第一話
「養女って一体どういう意味だ?」
俺の目の前に座って厭らしい笑みを浮かべているのは、三十近いくらいの男だった。
着ている服は豪華な作りで、所々虎に羽が生えたような紋章が描かれている。
そして俺の隣には俺を案内してくれた高校生くらいのメイドが一人と、護衛なのか帯剣した中学生くらいの少女がいる。
どちらも俺と目の前の男とのやりとりには口を挟まない姿勢をしていた。
「養子縁組を行い子となった女に付けるものだが? ちなみに男だと養子だな」
「言葉の意味は知ってるわっ! そうじゃなくて、いやその前に俺の仲間はどうなったんだ!?」
養女とかそんな話はどうでもいい。いや良くはないけど優先度的には低い。
俺が騎士に気絶させられたあと、一体スラムの奴らはどうなったんだ?
「そう言い立てられても困る。まずスラムの平民たちは全員殺してはいないし、一応手当もしておいた」
やはり厭らしい笑みを浮かべたまま、男が机に肘を立てて軽く返してきた。
「本当に? 手当まで?」
「当然だろう? これから税を納める愛する領民になるのだ。死んでしまっては税が取れないではないか」
なるほど、金のなる木だから殺さずむしり取るってことか。
何ら理由もなく手当までするなら裏があると思うが、税収を増やすために生かすのなら分かる。
ならまず生きている事は確実だろう。取りあえずは一安心できた。
で、次は養女だっけ。
「なぜ俺があんたの養女になるんだ?」
「それはもちろん私が君を欲しているからだよ」
男の笑みを見た瞬間、一瞬鳥肌が立ち、吐き気がした。うぇっぷ。
まさかこいつ、俺の身体が目的?!
そのためにわざわざ俺を捕獲したのか?!
これでも男の意識を持っているのだ。男なんかに抱かれてたまるかよ気持ち悪い。もしそうだったら舌でも噛んで死んでやる!
「おいおい、勘違いするなよ。いくら何でも子供に手など出すか。それ以前に手を出すなら養女なんてせず下女として雇うよ」
自分の身体を腕で守るようにしたのを見た男は、厭らしい笑みではなく、嫌な笑みを浮かべて否定する。
まあ確かに男の言うとおり養女だと自分の子供になるんだから、手を出したらまずいだろう。
「なら何が目的なんだよ。というかあんたって貴族だよな、しかもかなり高位の。それが平民の、スラム出身の俺を養女にしていいのか?」
「よろしくは無いな。実際反対は山ほど、どころかここにいる二名以外全員から出ている。が、私が決めたのだよ。反対意見など問題ない」
ようやく俺は察した。
この男、もしかして領主か?
領主なら分かる。だってここで一番偉い貴族だ。トップが決めたのなら反対があろうが撥ね付けられるだろう。
「えっとさ、あんたが領主だとしてさ、部下の意見は聞かなくてもいいのか?」
「おや、私が領主だと分かるとは察しが良いね。だが勘違いしないで欲しい。ちゃんと部下の意見は聞いたよ? 聞いた上で押し通しただけだ」
「思いっきりワンマン社長じゃねーか!」
「ワンマン? 良くは分からないな。だが部下の意見は君にとって都合の悪いものばかりだったよ?」
まあそうだろうな。
良くて資産没収、悪けりゃ死罪だろう。
「君の魔力は強大だから騎士団で魔法を覚えさせ死ぬまで駒として魔物と戦わせる、または魔道具作成時に魔力だけ貰って後は飼い殺し、の二つが一番意見多かったな」
「どっちも最悪だな。死罪のほうが楽じゃねぇか」
「あっさり殺すのは勿体ないらしいよ。それに比べれば私の養女になるほうがよっぽどマシだと思うけどね。ま、そんなところで立ってないで、取りあえず座りなさい」
男に指された椅子に座ると、隣に居たメイドにお茶を出された。
それをじーっと見ていると、男は乾いた笑いを出す。
「別に毒なんて入っていないさ。私の養女となるのに毒殺してどうするのだ」
「何の目的があって……いやその前にあんたの名前を聞きたいんだけど」
「ああ、失礼。そうだったな、私の名はレイテル辺境伯家当主エグワイドだ」
エグワイド=レイテルか。領主の名って初めて聞いたわ。
じっと目の前の男の瞳を見ると、微かに歓喜と戸惑いの混じった色が混ざっていた。
「んじゃあエグワイドさん、俺の名なんだけど……」
「君の名は既に決まっている。エーレデル=レイテルだ。どうだ、貴族らしい名だろう?」
決めてない、と言おうとしたら遮られた。
ってかなんで勝手に名前決めてるの? 俺の許可は?
