おぼろげな視界の隅に、エインセールではない影が映りこんだ。
赤と白が点在する巨大な何かが、左右に揺れながらこちらに近づいてきている。眠気のせいではっきりしないが、それが接近するにつれて右手の熱が上昇している感じがした。
「えい、んせーる……あ、れは……?」
薄れ行く意識を何とか奮い立たせ、剣でその影を指し示す。
それに気がついたのか、エインセールのぼやけた輪郭がくるりと回転したように見えた。
そして次の瞬間、彼女の声と思われる叫びが俺の耳を刺した。
「ひゃわわわ!? マ、マシュロン!?」
「ましゅ……なに?」
「マシュロンです! この森に住むきのこ型のモンスターですよ! 早く逃げないと、こっちに来ちゃいますよー!」
「……むりだ……うごけ、ない……きみだけでも、にげ……」
「そんなことできる訳ないじゃないですか! ほら早く! 早く立ってぇー!!」
何とか俺を立ち上がらせようとしてくれるエインセールだったが、やはりどうあっても体に力が入らない。
相変わらず頭はすっきりしないし、眠気がまぶたの上にずしりと圧し掛かってくる。唯一右腕を包む熱だけが、臨戦態勢とばかりにその温度を上げ続けていた。
そして、ぼやけた視界に影が落ちる。
エインセールのすぐ後ろに、巨大なきのこがそびえ立っていた。
「クリム!! お願い、立ってぇ!!」
きのこなのに人型の姿をしたそれが、ぐんっと天に伸び上がった。胴体から生える太くて白い腕が、俺達目掛けて振りかぶられる。
無理だ。もう、どうにもならない。
俺の人生、ここで終わりか。
短い、人生だった……。
『デッドフェイル!!』
森に轟いた、力強く澄んだ声。
全てをさらうような風が吹き、弧を描く閃光が走り抜けた。
目の前を覆っていた影に細くて白い筋ができ、そこを裂け目として光が広がっていく。まるで、散り散りになる雲の隙間から暖かい日光が差し込んでくるような光景だ。
そうしてきのこ型の巨大な影は、ぼやけた俺の意識を覚ますように光の中へと消えていったのだった。
その光の中、浮かび上がるもう一つの影。
綺麗に束ねられた金色が風にそよぎ、透き通るような白が目に眩しい。その白に灯るのは、青空を詰め込んだかのような二つの宝玉。白銀の三日月を伴うなだらかなシルエットには、傾斜の激しい二つの山がそのラインに沿って飛び出している。
身の丈ほどの大鎌を持つ女の子が、静かに俺達を見下ろしていた。
「え、っと……ありが、とう……」
「……」
その子は大鎌を手にしたまま、黙って俺を見下ろし続けた。
俺の声に反応も示さず、エインセールにも驚かず、表情すら変えず、ただひたすらに俺を見つめていた。
「あの……ほ、ほんと助かりました! 何かお礼ができればいいんだけど、あいにく今手持ちがなくって……」
その視線が何だか恐ろしくて、俺は逃げるように言葉を並べた。会話を繋げることでこの状況から抜け出そうと必死に口を動かしてみたが、その子からは瞬きすら返ってこない。
再びの沈黙。
こうなると、俺にもどうしていいかわからない。俺の肩に乗っているエインセールも、その子と俺を交互に見回しながら、気まずい雰囲気に戸惑っているようだった。
すると、ふいにその子が動き出す。
狙いを定めるかのように目を細め、手にした大鎌をおもむろに持ち上げた。
そしてその鋭い刃が、冷たい感触と共に、俺の首筋を怪しく撫でた。
「その剣、私に寄越しなさい」




