第二十八話 決戦:ガルビエス対チグサ
チグサ 16歳 この世界に転移して来た普通の女子高生。
転移特典で得た「反射」の呪文を使う。
マイラ 16歳 ダルーガ教と対立する、フーラ教徒が住むヤルケノ村の少女。
ボルク 23歳 マイラの兄 ヤルケノ村・防備隊長
ズバルト 56歳 聖都ゴンゴザ大教会の特別矯正官。最高指導者。
ガルビエス 37歳 ズバルト直属の矯正官補佐。呪術を使う。
『冷徹な死刑執行人』の異名を持つ。
バシュラム 41歳 東方辺境部連隊長。ズバルトを恐れる野心家。
ガルビエスには対抗心を持つ。
一夜かけて山を越え、湿地帯を抜け、ようやく二百名程度は集結させられる草原にたどり着いた。
敵の目を塞ぐために苦労して山越えを果たした怒弓を、物見台の兵を打ち抜ける射程距離にまで移動させ、一人を射殺。
もう一つの物見台に向けて攻撃を開始した途端、敵側から黒い塊が放たれた。
これまでヤルケノ軍の弓による攻撃が無く、不気味さを感じていたガルビウスだったが、まるで聖都の精鋭部隊を気にもしないような沈黙の後、この攻撃を受けたのだ。
飛んできた黒い箱は、ガルビエス自体が山崩れを計画して売りつけた火薬だった。
連中はそれを返礼品として返してきたのだ。
今までこれほどの屈辱を受けたことはただの一度もなかった。
黒い箱が落ちた瞬間、ガルビエスは背後で終結する兵士たちに声を限りに叫んだ。
「伏せろ。その箱に触れてはならん」
だが精鋭部隊の中には勇猛さを誇るあまり、箱を拾って遠くへ投げようとする者までいたが、結果は思わしくなく、犠牲者の名簿に名を連ねるだけだった。
「閣下、こちらにも飛んできます!」
頭上を指さす将校の声が震えている。
それは、まるで城壁の背後に迫ったガルビエスの位置を正確に把握しているかのような軌道だった。
「いかん! 堀に飛び込め!!」
ガルビエスが水中に潜り込んだ直後――、
ドガァァァン!!
ドッッカァァァン!!
水面が爆ぜて堀全体が揺れ、水中にいるガルビエスの胸の奥まで衝撃が突き抜けた。
(これはただの火薬ではない。何か理屈の通らぬ力が働いている)
息が続かなくなった彼が水面に顔を出すと、先ほどまで命令を伝えていた将校が浮いていた。
背後の草原には、爆風で吹き飛ばされた兵士たちが累々と倒れている。
従軍聖職者たちが、助からぬ兵士にとどめを刺しては祈り、そのたびにゴロゴロと転がっていく。
「どこまでも救い難いやつらめ……」
ガルビエスは歯噛みし、生き残った兵に命じた。
「梯子を持て。各方面から城壁を越えよ」
そして、低く呟いた。
「恥乱の魔女めが、必ず、この手で引きずり出してやる!」
その言葉が、まるで合図であったかのように――、
ガルビエスの背後で、精鋭たちが一斉に動き出した。
梯子を担ぎ、矢を受けても止まらず、魂を持たぬ機械兵団のように無言で城壁へと迫っていく。
三メートルある城壁を軽々と越え、攻め入ってくるダルーガの精鋭たちを狙い、ヤルケノの矢が空を埋め尽くすほど無数に飛んだが、鎖帷子の上に頑丈な皮鎧を着た男たちに致命傷を与えるのは難しかった。
体中に矢が刺さったまま城壁を乗り越え、村の中に入って来る。
槍や刀剣で応戦するも、臨時に集まったフーラの義勇軍と聖都の救済隊とでは、力量に差があって、豪胆なダルーガ兵の前に次々と倒されていく。
突撃兵によって切り開かれた空間に、ガルビエスがゆっくりと降りて来た。
「どこだ? 『恥乱の魔女』は……」
憤怒で血走しった目で、ガルビエスは周辺を見渡した。
だが、彼が追う魔女の姿はどこにも見当たらなかった。
「フン、後方にいる女どもか、雑兵に紛れているのだろう。卑怯者め。ならばこちらから探し出すまでのことよ」
ガルビエスの視線が、ダルーガ兵の出現に驚いて固まった、オークの衣を着た二人組を捉えた。
「二人組とは怪しいな。どれ、生気を吸い上げてくれよう」
だが口を開き、能力を開放したその直後――、
ガルビエスは激しくせき込み、ヘドを吐いた。
「まずい! なんだこれは……!」
オークの衣を被った二人は首から上を出した。
それは老婆だった。
「温泉に浸かった後の、心地よい疲れのような……」
「最近の嫌なことを忘れて、若い頃を思い出したわい」
「おのれ姑息な事ばかりしおって……」
