バイト巫女と警察の仕事③
すれ違った女性にくっついた無数の腕につい目が行ってしまった私は、幽霊は目線が合うと絡まれるというのを思い出し、慌てて目をそらした。
流石にガン見しすぎたし、アウトかなと思い恐る恐るもう一度見れば、すでに女性は目の前から立ち去っていた。振り返れば、やはり手を置かれているというか、手が肩から生えているようにも見える。でも肘当たりで消えているので、千手観音菩薩の手を間違えて逆につけてしまったみたいで、とても変な感じだ。
「……佐藤さん」
「ん? どうかした?」
立ち止まってしまっていた私は、先へ進む二人に声をかけた。
幽霊は大抵心臓に悪い出現をするものだと心構えをしているのだけれど、それでもやはり心臓に悪い。今も心臓がバクバクなってる。
「あの、今、すれ違った人、どういった方か分かります?」
「何度かここには来たけれど、職員の名前は詳しくないからなぁ。愛理さん、ちょっといい?」
私が立ち止まった場所まで足早に戻ってきた佐藤さんは、木下さんを呼ぶ。呼ばれた木下さんは怪訝そうな顔をしていたが、私を見た瞬間小走りで戻ってきてくれた。
「えっ。華那子ちゃん、大丈夫? 具合悪い?」
「いえ。その……今、すれ違った女性って、どなたか分かります?」
「ええ。河野さんで、私の祖父のいる部屋を担当している介護士さんよ。若いけれど、しっかりしている子だと思うけれど、どうかした?」
木下さんの口ぶりでは、信頼している人のようだ。
「えっと……あの女性、すごく憑かれているみたいで」
「疲れて? 確かに介護の仕事は大変だからね」
微妙に噛み合ってないなと思いつつ、どう伝えようか悩む。
「待って。多分、華那子ちゃんは幽霊に憑りつかれているという話をしているんだよね?」
私の職業と関わったりすることのある佐藤さんはすぐに私が言いたいことに気が付いてくれた。
「えっ。そうなの? 幽霊に憑りつかれているなら、お祓いとかした方がいい感じかしら?」
お祓いをした方がいいかどうか……。
巫女なので専門家の分類なのだろうけれど、私の場合すべて独学だ。なので、どうしたものかと首を傾げる。
「えっと。もしかしてお祓いとか難しい感じなのかしら」
「い、いえ。えっと、私もちゃんと勉強した身ではないので、あの幽霊をお祓いをした方がいいとはっきり言えないんです。幽霊と言っても憑りつくのにはそれぞれ理由があって、悪感情による執着ならお祓いした方がいいとおすすめするんです。でも好意によるものの場合、いいとも悪いとも言い切れないところがありまして……。うーん。もちろん憑かれるは疲れるという感じで、体調に影響が出たりすることが多いので、その場合は好意だろうといなくなってもらった方がいいとは思うのですが、時折守護霊見たいな感じで助けようとしている幽霊もいるので……」
好意がイコールいいものとは限らないのは、ストーカーに例えると分かりやすいかもしれない。ストーカー本人は、好意からストーカーをしているのだけれど、それが果たしてされている側も喜ばしいことかと言われると違うという話だ。
「先ほどの幽霊は見た目の所為でびっくりはしたのですけれど、今のところ存在感が薄く、いいとも悪いとも言えなくて……」
見た目はインパクトが大きいけれど、何というか印象が薄い。私がジッと見てしまったのに、全く反応しなかったから他者を襲おうとするタイプではないと思う。そして無数の手が見えたのだけれど、顔はないので、自分を知ってもらいたい意思も薄そうだ。何らかの目的があって憑いているのだろうけれど……。
「そういう幽霊は多いのかしら?」
「多いとまでは……。そもそも憑かれている人はそこまで多くないですし、一時的に幽霊がついていても次の日には消えている時もありますし。ごめんなさい。私もそこまで詳しくないので」
私の親族には霊能力はおらず、教えてくれる人がいないので基本手探りなのだ。数をこなしても分からないことだらけなので、図書館で文献を読んでみることもあるけれど、正しいかどうか判別できないことが多かった。
私は対幽霊専門家というよりも、人より幽霊が視えるというだけなので申し訳なくなる。
「ああ。ごめんね。どうしても知りたくて聞いたわけではないから。華那子ちゃんは寺や神社の子とかではないのよね?」
「……はい」
『今時、神社も寺もないけどな。作法とかは残ってても、幽霊に詳しいわけじゃない』
ちゃんとした巫女というわけでもないので落ち込むと、頭の上で古雅がぼやいた。確かに神社や寺の子供だから幽霊が視えるわけではない。もしもそうならば、日本にはたくさんの寺や神社が残っているので、私に頼らなくてももっとできる人がいっぱいいるはずなのだ。
