『あやかしスタンプラリー』
「じゃあ、そろそろ行くな」
振り返って、続ける。
「コン様、澄麗、ありがとうな。蔵御に呼んでくれて。なんていうか、その、寿命が延びた」
大袈裟でなく本当に寿命が延びた、というか命を繋いだ。
あのまま大都会の一人きりの部屋で閉じこもっていたら、今頃自分はダメになっていただろう。克崇には確信できた。
「ううん、私のほうこそ、蔵御に帰ってきてくれてありがとう、だよ。……克崇くんにまた会えて嬉しかった」
「わしもおぬしたちと遊べて楽しかったぞ。県南を手中に収めることもできたしな。次は県北か県央が欲しいのぅ。今回は山沿いだったから、海のほうも欲しいのぅ」
世界征服ではなく県内からの征服を手堅く進めようと図るコン様を克崇は「悪いことするのはダメだけど、それ以外はほどほどにな」と諫めた。
コン様を抱きしめたまま、澄麗は強い眼差しをする。
「あのね、克崇くん。……私、今度はちゃんと、克崇くんを笑顔で見送るって決めてたの」
澄麗の後悔は、上京する克崇を見送れなかったこと。
だから今度こそはと精一杯に笑ってみせる。
「克崇くん、いつでも帰ってきてね。蔵御の町も、みんなも、コン様も、私も、待ってるから」
克崇の帰る場所として蔵御にいると、澄麗は固く誓った。
しかし克崇は「それなんだが……」と気恥ずかしそうに、あらぬ方向を見る。
「その『いつでも』は割とすぐになりそうなんだ」
克崇は誰にも相談せずにひそかに考えていた未来を二人に打ち明けた。
「一度東京に戻って、諸々落ち着いたら蔵御に引っ越そうと思うんだ」
「なんじゃとーっ!」
「今回の旅で蔵御にいるのが、俺にとっては一番幸せだったんだなって気づけたからさ」
「そういうことはもっと早く言わんか」
コン様の内なる世界で言いたかったことは「本当は俺もずっと蔵御にいたい」。
逃げ道としてじゃなくて、そこにいたいから蔵御を選びたい。
大切な人たちがいる、大好きな町で生きていきたい。
それは共にいることの理由として、百パーセントの回答だ。
「夢を叶えるまで蔵御に帰らないと決めて、夢に破れて帰ってきて、もう一度向こうで頑張ると決めたのに、いざとなって『本当は俺も蔵御にいたい』なんて気づいても、簡単に言えるわけないだろ。格好悪いにもほどがある」
「その程度の無様じゃ澄麗は見限らんぞ。むしろ、ほれ」
澄麗は「ほほ、ほほほっ」と「ほ」を連発しながら克崇に体を寄せる。
「ほっほっ、ほ、本当に本当? 私と蔵御でずっと生きてくれるって、約束してくれる? 約束してよね。……ねっ」
「本当だ。約束する」
「嘘ついたら祟るぞ。また食ろうてやるぞ。コン様ワールドに澄麗と二人きりにして永遠に閉じ込めるぞ」
「そ、それ採用……!」
「こらこら。……いや、別に嫌じゃないんだが……。とにかく、一旦お別れだな」
名残惜しいが出立の時間だ。
「じゃあ、行ってくるよ」
「いってらー。東京土産楽しみにしとるぞ」
「いってらっしゃい、克崇くん。私、待ってるから。ずっと、ずっと待ってるから」
克崇は、上京した日と同じように新幹線に乗る。
あの日の車窓の外には磐と葛と竜爾郎と桜依と武留がいて、澄麗だけがいなかったけれど、今日はコン様と澄麗がいる。
大切な友達と、大好きな幼なじみがいる。
だから、克崇はもう大丈夫だ。
優しくて、温かくて、いつまでも変わらずにそこにあり続ける故郷と幼なじみに背中を押されて克崇は旅立つ。
克崇は動き出した新幹線の座席でタブレットを起動し、タッチペンを握った。
迷わずに線が引けるのは描きたい題材が決まっているから。
『久々に会ったら狐耳が生えていた幼なじみと行く県南1市5町夏の旅』つまり『あやかしスタンプラリー』という名の不思議な夏休みのお話。
かつて澄麗に贈った漫画と同じタイトルだけど、少しだけ違う物語。それが今一番描きたくて仕方ないものだ。
克崇の子供のような無邪気な横顔が車窓に映った。
窓の向こうには雄大な蔵御連山の夏の緑が広がっている。
次に克崇が見るのは秋の紅葉か、冬の雪か、春の桜か。はたまた同じようでいて別な夏の緑か。
それでも、コン様と、あやかしたちと歩み始めた県南の町は変わらずに美しいままだろう。
克崇の頭の上の狐耳は、いつまでも消えることなく、ピコピコと楽しそうに揺れ続けていた。




