第二話
いきなり閑話っぽい話になります。
なお、結構今後のネタバレ含みますので、興味のある方だけご一読くださいませ。
レイテル領にあるレイテルの街。
領主であるエグワイド=レイテルが治める街で、この領の政治の中心でもある。
この街には領を代表する建物である城が建てられていて、領を治める文官や武官がたくさん働いている。
そんな城の最上階は領主であるエグワイドの私室が作られていて、そこでは過去幾度となく内々的に領の今後を決める会議が開催されている。
そして本日もその会議が開かれていた。
参加しているものは五人。彼らは領主の側近で、どれもこの領の未来を背負っている高位の貴族だ。
本日の議題はつい昨日捕らえたスラムに住んでいた少女だ。
本来平民が治めるべき税を納めず、更に貴族へ敵対行動をとったのなら国外追放が正しい。だが追放するには惜しいほど魔力が強大だったのだ。
そのため、どのような処遇にするのかを決める会議が急遽開催された。
「さてあの娘の処遇はいかが致しますかの、エグワイド様?」
円形状に作られた机に座っている五人のうち、立派な顎髭を生やした老人が発言した。
彼の名はニッチヘルモズ=レイヤーマイト伯爵。この領の執行長官であり領主代理の肩書きを持つ文官のトップだ。
「ニッチヘルモズ老、まずは皆の意見を聞きたい」
領主であるエグワイドが揃っている面々の顔を一度ぐるりと見渡してから、気軽そうに発言した。
エグワイド=レイテル辺境伯。リーチハイン国の中でも最大規模の面積を持つ、レイテル領の二十七歳という若き領主である。
彼は十年前に家督を先代から引き継いだが、十七歳の若さで辺境伯家の当主となるのは過去の歴史を紐解いても異例である。
ただ継いだ理由は簡単で、先代でありエグワイドの父であるニケリトル=レイテルが魔物との戦いで命を落としたからに過ぎない。
領主自ら魔物討伐を行うのは愚だが、彼は根っからの戦闘狂で毎回魔物討伐に、しかも一番槍として参加していたのだ。
いつか死ぬと言われてたが、実際死なれて一番困ったのが領主を継いだエグワイドである。
何しろ突然、先代が亡くなったので今日からあなたが領主だ、と言われたのだ。引き継ぎなど無いに等しい。
彼が先代からいる側近に頼っても仕方ないだろう。口さがない貴族たちからは、自己の意思がない操り人形と言われているものの、彼は一向に気にしていない様子だ。
「そうですな、あれだけの魔力を持っているものを処分するのは勿体ないと思います」
こう発言したのは騎士団長であるレイミット=アファイル伯爵だ。文官のトップがニッチヘルモズとすると、レイミットは武官のトップである。
彼の目論見だと、騎士団に入れて魔法を覚えさせれば強力な駒になると踏んでいる。
アレを一番槍として使えば非常に楽な戦いになるだろう。何しろ一番槍は死亡率が高くレイミットはいつもそれで頭を悩ませている。
だからこそ強力な魔法を使えるものを最初に突撃させれば死亡率がぐっと低くなる。万が一死亡したとしても、レイミットからすればたかが平民が一人死んだに過ぎず、痛くも痒くも無い。
「私もそう思います。出来ればうちに入れて頂きたい」
騎士団には六つの部隊があり、そのうち第一から第五までがいわゆる一般的な剣を持って戦う騎士だが、第六だけが異なる。
第六は魔法使いたちが属する部隊であり、それを統括するのが先ほど発言したブレイスズ=ヴェルブル子爵だ。形式上はレイミットの配下だが、実質的には別部隊である。
そして彼はしっかりレイミットの思案を読んでいた。だがあれほどの魔力を持っているのだ、一番槍として簡単に死なせては勿体ない。
アレを手に入れれば魔力不足で作れなかった魔道具の開発が進むし、魔法を覚えさせてやれば第六部隊の仕事である後衛からの強力な魔法攻撃をアレ一人に任せられる。
そうすれば今よりも時間が空き、研究時間へ回せる。
アレは使い潰すより魔力タンクとして死ぬまでこき使った方がブレイスズのためになるのだ。
「レイミット殿かブレイスズ殿のところへ入れるのは良いが、身分はどうするべきかな? そしてまだアレは十歳であるから成人するまでどなたが面倒を見るか決めなければならないだろう」
これはジッテカーレル=ウィスパー伯爵だ。彼はいわゆる司法と立法の責任者だが、実際のところ主な仕事は貴族間の調整と中央政府との連絡窓口である。