でも実際は、私と同じぐらい視える人には、まだ会ったことがない。
「寺とか神社の子とかあんまり関係ないですよ。だって今も昔も事件現場に、坊さんとか神主とかつれてきませんもん。幽霊とか信じられていなかった時代でも、もしもそういう職種の人ならば視えるというなら、裏からこっそり呼んで視てもらっていたはずですから」
古雅とよく似たことを佐藤さんも話す。
「……そう言われるとそうね。おじいちゃんも、葬儀でお世話になることはあっても現場でお世話になったなんて一言も言ったことがなかったわ。変な聞き方をしてごめんね。視えることを疑っているわけではないの」
謝罪の言葉に首を横にふる。実際知識が足りていないなと思うことはしょっちゅうなのだ。
微妙な空気のまま、私達は愛理さんのおじいさんがいる部屋まで行った。
「こんにちは」
愛理さんに続いて入った場所はそれなりに大きな部屋だった。何人かのお年寄りが車いすに座っている。
職員は一人だけのようで、慌ただしく動いていた。
「あの人には幽霊がついているとかはない?」
「はい。大丈夫です。それにこの部屋も幽霊はいなさそうです」
佐藤さんに耳打ちされて、私も小声で答えた。もちろん悪鬼はそれなりにいるけれど、でもさっき見かけた幽霊のようなものはいない。
「おじいちゃん、佐藤君が遊びに来たよ」
広間に居た車いすの老人に、愛理さんが声をかけると、老人はこちらをじっと見た。
「なんだ。またサボりか」
「違いますよー。今日は休みですって」
大きな声で咎めるようなに言われたため、びくっとしてしまったが、佐藤さんは軽口で答えた。
「本当か? ちゃんと卒業しないとおふくろさんが泣くぞ」
「本当ですって」
卒業?
何の話か分からず困惑して見ていると、愛理さんが私の方へ来た。
「ごめんね。おじいちゃん認知症で、まだ彼が学生だと思って話しているの」
「そうなんですね」
小声で教えてもらい、私は頷いた。
佐藤さんは学生扱いされても、困惑など一切見せず、当たり前のように話を合わせている。この軽いやり取りが、たぶん当時の二人の関係なんだろうなと思うと、中に割って入るのも微妙で、私は静かにそれを見守っていた。
「ところでお前が誰かと一緒なのは珍しいな。まさかいじめてたりしないだろうな?」
「しないって。女とか弱い奴に手を上げるなんてだせぇことはやってないから。この子は華那子ちゃん。将来警察官希望の子」
「ん? 警察官?」
じろりと見られ、私は背筋を正す。なんとなく怖い先生のような雰囲気がある。
というか、待って。私は一度も警察官希望何て言っていない。
「えっ。ちょっと。さ、佐藤さんっ」
それは佐藤さんの嘘ですと伝えてもいいのかもわからず、私は半泣きだ。
「ごめんごめん。本当は、僕が警察官になって欲しいなと思っているだけ」
「なんだ。お前が勝手に言っているのか」
「向いていると思うから誘っているけど、いい返事が貰えなくてさ」
向いているのは、この見鬼の能力がということですよね。
幽霊が見えるというのは、事件の情報集めもしやすいということだ。でも向いているのはそこだけで、私は正義感あふれる人間ではないし、格闘技も一切やったことがない。
「佐藤の目は確かだからな。向いているなら、向いているんだろうな。でも警察官は生半可な気持ちでできるものじゃない。勝手に強要するな、馬鹿たれ。華那子ちゃんも、悪かったな。佐藤は馬鹿だが、悪い奴じゃない。警察官になってもならんでもいいから、仲良くしてやってくれ」
「えっ。は、はい」
そうって、木下さんはにっと笑った。
笑みが見えると、怖いイメージがかなり和らぐ。それにしても中学生の私に仲良くしてやってくれって……。木下さんには佐藤さんが何歳ぐらいに見えているのだろう。
その後もまるで子供を相手しているかのように、木下さんは佐藤さんに注意をしていた。やれ一匹狼を気取っていてもかっこ悪いやら、人は一人では生きていけないやら、喧嘩屋とか言っているが将来黒歴史だと思う様になるぞなどと。
それに対して、佐藤さんは終始苦笑いだ。黒歴史云々に対しては、ぼそりともうなっていると呟いたけれど。
しばらくそんな話をしていた時だ。
「きゃぁぁぁぁぁぁ‼」
遠くで突如大きな女性の悲鳴が聞こえた。
何の声か分からず固まっていると、佐藤さんがいち早く駆け出し部屋から出て行くのが見えた。
『華那子、行くぞ』
古雅に促され、私も佐藤さんを追いかける。その後ろで愛理さんが私の名を呼んだけれど足を止めず、そのまま古雅と一緒に廊下を走った。