ガルビエスは襲い掛かる義勇兵を一人ずつ片付けながら、それらしいオークの衣からは生気を抜き続けていたが、それが皆まずくて、フラフラとさ迷い続けていた。
だがついに目標を見つけた。
ダルーガとの戦いで、押されている義勇軍と比べ、ほぼ無傷の防備隊。
その部隊を攻撃しようとするダルーガ兵は、軒並み苦戦をしている。
矢を打てば打ち損じて自軍の指揮官の尻に当て、不意打ちをしようとして、味方同士が相打ちで倒れたりと、散々な目に合っている。
よく見ると長身揃いの防備隊の中で、小さい兵士が混ざっている。
少年兵かとも思ったが体系が違う。
ダルーガの規範では考えられないことだが、女の兵士のようだ。
(あれか……)
口元がゆっくりと歪む。
それは、獲物を見つけた捕食者の笑みだった。
「なるほど。木を隠すには森の中だな」
ガルビエスは一歩、また一歩と近づいていく。
その軍服から敵方の高級将校を発見したと思った義勇軍は、勇んで切りかかるが、まるで歯が立たず、その場に崩れ去る。
マイラが近付いて来る異様なオーラを感じて振り返った。
「お兄さん、あれ!」
マイラが指さす先にその男がいた。
「こいつがガルビエスか……人とは思えぬ妖気が漂っているな」
ボルクが長剣を抜き、ガルビエスに立ち向かおうとするが、側面から飛び出したガルビエスを守るダルーガ兵がボルクの剣を遮った。
聖都の精鋭を切り倒すのは容易ではない。
それでもボルクは、立ち向かう敵二人を切り倒した。だがまた新たな敵が……。
「ええ~い、次から次と……」
ボルクがてこずっている間に、マイラもまた別の兵に押し倒される。
その間にもガルビエスは千草に迫っていた。
防備隊の一人が気付き「おのれ『白衣の天使』様に近づかせてなるものか」
と打ちかかるが――、
「どけ。雑兵どもが」
ガルビエスが肩で軽く押すような動作だけで、屈強な男が地面に転がった。
これまではチグサの周囲だけ、なぜか敵の攻撃がことごとく外れていた。
矢は逸れ、槍は空を切り、敵同士が勝手にぶつかって倒れていった。
だが――、
ガルビエスだけは違った。
この男の接近をチグサは止めることができない。
「見つけたぞ……『恥乱の魔女』!」
全身から圧倒的な威圧感を放ちながら近付いて来るその男は、周囲の空気を一瞬で凍りつかせた。
「さあ……その生気、いただくとしよう」
ガルビエスが蘭陵王の能面のように大きくあぎとを開いた瞬間、
その口元から、黒い霧が吐き出された。
「チグサ!!」
敵兵に羽交い絞めにされながらも必死で抵抗を続けるマイラが、悲鳴を上げる。
ボルクも応戦しながらチグサの救援に向かおうとするが、まるで濁流の中を上流に向けて進んでいるかのようで、思うようにいかない。
チグサは蛇に睨まれた子ネズミのように、捕食者を見据えたまま動けない。
呪文をしきりに唱えるが、その顔には恐怖が浮かんでいた。
やがてガルビエスの黒い霧がチグサの胸元に到達し、その肌に触れた瞬間、彼女の目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「チグサ、負けちゃいやだ!」
マイラが非痛な叫び声を上げた。
勝負は決した――と、誰もがそう確信した、その時だった。
ズズズッ……! と不穏な駆動音が響く。
ガルビエスの能力によって放たれた黒い霧のかたまりが、チグサの身体に吸い込まれる代わりに、
まるで目に見えない分厚い硝子の壁に阻まれたかのように、その場でピタリと静止した。
「なに?」
次の瞬間――、
黒い霧が反転し、それを吐き出した主の元に逆流をし始める。
やがてそれがガルビエスを捕らえると、彼の体から光が渦を巻き始めた。
「オオオオ、オオオオ!」
獣の断末魔にも似た咆哮を上げ、ガルビエスは自らの頭をかきむしった。
彼の顔が、恐怖と苦悶でいびつに変形していく。
眩いほどの光がガルビエスから放出され始め、それは大きな渦を巻いて、そのままチグサへ吸い込まれていった。
やがて光の渦が弾けるように霧散した時――。
ガルビエスは、力なくその場に膝をついた。
そして、糸の切れた人形のように、ゆっくりと地面へ倒れ込む。
その目は虚ろで、色彩を失っていた。
まるで魂だけが綺麗に抜け落ちてしまったかのように。
千草の呪術が、ガルビエスのそれを上回ったのだ。




