バイト巫女と新学校生活②
数日前にナイフで脅された年上相手に、【姉さん】呼びされ、混乱の極みだったが、啓太が声をかけてくれたことにほっと息を吐く。
【姉さん】という呼び方は、前にテレビ放送で少しだけ見た極道が使う言葉な気がする。私は極道でなければ、不良でもないのになぜそんなことに……。
「そもそも立花は不良じゃないんだから、変な迷惑かけないで下さいよ」
「不良じゃないなら、なんで遅刻してるんだよ」
「もしかして体調不良か?」
私に視線が集まったため、緊張してしまうが、でも体調不良だなんて嘘をつくわけにはいかない。
「巫女のバイトをしていたので。ちゃんと先生にも連絡は入れてあります」
国公認のバイトなだけあって、事前に許可を取ることができる。学業優先の学生が内申で不利益を被らないための処置だ。
「お勤めでしたか」
「お疲れ様です‼」
「お疲れ様です、姉御」
「鞄をお持ちしましょうか?」
いや、お勤めって……。間違っていないけれど、不良な恰好をしている人物に言われると、『お務め』と言われている気分になる。やめて。私は無実です。
「いや、鞄は大丈夫です。自分で持ちます。その……先輩方も授業、出た方がいいと思います。私も出るので」
このままずっとこの先輩たちが付いて回り、教室の中まで来たら最悪だ。離れてもらうために忠告をしてみたけれど、不良だと授業はさぼるものか。
「分かりました」
「姉御が言うなら」
「姉さんもお務め頑張って下さい」
いや、だから、その言い方だと、受刑者みたいなんだってば。
そう思いつつ、私が立ち止まると先輩方も動き出さないようなので、横を通って中に入る。その後ろからぞろぞろついてくる気配に、胃が重くなる。……教室までついてこないよね?
「あの、授業は、自分のクラスでおねがいします」
「さすがに先輩が一年の教室に入って授業を受けたら留年みたいで恥ずかしいって」
「このやろう」
啓太がからかった為、すかさず先輩の手が出るが、啓太はさっと避けた。
「遅刻するので失礼しまーす。ほら、立花、急ごう」
「うん」
上履きに履き替えたところで、啓太が走り始め、それにつられて私も走る。
流石に先輩は追いかけてこなかった。
金曜日の時のような危険が迫るような絡み方ではないけれど、このパターンもすごく困る。
「啓太君、その。助けてくれてありがとう」
「いや。そもそも巻き込んだのが俺だし……」
教室に入れば、皆が私の方を見た。
私だけならいつものことだからとすぐにその視線は外れる。しかし今日は啓太もいる為、何事かと向けられる視線の時間が長い。
「おーい。前に注目。授業をはじめるぞ」
教師に促され、授業が始まれば、ようやく視線も静かになった。
色々気にはなるけれど、私は塾に通っている暇はないので、授業中に覚えないといけない。なので頭を切り替え授業に集中する。
板書された文字をノートに書き写しながら、必死に頭に叩き込めば、その間だけは色々忘れることができた。
授業が終わると、前の席の南波さんが椅子ごとくるりとこちらを向いた。
「ねえ、立花さん。ぶっちゃけ、啓太とどういう関係?」
「えっ? か、関係?」
「ほら、金曜日も約束していたし、今日も一緒に登校していたからさ。皆気になっちゃって」
南波の言葉に、周りのクラスメイトがこっちを気にしているような気がして、どぎまぎする。
「いや、違うよ。一緒に登校はしてないから。啓太君とはたまたま、昇降口で会ったというか、助けてもらっただけで……」
確かに一緒に教室に入ったけれど、一緒に登校はしていない。
何か誤解が生まれていそうなので、慌てて否定する。
「だよねぇ。啓太と違って、立花さん真面目だし」
「あっ……うん」
真面目だから、啓太の隣には釣り合わないと言われている気がして、ずんっと肩が重くなった。
だよね。私と一緒に居ても面白くないから、わざわざ友達になるはずないよねという、ネガティブな気持ちが湧きおこる。
「ごめん。真面目って悪い意味じゃないから。別に付き合ってるなら付き合ってても、いいんだって」
「いや、えっ? 付き合う? えっと、土曜日は神社に付き合ってはもらったけれど」
「……えっ。立花さん、天然? その返しは想定外だわ」
天然?
