ドリームとフリーダム
私はずっと、河童を真の自由人だと認識していた。ルールを守る必要もなければ、仕事をする必要もないし、勉強をする必要もない。朝は寝床でグーグーグー。当時の私からすれば、随分と奔放な生活をしているように見えたものだ。けれど大人になって、その見方は少し改まりつつある。
「河童さん、自由ってなんだと思いますか?」
「……いきなりどした。嫌なことでもあったんか」
「そうじゃありません。これは私の夏休みの自由研究のテーマです。今年は自由とは何かを考えることに決めました」
「そりゃ実証的なアプローチが難しそうな研究だな。つーか他にテーマ思いつかなかったのか」
「ここのところ自由の意味について考えることが多かったんです。世間では自由という言葉が一つのキーワードとしてお題目的に掲げられることが多いと思うのですが」
「小学生でそこまで斜に構えられてたらもう十分だと思うぞ」
「実際に自由になるとはどういうことなんでしょう? どうして人は自由を追い求めるんでしょう?」
「束縛されたいってやつもいるだろ」
「少なくとも私は自由を求めてしまいます。周りの大人の言う通りにしていれば褒めてもらえるのはわかっているのに、最近それがすごく嫌なんです。なぜなのか、自分でもわかりません」
「ほーん。で、いまんとこどうやってその答えに辿り着こうとしてるんだ?」
「とりあえず、自由の意味を辞書で調べました」
「最初はそんなもんか。なんて書いてあったんだ?」
「『束縛がないこと。心のままであること』だそうです」
「じゃあ、そういうことだな」
「いやいや、全然意味わかりませんよ。心のままってなんですか」
「思うままってことだろ」
「思うままってなんですか」
「心のままってことだろ」
「……そういえば束縛の意味を引いたら『自由を奪うこと』とありました。辞書ってすごいですね」
「言葉の使い方をまとめた本になに期待してたんだ嬢ちゃんは。外在化された言葉の空間なんざ所詮は有限のネットワークよ。必ずどっかで循環するか途切れる」
「そこで自由に関して一家言持っていると思われる河童さんにインタビューしようと思い立ったんです」
「一家言ねぇ。別に河童さんだって自由のなんたるかを理解した上で自由を求めたわけじゃねーよ」
「はぁ……? それならどうして自由を追いかけられるんですか?」
「そこが人間の不思議なところさね。真理を知らなくても、真理を追いかけられる。神様なんて見たことなくても、神様のことを考えられる。妄想できるんだ」
「自由も妄想ですか?」
「そういう妄想のなかに、たまに真実が入り混じることもある。しかも、嘘から出たまことってのもあってな、妄想が自由を拡張するっつーこともある。分かるか?」
「キャプテンが本当に野球部のキャプテンになったり、リーダーが本当にガールスカウトのリーダーになったり、私が本当に『河童を保護する会』の会長になったりってことですか」
「勝手に妙な会のトップに就任すんな。でもまぁそういうことだ。もっと気の長ぇ話をすると、大昔の人間は空飛ぶ絨毯やら空飛ぶ箒やら空飛ぶ戦車やらをワンパターンに妄想したわけだが、それがいまや実現してる」
「なるほど。そういえば私が自由になりたいと思うときは、将来について考えてることが多いかもしれません」
「周りの言いなりになってると人生の選択肢減るからな」
「ということは、河童さんも自由をひたすら夢見ることで、それを実現しようとしているわけですか」
「……ちょっと違うな。前にも言ったが、もう夢は見てない」
「どうしてですか?」
「自由を手に入れたから、夢見る必要もなくなっちまったんだよ」




