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バイト巫女と警察の仕事②

 到着した場所は、古雅神社のご近所だった。気にしたことはなかっただけで、自転車で通り抜けたような気がする。

 茶色の建物はそれなりに大きい。三階建てぐらいだろうか?


「じゃあ行こうか」

「はい」

 佐藤さんが歩き始めたので、その後ろを追いかける。入口は広く自動ドアになっており、病院みたいだなとなんとなく思うが、匂いは病院とは違った。

「ちょっと受付をするから待ってね」

 以前も着たことがあるのだろう。佐藤さんは事務所と書いてある場所に近づくと慣れた様子で訪問者表に名前と時間を書く。


 入口近くの大きな広間にいるお年寄りは、通所サービスの人だろう。そろそろ帰りの時間のようで、慌ただしい。

 ちらり、ちらりと見える悪鬼は、忙しさによる苛立ちから出て来たのだろうかと眺める。それなりに空気のよどみはあった。でもこれぐらいなら空気が悪いなと思う程度で、明らかにヤバイと言う感じではない。

「古雅、なんだか静かだね」

 車の中ではほとんど何もしゃべらなかった古雅だが、一応私についてきていて、丁度頭上のあたりを浮遊している。


 こそっと声をかけると、私を見降ろしてきた。

『誰もいないところでしゃべる変人にならなくていいでだろ。気遣いだよ。気遣い』

「えっ。いつもしてないじゃん……。ちなみに、古雅的にはなんかいそう?」

 授業中は基本静かだし、気遣いを感じないわけではない。でも基本古雅はしゃべりたい時に喋って、ふらりといなくなる。そもそも神様なので、人間である私が古雅をどうにかできるわけではないのだけど。

『今のところは、俺で対処できないレべルの大物はいないと思うけどな』

「それ、いたらまずい奴じゃん……」

 神様でどうにかできないレベルというのは、私にもどうにもならない。そんなのもう災害だ。

 逃げるしかない。

『空気は多少悪いけれど、こういうのは何処にでもあるだろ。あと俺の場合は神力が強すぎるから、逆に弱い奴の気配はその場で見ないと分からん』

「そっか」

 神様は万能なイメージだったけれど、大きすぎる力であるがゆえの弊害なのだろう。


「空気が悪いのは、満員電車と同じで、お祓いすればしばらくはよくなるかな?」

『不特定多数が大勢いるからこその不和と、ここの不和はまた違うだろ。根本的な解決をしなければ、いくら祓ったって変わらないと思うけど』

「……うん。まあ、それはそうだね」

 幽霊がいると認められ、お祓いが普通になったことで、空気が悪ければすぐにお祓いをすればいいと思われることも増えた。でも実際にはそこまで万能ではない。


 例えば悪口を言う人がいて、それによって悪鬼が近寄ってきた時、いくらお祓いをして悪鬼を消しても、悪口をいう人が考えを改めない限り空気はすぐ澱む。

 結局のところ悪鬼に関しては、やった方がやらないよりはマシ程度の対処療法みたいなものだと思っている。

 折角助けを願い出られたのだから、何かしらできるといいとは思ったけれど、やみくもなお祓いは意味がなさそうだ。

「ごめんね。お待たせ。何かいた?」

「いいえ。呪うようなものは今のところ見えません」

 佐藤さんが受付を済ませたので、一緒にエレベータに向かう。どうやら部屋は三階らしい。


「華那子ちゃんは、おばあちゃんがこういう施設にいるんだっけ」

「はい。足と目が不自由で、一人暮らしが困難なもので」

 私の祖母は多少の物忘れはあるが、認知症があるというほどではない。それよりもほとんど見えない目と車いすでしか生活できなくなってしまっていることが問題だった。

「木下さんは足が不自由で、認知機能に問題があるんだ。話している分には普通だけれど、その日の記憶がもたないから次に会った時は分からないかもしれない……」

「へぇ。分かりました」

 佐藤さんからの注意事項に頷く。というか、頷くしかできないというか……。

 まあ、今回は木下さんと知り合うために来たというよりは、変な幽霊とかいないかを見るために来たのだ。


 三階につくと左に曲がる。その脇に談話スペースと書かれれている場所があり、その中へ佐藤さんは進んだ。

「こんにちは。お待たせしました」

「あっ。佐藤さん。来てくださってありがとうございます」

 談話スペースには、ロングスカートをはいた清楚な女性がいた。佐藤さんが言って通り美人さんだ。私よりは年上だけれど、佐藤さんよりはそれなりに年下だと思う。成人しているかしていないかぐらいだし、大学生だろうか?

