第27話:喪失
――どうする?
目の前にいるのは、魔物と化したテオの両親。
そして――テオの瞳から、完全に闘志が消えていた。
「ミストさんっ……!」
ケビンが一歩踏み出す。
「倒しましょう。それしか方法は――」
「駄目だっ!!」
叫びが、それを遮った。
「おいらの家族なんだ……!」
震える声。否定。拒絶。
当然だ。
――そんなこと、分かっている。
「大丈夫……」
あたしは静かに構え直した。
「救うわよ。必ず」
「……姐さん?」
戸惑うテオに、あたしは短く告げる。
「聞いて。あんたは――お母さんの方を」
「え……?」
「覆ってる“魔物の肉”だけ削ぐの。中身は傷つかないよう――」
テオの目を真っ直ぐに見据える。
「再生しなくなるまで、やり続ける」
あたしは言い切った。
――それしか、ない。
一瞬の沈黙。
そして――
「……分かった」
テオは、小さく頷いた。
「やる……やってみる」
「いい子ね」
あたしはわずかに笑う。
「いくわよ」
「うん……!」
次の瞬間――
「【吸魔】!」
残る魔力の核は2個。
小さい方から魔力を吸い尽くす。
「【猫足】!」
テオが地を蹴る。
「――【瞬身】!」
同じく加速した。
一気に間合いを詰める。
刹那。
2人の短剣が閃く。
魔物の肉を――切り裂く。
「次っ! 【魔風・連脚】!」
「【乱風双牙】!」
蹴りと刃。
魔力を帯びた風が巻き起こり、外殻を削り取っていく。
肉が裂ける。
剥がれる。
――中が見えてくる。
「グッ――オオッ!」
鎌が振り下ろされる。
「【硬化の身】……!」
腕で受ける。
金属音。
衝撃。
だが――止めた。
テオもまた、石化光線を紙一重でかわしている。
「あと一息……!」
最後の試験管を掴む。
「【試薬投与】――」
錬金グローブで叩き割る。
「【放熱】!!」
炎が腕に宿る。
そのまま――
「はああぁぁっ!!」
叩き込む。
燃え上がる外殻。
魔物の肉が焼け落ちていく。
「姐さん! おいらも……!」
テオが叫ぶ。
両手の短剣を握りしめ――
「【裂痕華】――ッ!」
斬撃。
切断。
その瞬間。
亀裂が――全身へ広がった。
一斉に華が咲くように。
外殻が、崩れ落ちる。
そして――
中から現れたのは。
「お父さん……お母さん……!」
テオが駆け寄る。
「テオ……」
母が、弱々しく抱きしめた。
「見えていた……全部……」
父も這い寄る。
だが――
「テオ……聞け」
その声は、静かで――逃げ場を与えない重さを持っていた。
「俺達は……もう、助からない」
「っ……!? 何言ってんだよ!」
テオが叫ぶ。
「ほら! 肉も全部剥がれて――」
「駄目だ……」
その瞬間。
両親の身体が、激しく痙攣した。
「再生が始まっています!」
ケビンの声が震える。
剥がしたはずの外殻が――再び、覆っていく。
「やめろ……やめてくれ……!」
「テオ……」
父が、最後の力で言う。
「お前を……手にかけたくない……」
「テ……オ……」
母の意識も、崩れていく。
そして――
「頼……む――」
完全に、魔物へと戻った。
「――テオ」
あたしは呼ぶ。
だが。
「……姐さん。おいら、諦めない」
短剣を構える。
「もう一回……剥がせば――」
次の瞬間。
魔物が咆哮した。
そして――
テオへと、襲いかかる。
「テオっ!?」
動かない。
避けない。
そのまま――喰われる。
「くっ――【天空飛翔】!」
羽を触媒に錬成。
白い翼で飛翔。
ギリギリで、引き上げた。
「姐さん……!」
「馬鹿やってんじゃないわよ!!」
地面に降ろす。
「言ってたでしょ。あんたの両親――あんたを殺させないでって」
「でも……!」
「方法はある」
あたしは、静かに言った。
「……苦しませないこと」
ケビンを見る。
「お願い」
「……はい」
理解した。
覚悟した。
テオが押さえ込まれる。
「やめろっ……! やめろぉぉっ!!」
憎まれたっていい。
ただ、この子を想う両親の気持ちに、答えたい。
「……許してください」
ケビンの頬に、涙が伝う。
「一瞬で終わらせる」
あたしは左の人差し指を折り曲げた。
最後の触媒が溶けていく。
放てるのは一度きり。
「【硬化拳】……!」
最後の力で錬成させた鋼の拳。
「待って……!」
テオの叫びを、振り切る。
飛行時間はあと少し――。
速度を上げ、放たれる石化光線をかわす。
「ケビン! 位置は!?」
「【事跡】! 胸の中心……!」
光の軌跡が急所を探り当てる。
「うおおおおぉぉっ!!」
「やめてええぇぇ!!」
テオの制止を振り切り、涙ながらに拳を振るった。
肉で覆われた父の胸を貫いた。
その“核”に手をかけた。
一瞬の躊躇い。
それでも――
力づくで握り潰した。
「……ごめんなさい」
腕を引き抜く。
そのまま飛翔――母へ。拳を振り下ろす。
「ア――」
声にならない声。
肉を押し潰し、核を砕いた。
崩れ落ちる、二つの影。
再生は――しない。
着地とともに翼は消え、腕も元に戻った。
そして両親は――
「テオ……」
崩れ落ちる両親と、目が合った。
――あの日々が、よぎる。
3人で過ごした日常――
並んで歩いた帰り道。
笑い合った食卓。
狭い寝床で、肩を寄せ合った夜――
両親は――
最後に――微笑んだ。
「幸せに……」
それだけを残して。
消えた。
「……ぁ」
テオの膝が落ちる。
そして――
「うわあああああぁぁぁぁぁ!!」
絶叫が響く。
愕然とするテオの元に、あたしはゆっくりと歩み寄る。
その頬には、涙の筋。
「なんでだよぉぉぉ!!」
拳が、あたしを叩く。
何度も。
何度も。
受け止める。
「テオくん……」
ケビンは呆然と、頬に涙を伝わせて眺めていた。
「……ああするしかなかった」
まだ、手が震えている。
(これで……よかったの……?)
12歳の男の子に、過酷な運命を背負わせてしまった。
「叶えたかったのよ」
それでも、彼を抱きしめる。
「……あんたを想う、あの人達の願いを」
ただ、泣き止むまで――
*
「……テオ――」
ようやくあたし達は立ち上がる。
「許さない。あいつらを――」
声も身体も震えている。
――あたしが奪ったのに。
「これじゃ……あの時と変わらない」
――また、同じことを。
先走った正義感――。
それがもたらした“結果”に――。
「行きましょう」
先に立ち直ったのはケビンだった。
「元凶を倒す。少しでもテオくんの両親が浮かばれるためにも――」
その言葉を聞いて、あたしも気持ちを切り替えようとする。
「まだ戦いは、終わっていない」
鉄の拳も、魔術の試験管も使い果たした。
それでも――止まれない。
あの人達の「最後」を、
無駄になんて、させない。
「行こう……」
「はい。すぐそこに強大な魔力を感じます」
広大な地下空間――その中枢はもうすぐ目の前だ。