彼にとって魔力の有無など必要なく、単にうまく調整出来る人材が欲しいだけだ。だからこそ彼にとってアレは役に立たないので、今回の事にも興味はない。
ただこの流れだと平民が貴族の一員となるのだから、今後その辺りの調整が入るのは確実であり面倒には思っている。
「事例通りなら騎士爵が妥当なところであろう。面倒を見るものはアレを手に入れた一族の男爵で良いのでは無いか? 誰なのかは後で決めてもよかろう」
ニッチヘルモズは三人の意見を聞いてまとめた。
レイミットかブレイスズのどちらかのところに騎士爵として入団させる。騎士爵というのは、元々有能な平民を貴族の一員として迎えるために作られた一代限りの爵位であるので持たせても問題は無いだろう。
ただし騎士爵とはいえ歴とした爵位であり、そして未成年では爵位を持つことはできない。このため誰かが成年までアレを面倒みる必要がある。
面倒を見させるのは爵位の一番低い男爵家が妥当であるし、貧乏くじを引かせる男爵を決めるのは手に入れたほうが勝手に決めれば良い。
面倒な手続きはジッテカーレルの仕事だろうし、魔法の教育については面倒を見る男爵が決め、それにかかる費用はレイミットかブレイスズが持てば良い。
あとはレイミットかブレイスズ、どちらかを決める必要があるものの、それは領主が決めれば良いだろう。
「ではエグワイド様、アレの処遇について一任させる者をレイミット殿かブレイスズ殿、どちらに致しましょうか?」
従来の会議では彼ら四人が出した案を、エグワイドが決定する流れだ。
だから今回もどちらかになるだろうと、エグワイドを除く四人はそう思っていた。
だがエグワイドは彼らの思惑を越えた爆弾を落とした。
「皆の意見は分かった。では私の決定だが、アレは私が面倒を見よう」
「は?」
たっぷり十秒ほど思考が停止したニッチヘルモズ。
その後エグワイドの言葉を咀嚼し理解した時、驚愕となった。
エグワイドが面倒を見る、と言うことはエグワイドの直轄である魔力奉納要員として扱うのだろう。
しかし魔力奉納はこの領の要であり、不用意に他人を混ぜるなど普通はしない。事実エグワイドの魔力奉納要員は辺境伯家の一員とその縁者、特別に領主が認めたものだけで構成されているし、ここに居る面々でも護衛として騎士団長のレイミットとごく一部の騎士を除き、魔力奉納の場所へ立ち入りは出来ないのだ。そしてそのレイミットたちも出入り口までであり中までは入れない。
「そ、それはどういうことでしょうか?」
「先ほど伝えた通りだが、アレは私が貰い受けると言った。アレには領の守りと大地への奉納を任せる」
「エグワイド様?!」
「守りの魔道具に平民を入れるのですか?!」
ニッチヘルモズが思った通り、エグワイドはあの平民を魔力奉納要員として迎え入れるらしい。
確かに現状魔力奉納要員は人数が少ない。たった十二人しかいないのだ。先代が何人かの魔力奉納要員と共に早死したためだが、単なる平民を魔力奉納要員として迎えた事例はない。
「確かに魔力奉納は領にとって大切な事です。また大変な事も分かりますが、つい先日もザーサランド男爵家のものを入れたばかりでしょう」
「それにどなたがアレを成年まで面倒みるのでしょうか。ニーベリック様でしょうか」
辺境伯の一員はエグワイドの家族と先代の第一、第二夫人、エグワイドの兄弟だけだ。そして家を持っている者はエグワイドの弟であるニーベリック以外居ない。
ニーベリックは子爵の地位を持っているが、実際は辺境伯家の一員として扱われている。
「だから言ったでは無いか、私が貰い受けると。私の養女とする」
「なんですと?!」
「平民の、しかもスラムの子を辺境伯の養女にするというのですか?!」
「当然だ。アレにはすぐ魔力を奉納して貰うからな」
魔力奉納は基本的に成人した貴族しか行わせない。それは魔力を扱わせるのに一定期間の訓練が必要だからだ。
そして魔力奉納の勉強は十二歳から十五歳になるまでの三年間、王都にある魔法学校で習う。
「未成年に魔力奉納を?!」
「あれだけ見事に魔力を扱っていたではないか。今更何を勉強するというのだ? まあ私の養女ともなれば形式上十二歳になれば魔法学校へ通わせる必要はあるがな」
「魔法学校まで……それでは辺境伯家の一員と変わりないですぞ!」
「養女はそういったものであろう?」
最近では縁戚を結ぶために適当な養子養女を迎え入れる事もあるが、本来は断絶しかけた貴族が家を守るため他家から養子を貰い継がせるためのものだ。