 ……佐藤さんって、年下清楚系が好きなんだ。成人していれば犯罪ではないか。

「ちょ、華那子ちゃん? なんだか変なこと考えていない?」

「いえ。別に」

「本当に? ねえ?」

 焦ったように言われるとますます怪しい。この感じだと付き合っているというわけではなさそうだけれど。


「佐藤さん、そちらの子が、例の巫女さんですか?」

「はい。そうです。僕の強い味方、本物の巫女の華那子ちゃんです」

 ちょっとおどけた感じで紹介されたが、私はどういう反応を取るべきか分からずへらっと愛想笑いを浮かべる。

「はじめまして、華那子ちゃん。木下愛理と言います。今日は祖父のために来てくれてありがとう」

「あっ。はじめまして。立花華那子といいます。今日はよろしくお願いします」

 丁寧にあいさつをされたので、私は慌ててお辞儀をした。

 その後、佐藤さんに促され、談話室のソファーに座る。慣れない場所でソワソワしながら周りを見渡した。

 

「もしかしてもう何か見えていたりするのかしら?」

「あっ、いえ。見えません。いや、悪鬼はいるんですけれど、こういうのはいるのが当たり前というか……。あっ。悪鬼とか分かります?」

「ええ。あまりよくない霊的なもので、気分を落ち込ませたり、苛立たせたりするもののことよね? ネットである程度は調べたけれど、いるのが当たり前なの? 悪鬼がいると事件が起こりやすいからお祓いがされていると書いてあったけれど」

 悪鬼がいると事件が起こりやすいのはその通りだし、だから国が未成年のバイトまで許可している。

 でも人がいる場所で全くいないと言うことの方が珍しいと思う。

「あってはいるんですけれど、悪鬼は弱いものなので、正直に言うと巫女でなくても消せます。例えば、盛り上がっている場では勝手に消えますし、幽霊はその……エッチな話が苦手とか聞いたことありませんか?」

 言葉にすると恥ずかしいので俯き加減に話す。

「そういうことも書いてあったわね」

「結局のところは、そういうものが苦手と言うよりは、その時の高揚感的なものが悪鬼は苦手なんだと思ってもらえれば……。怖い、不安、嫉妬のような負の感情には近寄りますが、正反対のものからは離れます。そして、人がいる限り、負の感情がまったくなくなることはないので、ゼロになることもないんです」


 照れながらも、これは仕事みたいなものだからと私は説明を続けた。

 揶揄われるような空気がない為、多少話しやすい。

「正直に言うと、ここは悪鬼は多めだとは思います。でもだから何かが起こるとは言い切れないというか……。あと、幽霊が今見えないからいないと言うわけでもなくて、その、時間帯とか人とか何か条件があると出てくるものもいるので……」

「そういうものなのね。じゃあ、ひとまず私の祖父に会ってもらえる? 現役時代は警察官だったの」

「あっ。佐藤さんがお世話になったと言うのは、警察になってからなんですね」

 職場の上司というやつだろうか? 確か佐藤さんは大学に行かずに警察学校に行ったと前に聞いたことがある。今は老人ホームでも、佐藤さんが警察になったばかりの時とかは現役だったのかもしれない。


「木下さんと会ったのはそれよりずっと前で……その、僕は元不良少年なんだよね」

「えっ。不良だったんですか?」

「そう。典型的な……いや。うーん。どちらかというと中二病っぽい気がするから黒歴史にちかいかも。誰かとつるんではなくて、一匹狼だったし」

 人は見かけによらないものだ。

 現役警察官である佐藤さんが元不良……。全然想像できない。

「その時にお世話になったのが木下さんなんだ」

 そういう繋がりか。

 中二病みたいな不良というのがよく分からないけれど、現在警察官をやっているということはかなり影響を受けたんだろうなと思う。


 私たちは談話室を後にして、木下さんの部屋へと向かった。

 ここの施設のつくりはユニット型というものらしく、全室個室状態で、十部屋が一つの大部屋と繋がっているそうだ。

 そこへ向かう途中、女性職員が前から歩いていた。相手の女性が頭を下げ挨拶をしたので、佐藤さん達も頭を下げたけれど、私はつい凝視してしまった。

『思った以上に、すごい憑かれている人がいたな』

 古雅の言葉に、私は内心全力で頷く。

 すれ違った女性の肩には、ひじから下の手だけが無数にのっていた。

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