バイト巫女とヤンキー神様③
私が古雅と出会ったのは、まだ保育所に通っている頃だ。
私が原因で父と母は離婚協議をしていたが、父は離婚することに納得がいっていなかった。そして次第に私さえいなくなれば、母とまた元の関係に戻れるかもしれないと思ったらしい。
そこで父は、まだ離婚が成立していないことを利用し、私を保育園から連れ出した。
「華那子、これからピクニックに行かないか?」
「うん。行きたい!」
離婚をよく理解していなかった私は、ただ父が機嫌よく遊んでくれるのが嬉しくて、即座に了承した。まさかそのまま知らない土地に置き去りにされるなんて思ってもみなかったのだ。
父を信じていたからというより、一度家に帰り服を着替え、少量のおもちゃやお菓子をリュックに詰めて出かけため疑わなかったのだと思う。こんなことをさせたのは、連絡先がすぐわかる名札つきの制服や通園鞄を手放させるためだったのではないかと思うけれど、実際のところは分からない。私はこの日以来、虐待認定を受け、父に一度も会っていないからだ。
ともかく連れ去られていることにも、捨てられようとしていることにも気が付かなかった私は、レジャーシートを敷き、そこでお菓子を食べていなさいと言って一人ぼっちにされても、泣き叫ぶことはなかった。父は昔から私だけ公園に放置しすることが多かったから、今回もそんな感じだろうと思ったのだ。
でも日が徐々に沈み始めて、心細くなってきた私は、家へ歩いて帰ろうと立ち上がった。近くの公園に放置された後、自力で帰ると父が家にいたということもあったから、今回も同じだと思ったのだ。
しかし幼児の足で車で来た距離を帰るのは困難だ。しかも土地勘もない場所である。
近くの公園には、自分に親切にしてくれる人外もいて、まだ人と人外の違いがあいまいな私は、彼らに手伝ってもらい家に帰っていた。
そんな経験から、同じように人外の声に耳を貸しながら進む。
でも人外というのは、すべてが味方というわけではない。自分と同じようにしてしまいたいという願望を持つモノから、悪戯好きなモノ。ちょっとした悪意で惑わすモノ。
元々自分の家を知っている人外がいないこともあり、あっという間に私は道に迷ってしまった。
多分あのままだったら、私は神隠し状態になっていたと思う。
きっと放置された場に戻った方が見つけてもらいやすかっただろう。でもそんなこと頭にもない私はずんずんと進み、そして一つのさびれた神社を見つけた。
草が生え、鳥居には落書き。さらに立ち入り禁止の看板。はっきり言って、普通の人ならば入らないような神社だ。でもまだ漢字が読めない私は入ってはいけないことが分からなかった上に、祖母から困った時は神社で神頼みをするのよと教えてもらっていた。
だから鳥居の形でこれが神社だと言うことが分かった私は、その中へとずんずん進んでいった。
進んだ先には今にも崩れそうな廃墟のようなお社があった。日が暮れ始めたことによる薄暗さも相まって、お化け屋敷のような不気味さがあった。流石の私も、少し躊躇しような気がする。
でもそんな不気味な場所で、私はヤンキー座りをしてぼんやり空を見上げた金髪の男を見つけた。男はぼんやりと空を見ていたが、私が近づくとその存在に気が付いたようで、青い眼を私の方へ向けた。
男は神聖さのかけらも感じない、奇抜な恰好はしていたが、とても見目が整っていた。
でもそんな外見より、私を見る彼の瞳がとても寂しそうで、今にも消えそうなのが気になった。それが私の中で強い印象として残り、その姿だけは今でもはっきりと覚えている。
♦♢♦♢♦♢
「そんなお化けでも出そうな場所にいたのが神様の古雅だったの。私、まだ人外と人間の差がよく分かってなかったから普通に人間だと思って話しかけてたんだよね」
ただし、たとえ視える人であっても、穴あきジーンズにどくろマークのTシャツを着ている人をみて、神様だと見抜ける人は少ないと思う。
「えっ。知らない大人によく話しかけられたな。でも、助けを求めなくちゃと思えばできるか」
「いや。実は助けは求めてなくて……なんか私、古雅のことを同じ迷子仲間だと思ったんだよね。見た目、高校生ぐらいなのに」
「マジで?」
「マジです」
自分が迷子だということもあって、寂しそうという部分から、この人も迷子に違いないと迷推理をしたのだ。
「その後、古雅が私を公衆電話に導いてくれたから、無事に助けを求めることができたんだよね。だから古雅は私の命の恩人で、私が助けたい神様なの」
自転車に乗って移動した辺りから、見える範囲に古雅の姿はない。
だから私の話を聞いているかどうかも分からない。そもそも、古雅は本当は消えたくないなんて思っていなくて、ただ私が泣くから付き合ってくれているだけな気がする。
とても優しい神様だから。
