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レインメイカー  作者: J.Doe
ドリズル・チューズデー
124/131

剛毅果断のエンプレス 1

 郊外の道を走る1台のワゴン車。いつもとは違う後部座席でユウリは窓から差し込む日差しに顔を顰めていた。ガラスが紫外線をカットしようが眩しいものは眩しい。できるだけの武器を持ち、いつも通りのスーツ姿でという指定もあったせいか、少しだけ息苦しい。

 物騒な注文を付けてきた彩雅はユウリの隣でタブレットで資料を確認し、運転手の白井は黙々と職務に徹している。いつも通りの光景のようだが、目的だけがいつもとは違っていた。


「なんで俺までアンタの実家に顔を出さきゃいけないのさ」

「アヤちゃんとシオちゃんなら大丈夫よ。カズさんが外で見ててくれるって言ってるんだから」


 そうじゃなくて。そう言う代わりにユウリは深いため息をつく。

 ボディガードとして必要されているのは武装を要求されたことで理解はしている。しかし行先は彩雅の両親が住む艸楽の家というだけでなく、彩雅はビジネス目的だろう黒いスカートスーツを着ている。艸楽が氏家のような問題を抱えているという話は聞いておらず、仕事の話があるのならそれこそ和沙に付き添わせた方が彩雅の両親も安心できたはず。それでも彩雅はユウリと白井を連れてシェアハウスを発ち、和沙達はそれを見送った。


「最近、2人と仲良くしてくれているみたいね」

「どうかな。釘を刺されるほどじゃないと思うけど」

「そういう意味ではなくて。これでも感謝してるのよ。アヤちゃんは肩の力が大分抜けたし、シオちゃんはずっと明るくなった。全部ユウちゃんのおかげよ」

「……そりゃどうも。その詩織は歌詞のことをずいぶん気にしてたけどね」

「シオちゃん、なんて言ってた?」

「書き直しばかりで申し訳ないって」

「あの子、本当に気にし過ぎなのよね」


 ふぅ、とため息をついて彩雅はタブレットを腿に置く。その表情はあきれているというよりはどこか困っているようで、どこかほほえましく感じているよう。


「誤解して欲しくないから言うけれど、別にあの子の詩が悪いって訳じゃないのよ。最初は勉強してもらったりもしたけれど、今じゃわたしが欲しい以上のクオリティを提供してくれているし」

「悪くないのに書き直させるの?」

「書き直してもらうってよりは同じテーマで別にもう1つ作ってもらってる感じね。レインメイカーは基本的に曲先、曲があって詩をつけてもらう形を取っているの。テーマとかメロディとかがあった方が書きやすいかと思って――でも、最近はそれが窮屈になっているみたいなのよ」

「どういう事?」

「たとえば、恋愛が絡むテーマなら"ドキドキする"とかベタな所をついて来るのが普通だと思うの。ティーンエイジャーの詞だし、一応私達もポップスを歌うアイドルな訳だし」

「詩織の歌詞だとどうなるわけ?」

「"このまま溶けて1つになれたらいいのに"って」


 ユウリは重すぎる詩織の言葉につい顔を顰めてしまう。今まで多種多様な言語で愛の言葉を囁かれて来たが、ここまで湿度と粘度が高い言葉は聞いたことがない。聞いていたらすぐにでも逃げ出していただろう。それが嫉妬深く、勝手に拗ねて勝手に反省する詩織ならなおさらだ。よくわからないうちにお詫びの甘味を用意され、よくわからないまま慰めなければならないのは面倒極まりない。世話になっている自覚はあるがそれとこれとは話は別なのだ。


「そんな顔をしているけれど、ユウちゃんと出会ってからの話なのよ?」

「俺ほどの美少年がそばに居たら気になるのはわかるけど、俺の責任じゃないでしょ」

「名前を呼び合う仲なのに?」

「それを言ったら美緒とだって深い仲になっちゃうし、アンタと詩織だってそうでしょ」

「わたしはお姉ちゃんだもの。ユウちゃんもわたしのことをお姉ちゃんって呼んでもいいのよ」

「まっぴらごめんだね」


 取り合う気もないとばかりに頭の後ろで手を組むユウリ。文句を言いながらも妹分達に気をつかってくれているボディガード兼同居人に、彩雅はくすりと笑みをこぼす。姉と認めさせるにはまだまだ時間が掛かりそうだが、時間を掛ければいいだけの話。この手の駆け引きで彩雅は敗北したことはない。たとえユウリが最初で最後の強敵だとしてもそれは変わらない。

 だから、と彩雅は優秀で手強いボディーガード兼マネージャーに切り出した。


「そろそろ詩先での作曲を始めようかと思っているのよ。ずっと書き溜めてもらっていた歌詞でコンセプトアルバムとかいいかなって」

「コンセプトアルバムって、貸してくれたようなやつ?」

「そう。この間貸したのはシックス・エイエムのヘロインダイアリーズ、有名な作品でいうとビートルズのサージェント・ペパーズとかになるわね。アルバムを通して同じテーマを扱ったり、1つのストーリーを作るような作風のアルバムのことよ」

「アンタらがすごいって事は分かったよ。よくもまあそんな大変そうなことを」

「そうよ、あの子達は本当にすごいの。アヤちゃんは1回教えれば何でもできたし、シオちゃんは習う前から歌が上手かった。実を言えば、あの子達について行くだけで精一杯ね」

「それは、なんて言うか意外だね」

「そう見せないようにしてきたから」


 彩雅は少しだけ滲ませた苦労を隠すように微笑み、ユウリはふうん、と吐息をつく。

 遠くの親戚よりも近くの他人と言うらしいが、少なからず血の繋がりもある3人の関係とはそこまで希薄なものなのだろうか。置いて行かれたら、失望されたら、見放してしまったら。それだけで終わってしまう関係なのだろうか。

 考えるだけ意味が出ないと知りつつも、ユウリは思考のノイズに沈み込んでいく。

 自分がその答えにたどり着けないことくらい、誰よりも分かっているというのに。

 ただ、と視線を上げたユウリに応えるように、どこか気まずげに彩雅は口を開いた。


「あのね、ユウちゃんにお願いがあるの」

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