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1357/2024

公園と奥様

 公園デビューを決意して一ヶ月が経ったけれど、私はまだママ友を作るという決定的な一歩を踏み出せずにいた。


 そもそも通常公園デビューというのは子供が歩けるようになってからするものだ。私がそうしないのは、生まれて間もない我が愛息の可愛さがママ友たちとの関係の良き潤滑剤になってくれるだろう、と期待したからである。

 いわゆる『なにこの子かーわーいーいー!』からの『なんてお名前なんですか?』という自然なイントロダクションへ移行する作戦。少し親馬鹿が入っているかもしれないけれど、やはり赤ん坊の可愛さというのは万国共通だろう。


 しかしそれもこちらからアプローチしなければ意味がなく、今のままではただ公園にきて木陰から園内を覗いて帰っていく謎の子連れ美女だ。冥府魔道に生きるものだ。


「文ちゃん、行くよ。お母さん、今日こそ行くからね……!」


 風に揺れる新緑の影と遊ぶ我が子をよそに、決意を固める。

 この一ヶ月、私だってただひたすら手をこまねいていたわけではない。分析に分析を重ね、公園内のママたちの序列関係や性格はある程度把握した。

 狙うは公園内序列第三位、田中(仮)さん。一見引っ込み思案に見えるけれど最年長で周りのことをよく見ている。いざとなったら頼れるタイプのおっとりとしたお姉様だ。最初に知り合いになるにはうってつけだろう。

 よし行け、私!


「なぁ、いつもこっち見てるけど」

「はひぃっ」


 背後から突然声がして振り向くと、いかにも元ヤンという風体の金髪女が腰に手を当ててこちらを見ていた。


「うげっ」


 こ、こいつは渡辺(仮)っ! 幼稚園に通う二才の子供がいて夫は建設業に携わる土木工事士で趣味は園芸と周囲にうそぶきつつネイルばっちりな感じから明らかに観葉植物の水やり程度なにわかで最近ママ友グループに加わったばかりの二十代前半!


 公園内序列現行最下位……!


 ヤバい。よりによって一番最初に声を掛けてきたのがこいつだなんて。比較的大人しめな雰囲気を持つこの公園のママ友グループの中で、その風貌は明らかに浮いていて、若干他のママたちから敬遠されてる風な彼女と最初に知り合ってしまうなんて。

 そうこうしているうちに渡辺(仮)はずかずかとこちらに近づいてきた。


「うげっ、てなんだよ。あたしと出会っちゃなんかまずかったか?」

「い、いえいえそんな滅相もない。いやぁ今日はいい天気ですねー」

「それよりいつもずっとこっち見てるけど、何か用なの?」


 うおー、見た目通りのマイペース女だ。やりにくい。

 こういうときは微妙に話を逸らしていくしかない。


「気づいてたんですか。私のこと」

「そりゃ、あれだけ毎日覗き見してたら嫌でも気づくさ」

「ということは他の人も?」

「さぁ? で、何か用なの? ぶっちゃけジロジロ見られるのはいい気分がしないってゆーか、気分悪いんですけど」


 まずい。最下位とはいえ悪印象を持たせてしまった。


「えーとですね。私も最近子供が生まれまして」

「おめでとう」

「あ、ありがとうございます。それでその、公園で遊ばせてあげたいと」

「そのベビーカーに乗ってる子? 遊ぶには小さ過ぎね?」

「ひ、日向ぼっこですよ!」

「日陰にいるじゃん」

「日陰ぼっこも大切です!」

「なんだそれは」


 本当になんだろう。日陰ぼっこて。


「本音を言いますと、この公園がちょうど散歩コースで、いわゆる公園のママ友グループってどういうものなのか見てみたかったんです」


 ちょっと作り話も入っているけれどそういうことにしておこう。大筋まちがっていない。

 渡辺(仮)は私のほうを見もせずに、ふーんとだけ言って、文ちゃんにちょっかいを出し始める。


「あたしはてっきり仲間に入れてもらいたい寂しがり屋さんかと思ったよ」

「誰が!」

「あ?」

「いえ、なんでも……ないでしゅ……」


 いけない。私としたことが、完全に向こうペースだ。もっと強気にいかなくては。


「あの、実は」

「名前なんて言うの?」

「へ?」

「だから名前」


 仲間に入れてほしい旨を打ち明けようとしたらまたも遮られた。どうにもこの女と私とは相性が悪いらしい。


「名前は、文です。漢字は文章の文」

「あーはは、この子じゃなくてあんたの名前きいたんだけど……。まぁいいや、文ママはつまり、あたしと友達になりたくてじっとこっちを見てたわけだ」

「うぇ? いや、別に、そういうわけじゃ」

「あたしはコウスケママな。ちなみに煌めく翼と書いて煌翼こうすけだ。あそこで遊んでもらってる子いるだろ? あの子。いま二才」


 煌翼ママ……なんというか物々しい。典型的なやっちゃった系ネーム。

 渡辺(仮)改め煌翼ママが指差す先には、地毛なのか染めてるのかわからないくらい栗毛でパーマの子供がいた。


「カワイイですね」

「あからさまにお世辞っぽいけどありがとう。とりあえず日陰そんなとこにいないで日向こっちに来いよ。するんだろ? 日向ぼっこ」

「え? ちょ」


 いつの間にか煌翼ママは我が子の乗ったベビーカーを押して公園内に出ていた。私はその後を慌てて追いかける。


 何から何まで自分勝手な彼女は、私が今までに会ったことがないタイプの女性で、でもどこか自分と似ているものを感じる変なやつだった。




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