「自慢げに勝手に決めるなよ」
「では何か良い名前があるのか?」
「ボス」
「却下だ。そもそもそれは名ではなく役職名ではないのか?」
スラムの奴らからはボスと呼ばれていたから、そのまま使いたかったのだがあえなく却下されてしまった。
まあ確かに名前がボスじゃコーヒーになってしまうな。
「いやまあエーレレレでもエーデルワイスでも何でもいいんだけどさ、なんで俺が辺境伯っていう高位貴族の養女になるんだ、って話だ」
「君にはこれから魔力奉納を行って貰う」
「魔力奉納?」
「我が国の外は魔物が跋扈しているのだがそれは知っているな?」
エグワイドの問いに、こくりと頷く。
スラムにいたとき商人を護衛する冒険者たちとも幾度か話をしたことがあるのだが、その時人とは全く違う魔物と呼ばれる生き物が居る事を聞いたのだ。
スラムに居るときは一度も見てなかったし、スラムの住民も誰も遭遇したことがないと言ってたから眉唾ものかと思ってたのだが、国外にいたのか。
「そしてこの地は我が国の中で最南端に位置する。つまり我がレイテル領の外は魔物が蔓延る国外ということだ。ではどうやって彼の魔物から領土を守るのか?」
「魔力を使って何かしらやっている?」
「まあそうだな。守りの魔道具、と呼ばれるものがありこれに魔力を捧げる事により許可無く領土内へ入ることが出来なくなるのだ」
「つまり俺の魔力を使ってそれをやれって事か。でも今までだって維持してきた訳だろ? 何で今更なんだ」
「魔力を奉納するものは、私の縁戚か私が許可した貴族のみに限られる。何といってもレイテル領の守りの要だからな、迂闊な者を近寄らせて壊されては困る。だがここ十年で立て続けに魔力奉納要員が死亡してしまって維持が大変なのだよ」
縁戚か許可した貴族のみか。
なるほどね。俺は貴族じゃないから魔力奉納への参加権は無い。
貴族になるには貴族と養子縁組するか、適当な爵位を与えるしか方法はないが俺はまだ十歳、未成年だ。成年してないと爵位が与えられないから養子縁組しか方法はない。
そしてエグワイドには信頼できる貴族がいないってところか。だから自分の養女にするしか方法がない訳ね。
「俺は迂闊な者じゃないのか?」
「少なくとも私から見れば貴族など君以上に信用ならぬ。縁者ですらもな」
「嫌われてるな。エグワイドさんもその貴族じゃないのかよ」
「君も今日から貴族の一員、私と仲間だな」
ふふふ、と互いに数秒睨み合った。嫌み合戦だな。
それにしてもちょっと喉が渇いたな。
そう思い目の前のお茶を一口すする。
お、意外とおいしい。ってか、これってうちで作った茶葉じゃね?
