プロローグ
「ぐっ……」
重い拳が俺の腹にめり込んだ。
一瞬目の前に星が飛び散って、意識を失い倒れそうになるものの必死で耐える。
「気絶していないのか、少し手加減しすぎたか。人間相手だと調整が難しいな」
目の前に立つ、白銀に赤いラインの入った立派な鎧を着た二十歳くらいの男が感情の読めない目で俺を見下ろした。
跪いたまま横目で仲間の姿を見る。
目の前の男と同じ装備をしている騎士に、次々となぎ倒されていく仲間たち。
既に半数は倒れている。
何だよこの化け物たちは。
こっちは三百人近い人数が揃っているのに、たった三人の騎士にいいようにあしらわれていた。
五年かけて得られた仲間たち、そして皆で頑張って作ってきた農耕地区が、三人の騎士たちによってみるみる打ち崩されていく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺は五年前にこの世界へ転生してきた。
元は二十八歳の男だったが、こちらではスラム在住の五歳くらいの女の子だった。
なんだそりゃ、って思ったものの夜限定で膨大な魔力を扱えるというチートっぽい能力を持っていた。
俺はその力を使ってスラムに住む奴らをまとめあげ、そして農耕を教え、発展させた。
その甲斐あって五年で見違えるほど変わったスラム。
このまま更に発展させ、いずれ飯テロの如くこの世界の食糧事情を改善していこうと思った矢先、この街の貴族たちに目を付けられた。
金儲けをしたのだから街に税を納めろ、という事らしい。
当然そんな要求は突っぱねた。
殆ど廃墟だったスラムの時は完全放置で何も手を差し伸べなかったくせに、いざスラムが発展したら金寄越せなど何様のつもりだ。
貧乏人にもなるべく手を差し伸べて救済措置を取るのが上に立つ者の仕事だろ?
という事で貴族と対立することになった。
最初はよかった。スラムに来ていたのは役人であり、単なる普通の貴族だったから簡単に追い返せた。
ただ貴族たちを数回撃退して浮かれていたときだ。
とうとう騎士団と呼ばれる者がここへやってきたのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「負けて……たまるかぁ!!」
カッと目を開いて力を集中させた。
一瞬にして俺の目が熱く燃えるように感じ、そして体内に渦巻く力が外へ出ようと暴れまくる。
空に浮かぶ二つの月が俺の力に呼応するようにうっすら輝いた。俺の周囲にあった小石が俺の放出する魔力に耐えきれず、ぱらぱらと空へ舞った。
今までは殺さない程度に魔力を抑えていたが、それでは目の前の騎士には勝てない。
本気で殺すくらいの魔力を出さなきゃいけない。
「ほう、これは凄い魔力だ。貴族でもそこまで魔力を持っているものなど見たことがないな。平民にしておくのは惜しい」
だが俺の魔力を見ても軽く感心したような声を出すだけで、特段驚きすらしない。
くっそ野郎! 目にもの見せてくれるわっ!
「喰らいやがれ!」
一瞬で体内に渦巻いた魔力を手の先へ集め、それを目の前の男へ発射させる。
「魔力制御も手慣れている。よくこんな短時間で集中できたものだ」
そう言った騎士は軽く、本当に軽く手に持った片手剣を下から上へと振るった。
それだけで俺の出した魔力が空へはじき飛ばされ、上空で大爆発を起こした。
大気が震え、そして爆発に伴い真空状態となった空へ空気が入ろうと風を起こした。
「かなり圧縮された魔力だな、威力も申し分ない」
騎士の黄金色の髪が風に呷られ靡くのが鬱陶しかったのか、男は髪を手で整えた。
それを見ただけで俺は、どうあがいても勝てない、と思い知らされた。
「心配するな、君はまだ殺さない。安心して寝てくれ」
「まだ、だと? どこに、安心できる、要素があるんだっつーの!」
再び魔力を集めようとした瞬間、男の手に持った剣の柄を俺の後頭部へと振り下ろした。
その早さに全くついていけない俺は一瞬で意識が闇の中へと消えていった。
みんな、ごめん。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
次に目が覚め、貴族のお偉いさんの前に連れて行かれた俺は……。
「よし、お前今日から私の養女な」
「ふぁっ!?」
元社会人男性二十八歳未婚、今はスラム出身十歳の女の子な俺、なぜかお貴族様の養女になれと言われました。