当然その家を継ぐことも出来るし、家名を名乗ることもできる。
だからエグワイドが言っていることは正しい。
正しいのだが……。
ニッチヘルモズは考えた。
まさかこの若い領主は、自分の息子にあの平民をあてがうのではないか、と。
魔力の高い両親からは魔力の高い子が生まれる可能性が高くなる。辺境伯家は領主として魔力奉納を行う義務があることから、魔力の高い一員を増やすためにあの平民と息子を結婚させる事はあながち不思議ではない。
だがいくら魔力が高いとはいえ、わざわざ平民を迎え入れる意味は少ない。
辺境伯という高位の貴族であれば、王都にいけばいくらでも探せるだろう。
「まさかハイレス様かクォレティ様の第二夫人にするおつもりですか?」
「いいや、そんなことはしない。いいか、今後アレはレイテル辺境伯家の一員だ。貴公らはそのつもりでアレと接せよ。詳しい事は後日伝える。今日はここまでだ、貴公等は退出せよ」
エグワイドは会議をぶった切って無理矢理四名を退出させた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
四名が退出したあと、一人残っていたエグワイド。
暫くしたのち扉がノックされた。
「誰だ」
「マーテリッテです、エグワイド様」
「入れ」
マーテリッテ=ザーサランド。
現在十五歳でつい先日王都の魔法学校から戻ってきた成人したての貴族である。
元々はザーサランド男爵家の三女だったが、魔法が得意な事からエグワイドが特別に許可して魔法学校へ通わせていたのだ。戻ってきてからは魔力奉納要員として迎え入れている。
男爵家の、しかも三女という立場であり多くの反対があったものの、マーテリッテは魔法学校で次席という非常に優秀な成績で卒業したことで納得させた。
「マーテリッテ、本当にあれで良かったのか?」
「はい、お見事でした」
マーテリッテはこの隣にある隠し部屋にいて、先ほどの会議内容を一部始終聞いていたのだ。
もちろんあの四名には秘密で、である。
「まあ私も奴らの驚いた顔が見れたことに溜飲が下がった思いだがな。久方ぶりに楽しめた」
彼女は領に戻ってきてからは魔力奉納要員だけでなく、エグワイドの参謀として内々的に働いていた。
元々エグワイドは突然領主となったために側近を選ぶ暇が無かったのだ。そのため先ほどの四名に良いように使われていた。
だが彼はマーテリッテという参謀が得られたことにより、辺境伯としての力を取り戻そうとしているのだ。
今回も彼らが言うアレの扱いについて考えたのはマーテリッテだ。
「で、アレは本当に我らの役に立つのか?」
「はいエグワイド様、彼女は隔世遺伝したリリス族です。魔族の王ですよ、リリス族は」
「確かに魔力は凄かったが……本当に魔王なのか? うちの騎士団連中にあっさりやられていたではないか」
「リリス族は戦闘には長けておりません。が、あの種族は特殊な能力を持っております」
「誘惑の魔女……か」
マーテリッテが言うには、リリス族は戦闘面では大して役に立たない。種族的な問題なのかは分からないが、魔力が大きすぎて制御しきれず、魔法が殆ど使えないのだ。
リリス族を除く四種の魔族は非常に戦闘面で長けている。それ故に我が強く用意に他人に従わない。
それをまとめていたのがリリス族なのだ。リリス族は意識的なのか無意識なのかは分からないが、他人を籠絡し自分のものとする能力に長けている。
それ故、誘惑の魔女、と呼ばれるのだ。
「彼女は僅か半年であのスラムをまとめ上げ、そして数年で廃墟だったスラムを立て直し富をもたらせました。今やレイテル領の食料の大半はスラムが産地ですよ。そしてスラムの者たちはほぼ全員彼女に陶酔しています。あのまま放置していれば、おそらく数年でレイテルの食料事情を掌握し人心を集めた事でしょう。事実スラム外でも彼女に靡く者も非常に多く、その影響力はレイテル領を越え他領にも一部及んでいます」
「他領だと? 一体どこだ?」
「フェイバリット子爵領です」
「ああ、あそこか」
フェイバリット子爵領はレイテル領の隣に位置しているが、正直領としては広くなく、そして人口も少なく、未開発の土地も多い。領主として着任したのが先々代くらいであり、歴史も浅いので仕方はないだろう。
そんなところへたくさんの食料を持ってアレが登場したのだ。救世主扱いされるのは目に見える。