「そうだ、それはスラムで作られた茶葉だ。このようにスラム産の食料品は既にレイテル領に蔓延っている。私の元へ来るほどにな」
俺が茶を飲んだ時の表情でエグワイドが察したのだろうか、にやりと笑った。
領のトップである領主が飲む茶だ。高級品が当たり前なはずだ。
そんなところにもスラム産の茶葉が使われているということは、既に領の特産品として世間で認知されている。
それを知ってかエグワイドが二本の指を立てた。
「私が君に求めるものは二つ。一つは先ほどもいった魔力奉納。そしてもう一つがスラムとの架け橋だ」
「架け橋?」
「ああ、既にスラム産の食料品はもうレイテル領を代表するものとなっている。もし切り離して潰せば大量の損失が出るだろう」
「まあそうだな」
「だから君にスラムを制御して貰いたい。もっと言えば食料品以外にも手を出して、より領に貢献して貰いたい」
ははぁ。もっと金儲けして税金をたっぷり納めろって事か。
魔力を貰うだけでなく、金まで貰うって訳ね。
なるほど、それだけのメリットが俺にあるからこそ養女なんて事を言ってきたのか。この男の目的が理解できれば納得も出来る。
「もちろん君にもメリットはある。今まで平民の立場でこそこそ動く事しか出来なかったのが、堂々と領主の一員として運営できる。君なら理解できるだろうが、これは他領との取引において信用度が今までとは段違いになると言うことだ」
確かにそうだ。
ここの隣にあるフェイバリット領へ販売経路を確保しに行ったとき、信用度なんか全く無かったから凄く苦労したもんな。
結局半年かけてようやく許可をもぎ取ったけど、領主の一員として動けば非常に楽になるだろう。
「もし断ったら?」
「スラムのものたちは国外追放し魔物どもの餌になるだろう。そして君は一生貴族どもによって飼い殺しになる」
「……っ! スラムを切れば損失が出るんじゃないのかよ!」
俺は別にどうなってもいい。一回死んだ(と思う)身だから。
だがスラムには俺とさほど変わらない子供だっているのだ。
「確かに損失は痛いが、失ったとしても五年前に戻るだけだ。またはスラムの住人を一掃させたあと、別の平民や商人に任せても良い。何しろ下地はあるのだから楽に出来るだろう?」
「くっ、きたないぞ」
「そうでなければ貴族などやっていけぬ。一つ学べて良かったな」
「けっ、良くねーよ」
がぶりと残ったお茶を一気に飲み干した。
すかさずメイドさんが代わりのお茶を用意する。
何この人、ベテランのメイドだな。
そしてよく考える。
魔力奉納とやらは別に良い。今まではスラムを守るために使っていた魔力だが、俺が貴族として管理するようになれば敵などいなくなる。
使い道がなくなるのなら、魔力奉納で消費しても良いだろう。
そしてスラムの更なる発展は、それこそ俺がやりたいことだ。しかも領主からお墨付きを貰えるのだ。損はないどころかメリットの方が大きいだろう。
「分かった。引き受けよう」
「君が理解の早い子で良かったよ」
「でも魔力奉納といったな、本当に俺が入るだけで楽になるのか?」
確かに俺は夜ならかなりの魔力が使える。これは、スラムにいた魔法使いから言われたので間違いないと思う。
実際戦いでも、並の魔法使いなら相手にならなかった。騎士団の奴にはこてんぱんにされたけどさ。
ところがエグワイドは意外そうな顔をして俺を見つめた。
「君は自分の事を知らないのか?」
「は? 自分の事って?」
「君は魔族だ」
「ふぁっ?! 魔族?!」
魔族なんて単語、初めて聞いたよ。スラムでも聞いたことがない。
っていうか、俺人間じゃないの?