いい意味ではないよね?
何かずれたことを言ってしまったらしい。人との会話は難しい。
「まあ、いいや。ちなみに金曜に教室で約束してたのはその、神社に行くため?」
「うん。そうだけど……」
何か問題があっただろうか?
「あ、もしかして。立花さんがしている仕事の関係?」
「まあ、そうとも言えるかな?」
古雅のためは、仕事のためとも言える。
それに古雅が学校で悪鬼を祓ったから、啓太も行きたくなったわけなので、やはり無関係ではない。
「なんだ。そういうことか。啓太って、見た目不良だけど、良い奴だし顔もいいじゃない? だから片思いしている子も結構いて、どういう関係なんだってそわそわしちゃっている子もいるのよね」
「確かに、いい人だよね」
ちょっと悪鬼を祓っただけで、古雅の神社まで行ってお礼をしてくれたのだから。
「先輩相手でも人気でさ。だからまあ、付き合ってないなら問題ないと思うけど、気を付けた方がいいかも」
「気を付ける?」
「女子って仲間で動くところあるじゃない? だから、放課後に呼び出しを受けるとか」
「ひょっ」
裏庭に呼び出しされて先輩に囲まれるという状況が頭に浮かび、小さな悲鳴が口からこぼれた。一対一ならば、古雅はそれも経験だと何も言わないけれど、一対複数になるとモンスターペアレントとして出てくる。
というか、付き合うって、お付き合いの方か!
天然と言われた理由に気が付き少し恥ずかしい。でもそういうのは全く考えていなかったから頭にもなかった。……もしかして、中学校になったら気にしていて当たり前的な?
「私も同小でそれなりに啓太と話したりしていたから、呼び出されたことあるんだよね」
「えっ。それは大丈夫だったの?」
「うん。大丈夫。休みの日まで会うような間柄ではないから。でも本当に面倒と思ったわけ。今回も啓太と話せるんだから、立花さんとはどういう関係か聞けとか言われて」
「それは、申し訳ない……」
今後、全巻読み切るまで本の貸し借りはあるので、外で会うわけで……。凄く面倒なことになっているけれど、それよりも話を聞いてこいと巻き込まれた南波の方が、面倒ごとだと思っているに違いない。
「えっ。今ので立花さんが謝る要素ある?」
「いや。南波さんに迷惑かけているなと」
「……本当真面目だねぇ。別に気にしなくていいよ。付き合ってなかった。以上って言っておくだけだから。面倒だから相手の要望聞いてるけど、正直自分で聞けばって思うもん。しかも一対多数とか意味わかんないし。そもそもみんなの啓太君♡というのが意味不明すぎて。啓太はアイドルじゃないというか、アイドルって、お金払っているからみんなのっていう話になると思わない?」
お金も貰っていないのに、みんなの理想にならなければならないのは息苦しいだろう。アイドルにだってプライベートな時間はあるだろうに、啓太の場合はすべてにおいてプライベートだ。
「確かに」
「でしょう? アイドルに対して、付き合わないで―って叫んでいるは、まあいいとしても、アイドルじゃない人に対してそれはないよ。とりあえず、私はそのままを伝えるだけだから。えっと、一応念のため聞いておくけれど、啓太に何か脅されたとかもないよね?」
おどし?
これまたピンとこない言葉が出て来て一瞬固まったが、慌てて首を横に振った。
「ないない。全然。むしろ、今日も不良に絡まれて助けてもらったぐらいで」
「よかった。そうだとは思ったけど、髪染めちゃってから私も話す頻度減ったからさ」
啓太の赤髪は、なかなか近寄りにくいものがある。人柄はすっごくいいのだけれど。
漫画の主人公に合わせたと言っていたけれど、先生からも呼び出しを受けるだろうし、なんで染めているのだろう。
不思議だなと思いつつも、踏み込んで聞いてもいいものかも分からない。だからその疑問は胸の中に収めておいた。