「神様はね、信仰がなくなると、いずれ消えてしまうんだって。古雅は私と出会ったばかりの時、もう消えるまで秒読み状態の神様だったの。でも私はどうしても古雅に消えて欲しくないから、古雅にお願いして一緒に仕事をしてもらって、その分参拝してもらったり、お布施を出してもらったりしているんだ。だから啓太君も、申し訳ないけどお参りはしてもらっていい? 神主がいないからお守りも何もない神社だけど」
「もちろん、お礼で参拝するつもりだから全然かまわないけれど……」
もしも私がもう少し大人だったら、神主になるための勉強をして古雅の神社を盛り立てるために頑張って、女性神主になっただろう。でも古雅と出会ったのは保育園の頃。神職につくには大学を卒業しなければいけないので、十年以上先だ。今にも消えかかっている古雅を繋ぎとめるには、巫女のバイトを頑張って、古雅を参拝してもらわないといけなかった。
「……立花って、本当にその神様が好きなんだな」
「うん。好きだよ。もう家族みたいなものかな」
古雅は巫女の能力に振り回される私を導くようにずっと一緒に居てくれた。
父から嫌われ、母は仕事が忙しく、友達もうまく作れなくても、古雅はずっと私に寄り添ってくれた。古雅は人間ではないけれど、私にとって一番身近な存在だ。
そんな昔話をしていれば、古雅の神社が見えて来た。
「あそこに見える鳥居が古雅神社だよ」
古雅神社は境内の周りにどんぐりの木や松の木などが植えてある、本当に普通の神社だ。ただし他に同じ神様を祀る神社はなく、古雅神社はここ一か所だけ。どのような経緯で古雅が神として祀られるようになったのかも残っておらず、派生がよく分からない神社だ。
古雅に聞いても、昔過ぎて覚えていないと言われてしまうので、調べようがなかった。境内には狛犬などもなく、あるのは石で作られた鳥居と社。あと、石灯篭はかろうじてあるので、昔はちゃんと参拝されていたんだろうなと思う。
「思ったより綺麗というか、なんか空気が綺麗な気がする。神様がいるって聞いていたからかもしれないけど」
『少年、分かっていじゃないか。神様がいるということはそういうことなんだよ。というわけで、改めまして、二人ともいらっしゃい』
出発前は間違いなく近くにいたのに、気が付けば先回りして笑顔で出迎えてくれた。
神様的に物理距離ってあんまり意味ないのかな? 例えば妖怪系のメリーさんの話しでも、深く考えると時速何キロで移動したんだろと思うものがあったはずだ。
「今、古雅がいらっしゃいって言ってるよ」
「おお。初めまして? でいいのかな? 俺、鈴木啓太って言います。この間はありがとうございました!」
『知ってるー。その髪いいよな。とっても目立って覚えやすい』
きれいな十九度のお辞儀をする啓太に、古雅は満面の笑みだ。
古雅の大好きなヤンキー君だもんね。
「赤い髪、似合ってるって」
目だって覚えやすいというのは褒め言葉か分からないので、割愛して伝えた。すると啓太がキラキラとした目をする。ただし社の方に目線がいき、古雅の方には向けられていない。
「分かりますか! これ、前に読んだバスケ漫画の主人公の色と同じなんですよ! いつか絶対赤く染めようと思っていて、中学校に入るから思い切ってやったんです」
『あ、知ってる。それ、俺も読んだ。あの漫画熱いよなぁ』
へぇ。
そんな漫画があるんだ。
古雅が読んだということは、たぶん最後の参拝客だったヤンキー君が、ここで読んでいたのを覗き見していたのだろう。
なんだか古雅と啓太は趣味が合いそうだ。でも古雅の声は啓太には届かない。
「立花、賽銭箱にお金入れた方が俺の言葉とか届きやすいのかな?」
一生懸命古雅が漫画について話しているのに、啓太は全く気が付くことなく、賽銭箱を指さす。古雅の声が届かない姿を視ると、なんだか私の方が切なくなる。
「入れなくても言葉は届くよ。……その、バスケ漫画って、面白いの?」
「すげぇ、熱い。結構古い少年漫画なんだけどさ」
言っていること、やっぱり古雅と同じだ。
私より啓太に、見鬼の能力があったらよかったのにと思ってしまう。そうすれば無理やり延命させられている古雅も少しは楽しく生きられるだろう。
でもどれだけそう思っても、私の能力は誰かに譲ることなんてできない。だから――。
「一度読んでみたいから後で題名とか教えてくれる?」
「なら、貸すよ。全巻持ってるから。今日持って帰る? 一気に読みたくなるけど重いから、最初は五冊ぐらいにしておく?」
「えっ? いいの?」
「むしろ読んでくれる人増えるのは嬉しい」
お小遣いで買おうと思っていたけれど、古いなら本屋にあるか分からないのですごくありがたい。私が読めばきっと古雅も読めるだろう。そして古雅の感想にも付き合ってあげられる。
古雅もそんな私の思惑に気が付いたのだろう。
私と啓太のやり取りを、にこにこしながら見ていた。