「いや正確には隔世遺伝した魔族だ。リリス族といってな、昼は全く魔力がないが、夜になると莫大な魔力を帯びる魔族だよ」
うわ、まさしく俺じゃん。
「確かに俺は夜になると深紅色に目が染まるけど、それも魔族の影響なのか?」
「そうだ。リリス族の特徴は昼間は蒼い目だが夜になると深紅になる。そして深紅の間だけ途方もない魔力を扱えるのだよ。夜の魔女とも言われているな」
「……俺って人間じゃなかったのか」
「ふむ、なるほど。君は常識に疎い面があるな」
「そりゃ俺はスラム出身だし。俺が得た知識なんて食料品を売り買いするときに得たものだけだよ」
「では君に専属の側仕えと護衛をつけよう。そこにいる二人だけどね」
そう言われて、改めてさっきから立っている二人へと視線を移した。
「エーレデル様、初めまして。わたくしはマーテリッテと申します」
最初に挨拶してきたのがお茶を良いタイミングで交換したメイドだ。
マーテリッテさんね。
やけに礼儀正しいな。
「クーメレイテア、宜しく」
帯剣していた子も軽くお辞儀をしてきた。
……クメ……クメ……クメなんとかさんか。
こっちは無口キャラか。
「いいのかい? この二人ってエグワイドさんの側近とかなんじゃないの?」
「本音を言えば惜しい。だが君のところへ行こうとする貴族は残念ながら彼女たち以外に居なくてね」
「えっ、貴族?」
慌ててメイドさんと少女剣士を見る。
どちらも貴族には見えない。いや少女剣士なら騎士団の見習いかもしれないけど、メイドさんはどうみてもメイドさんだ。
「わたくしはザーサランド男爵の三女です。貴族と言っても最下層ですからお気になさらず。クーメレイテアはベルシデリィ子爵の長女ですが、わたくしと幼なじみですので信頼は出来ます」
「マーテリッテは魔法学校を次席卒業した才女だ。側仕えとして君につけるが、教師として色々と彼女から学びたまえ」
先生役ね。
しっかし次席かよ。俺なんて大学ではB判定が大半だったのにな。
「そしてクーメレイテアは若いながら既に正騎士に勝るとも劣らない腕前だ。君が少々暴れても即座にベッドへ寝かしてくれるだろう」
「?!」
つい先日騎士にあっさりと負けたのだ。その騎士と同等の強さってことは、俺だとどうあがいても勝てない。
なるほど。このクメなんとかさんは、いわゆる俺の監視役って事かよ。
「……エーレデル様、あなたの指綺麗」
「え? あ、ど、どうも……?」
クメなんとかさんが俺の指を見てうっとりした表情をしてきた。
どう返して良いのか分からない俺は曖昧に返事をする。
「斬って良い?」
「ダメに決まってるだろ!!」
「ちっ」
「怖いよ! この子怖いよ! 何とかしてよ!」
「……まあ有能であることは間違いないのだ。我慢したまえ」
軽く俺の叫びをスルーしたエグワイドは、さて、と言いながらお茶を飲んだ。
「本来領主の子ならば、もっと大人数の側仕えや護衛をつけるのが普通だ。足りない分は君が頑張って勧誘しても良い。ただし信頼出来ると思えるものにしたまえ」
「……平民はダメだよな」
「君が言っているのはスラムの者を呼ぶと言うことだね。確かに君から見れば信用出来る者だろうが、残念ながら君の側仕えや護衛に平民をつけることは許可できない」
「分かったよ」
「それと早急に君は言葉遣いを改めるように」
「言葉遣い? つまり貴族のお嬢様っぽく話せって事?」
「その通りだ。いくら何でも今の君の言葉遣いは酷すぎる」
「……承りました。では今後貴族の方々とお話をする場合は、このようにお話するよう致しますわ」
わざとらしくにこやかに笑みを浮かべて話し方を変えると、エグワイドは目を見張って、ほぅ、と唸った。
「一体どこでそのような言葉遣いを……と、確か君はフェイバリット子爵とも取引があったのだな」
「あら、ご存じでしたか。わたくし頑張って覚えました」
「ならば今後それで行くが良い。地を出さぬよう気をつけたまえ」
「承りました、養父様」
そう俺が言うと、うむ、と大きく頷くエグワイド。
そして右手を軽く挙げてきた。
「では話は以上だ。これ以降についてはマーテリッテから聞くように、エーレデル」
「はい、では失礼いたしますわ」
椅子から立ち上がり、見よう見まねのお辞儀をしてから、二人を引き連れて部屋から退出した。




