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自作小説倶楽部 第12冊/2016年上半期(第67-72集)  作者: 自作小説倶楽部
第72集(2016年6月)/「夏至」&「恋人」
28/35

02 らてぃあ 著  夏至 『薔薇泥棒たち』

「あの無智蒙昧、不智不徳、無風流な連中には花一輪の美しさ、その中の生命の神秘、品種改良を重ねた数千年の先達たちの偉業を全く理解していない。感じることすらできないんだ。警官どもも口では怪しからんと言っておきながら高が花なんてと思っていることが丸わかりだ。今朝なんて捜査の進展を聞こうと警察署に電話したが、窃盗事件で忙しくてそれどころじゃないと抜かしたんだ。私の薔薇は宝石なんかよりずっと価値があるのに。誰も花泥棒を本気で捕まえようなんて思っていない」

「お気の毒に、何とか私が解決します。植物は花が盛りですが一瞬一瞬の変化が芸術ですからね。あなたが心血を注いだ薔薇はさぞかし美しいでしょう」

 モルモットの交配をしている従弟のことが脳裏を横切ったが持ち出すのは思いとどまった。以前ご婦人に話して渋い顔をされたこともある。今回の依頼人のブラホウシュ氏も下手な例え話は好まないタイプだろう。

 不況で早期退職したらしいが地主階級のご先祖が残した不動産の収入で贅沢しなければ困らない程度の収入があり、一人で庭の広い屋敷に住んで薔薇を育て、たまに品評会に出すことを趣味にしている。

そのブラホウシュ氏の薔薇が盗まれるようになったのは先々週から、夏至も過ぎたがまだまだ盛りだろうから氏の怒りは収まるはずもない。

「えっと、最初がルイですね。状況を順を追って話してくれませんか」

「ルイじゃなくて〈ルイ14世〉だ。香りも色も申し分なかった。深紅の王者だ。気候もいいしまだまだ楽しめると思っていたのに7日の朝に見に行ったらばっさり切られていた。ショックだったよ。盗まれるのは初めてじゃない。私の薔薇の美しさはこの町じゃ誰のものにも負けない。しかし慣れるなんてことはない。悔しさのあまり夕食まで食べる気がしなくなった。しかし何とか泥棒を捕まえようとまずい弁当を持って、蜂を追い払いながら庭を見回っていた。3日目に若造が庭に入ったボールを取るふりをして〈マチルダ〉の茎をちぎろうをしたんだ。素手で、許しがたい。どやしつけてやったが前の泥棒は自分じゃないと言い張った。ジム・オパタニーという駅前の酒場のウエイターだそうだ。そして2日後の夕方、今度は〈アイスバーグ〉がやられた。ウエイターが惚れるような女には似合わない可憐な純白の薔薇だったのに。さっそく警察に訴えてやった。ところがウエイターはその日一日アリバイがあった。共犯がいるのか、さすがに薔薇を集団で盗むなんてありえないと私も思う。しかし、その3日後、大輪の〈ブレスウエイト〉がやられた。さらに4日後の夕方、薄暗くなったころ。N大学の学生二人が薔薇を盗もうとしたところを捕まえた。ジョン・ボンディとリチャード・ボウエン、驚いたことにジョンはともかくリチャードの伯父は名士じゃないか。どういうことかと二人を前に首をひねっていると大学の助教授のオーガスタース・ゴームズが割って入った。反省させるし弁償もするから将来のある二人のために勘弁してくれって、必死で頭を下げるから私も鬼じゃない。許してやったさ。二度とうちの周りをうろつくなと言ってやったけどな。しかし、それが」

「またしても泥棒が現れた」

「その通りだよ名探偵、疲れて寝込んだところをやられた。私の体力も限界だ。人を雇って見張らせることも考えたがいつまでかかるかわからない。何とかして原因を突き止め、薔薇泥棒を止めさせてくれ」

「わかりました。薔薇泥棒には俺からきつく言っておきます。あなたに詫び状を書かせましょう」

「何を言う。原因を作った人間がいるなら直接私に謝罪させるんだ。手紙なんぞ他人にだって書かせられる」

 俺は何とかブラホウシュ氏を思いとどまらせようとした。真面目なウエイターのジムに品行方正なオーガスタース、二人の名前を聞いた時から、すべては彼女が原因だと確信していた。


「ああ、ブラホウシュさん。すべて私が悪いんです。私があなたのお庭の薔薇が欲しいなんて言ったから親切な皆さんは何とか薔薇を手に入れようと無茶をしたんです。本当にごめんなさい。皆さんが笑顔で持ってきてくださった薔薇が嬉しくて、問い詰めることができなかったんです」

 漆黒の髪を揺らし、薄い色の瞳に涙をためて魔女はブラホウシュ氏に謝罪した。

 俺はブラホウシュ氏の背後でそっとため息をつく。

 薔薇泥棒4人は「魔女」の取り巻きだと俺はすぐ理解した。時々名前を変えるこの女の名前を裏社会の人間はいちいち覚えようとは思わない。ただ「魔女」と呼ぶ。彼女が遊び仲間を増やしていることは話題になっていた。学生二人と助教授はおそらく最初からぐるだ。魔女が薔薇が欲しいと言えば喜んで犯罪者になる哀れな信者たち。

 だから、会わせたくなかったのに。

 さっきまで謝罪する側が自宅に呼び付けるなんて失礼だと愚痴って。魔女の部屋に飾られた大輪の薔薇に怒りの眼を向けたのも一瞬だった。ブラホウシュ氏の視線は魔女の白い顔から動かなくなった。

「よろしい、許しましょう。しかし、レディ」

 やがてブラホウシュ氏は威厳たっぷりに言った。

「あなたに薔薇を贈るために盗みをする者がまた現れるかもしれない。そんなことが無いようにあなたの部屋を飾る薔薇は私に用意させてください。私なら一番季節にあった長持ちする、一番美しい薔薇をあなたに贈れます」


 その時、俺にはブラホウシュ氏の背中越しでも魔女が微笑んだのがわかった。

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