「戦争でもふっかける気か、アレは」
他領の商人が救世主扱いされているのだ。フェイバリットの領主としては面白くないだろう。
相手がレイテル辺境伯という国内随一の領の商人だからこそ、何も言ってこないのだ。他ならば怒鳴り込んでくるだろう。
「いえ、既にフェイバリット子爵も籠絡している模様です」
「は? 何だと?」
「子爵も彼女に陶酔し、領内でも優遇しているそうです。だから誘惑の魔女、と呼ばれるのですよリリス族は」
「……理解した。なるほど、ある意味一番怖い魔族だな」
いくら歴史の浅い子爵家の当主とはいえ、貴族は貴族だ。平民如きがそうそう簡単に会える訳もないし、ましてや籠絡されるようなものではない。
そのような貴族が長く生きられる環境ではないのだ。
それを五年という短い歳月で成し遂げたのだ。しかも十歳に満たない少女が。
「早いところ辺境伯の一員として迎え入れた方が良いとマーテリッテが言うのも頷ける」
「ええ、そして最終的にはエグワイド様の望み通り、貴族社会の破壊ですね」
エグワイドは貴族たちが嫌いだった。
本音を隠して建前だけで動き、家のためなら何でもする、同じ人なのにも関わらず平民を何とも思ってない。
エグワイドにすら薄ら笑みを浮かべながら自分を利用することしか考えていない者たちばかりだ。
エグワイド自身も魔法学校へ通うために王都に一時期住んでいたが、王都もここと全く同じだった。
そんなものは壊してしまいたい。
エグワイドの求める貴族社会の破壊は、はっきり言って革命である。
ただし革命するにも辺境伯家の兵力を出して王都を攻めたとしてもあっさり潰されるだろうし、そもそも領内の貴族たちがそんな命令をきかないだろう。
ならば内々から壊せば血も流れない。そしてリリス族の力はそれにぴったりなのだ。
「そのためにも王都へ行かせて、成人すれば王城へねじ込ませると」
「はい。王都へいく十二歳まではこの領で貴族社会を学んで頂きつつ、領内を掌握して頂きます」
「ふむ、二年間は様子見だな。本当に貴族社会でも誘惑の魔女の力が通用するか。まあそれはさておき、護衛と側仕えはどうする?」
「わたくしとクーメレイテアが引き受けます。十二歳までに貴族として必要な事は全て叩き込みましょう」
クーメレイテアはベルシデリィ子爵家の長女で十二歳、親は将来騎士団へ所属させたいと望んでいるものだ。
事実その剣の腕は未成年ながら分隊長クラスとも対等に戦えると言う。
そして自宅が近いせいかマーテリッテとは幼少の頃から仲が良く、よく姉妹と勘違いされるらしい。
「許可しよう」
「あとは彼女が行動する時は何らかの理由があります。彼女の邪魔にならないよう、彼女のやりたいようにやらせたほうが宜しいかと」
「分かった。そのために私の養女とさせたのだ。私の扱える範囲内であれば好きにやらせるが良い」
「承りました」
「アレの目が覚めたら呼べ、養女の話をする。では下がって良い」
「承りました。では失礼致します」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
エグワイドの私室を出たマーテリッテは一人ほくそ笑んでいた。
こうも上手く事が運ぶとは思ってもいなかったからだ。
さて、クーメレイテアには一応説明はしてみるけど、きっと彼女は黙って頷くだけですよね。全くベリア族ってのはみんなクーメレイテアみたいな性格をしているのでしょうか。
他にはミッドリアに連絡を取り、今後は王都へ潜入して貰う必要があります。我らが王が王都へ行く前に色々と仕込みをして貰う必要がありますね。アガリア族はとても便利な能力を持っている有能な方なのですが、指示しないと何もしてくれないのは困ったものですね。
そんな彼女をどう動かすかは軍師たるメフィ族のわたくしの仕事ですけれど。
我らが王も王でスラムにどんどんと仲間を増やしていきましたし……あとで一度王が選んだものたちも把握しておく必要があるでしょう、勝手に処分したら王が暴走なさるでしょうし。
それとまだ見つかっていないアシュ族の者も早めに探す必要がありますね。ミッドリアに引き続き探索して貰いましょう。
王たるリリス族が隔世遺伝で目覚められたのです、確実にアシュ族も目覚めているはずですから。
そして魔族の五種族が揃えば……。
未来を考えているだけで恍惚としてくる。
くすくす、と笑うマーテリッテだった。