第二十一話 届かない吉報
チグサ 16歳 この世界に転移して来た普通の女子高生。
転移特典で得た「反射」の呪文を使う。
マイラ 16歳 ダルーガ教と対立する、フーラ教徒が住むヤルケノ村の少女。
ボルク 23歳 マイラの兄 ヤルケノ村・防備隊長
ズバルト 56歳 聖都ゴンゴザ大教会の特別矯正官。最高指導者。
ガルビエス 37歳 ズバルト直属の矯正官補佐。呪術を使う。
『冷徹な死刑執行人』の異名を持つ。
バシュラム 41歳 東方辺境部連隊長。ズバルトを恐れる野心家。
ガルビエスには対抗心を持つ。
ダルーガ教徒の中でも厳格な者は、神の言葉とされるボホーラしか読まない。
それより世俗的な者は新聞や雑誌の類も読むが、人が記した書には悪魔のささやきが混じるとされ、批判的に読むことが推奨されている。
もちろん、ダルーガの支配地域に図書館など存在しない。
彼らは本を書かないし、異教徒の書いた本はすべて焚書の対象だからだ。
だが――、
聖都の大教会の地下には、誰も知らない『もうひとつの世界』があった。
古文書や異教徒の書物を研究対象として集めた、巨大な秘密書庫である。
ここに入ることを許されるのは、修業を積んだ高位の聖職者と、この書庫に無断で入ろうとする者を捕らえる特別矯正官直属の軍人だけ。
そして、その頂点に立っていたのがガルビエスだった。
ガルビエスの任務は、禁書の中でも特に危険と判断された書物を見つけ出し、書庫のさらに地下にある『禁忌蔵』へ収納すること。
数年前のある日も、彼は淡々と作業をこなしていた。
だが、埃をかぶった皮紙の束を開いた瞬間、彼の目がわずかに揺れた。
それは、数千年前に滅びた古代文明・フォビアの書物だった。
そこには――、
この世界ではもう忘れ去られた、黒い粉末の製法が記されていた。
『火薬』
ガルビエスは、その文字を読み解きながら、ゆっくりと口角を上げた。
「なるほど。これが『古代の力』か」
その瞬間、彼の中で何かが静かに噛み合った。
遠征軍は、ナラヤまで一日で到達できる小さな村・ガルッペンフォビラスに駐留していた。
村には大きな宿屋もなく、ガルビエスと副官のバシュラム、二十名の将校を除く二千名の兵卒は河原での野営を強いられていた。
キノコ茶を運んだ司令部付きの士官は、ガルビエスがいら立っているのが分った。
ずっと待ち続けているヤルケノからの吉報が、未だに届かないのだ。
ヤルケノ村が戦いに備えて集めていた義勇軍の中には、ダルーガの工作員が潜り込んでいた。
ガルビエスは、ヤルケノ村がダルーガの息のかかった者を排除することを予測し、フーラの中で育った、いわゆる世俗的なダルーガ兵を選んで送り込んでいたのだ。
彼らの任務は二つ。
一つは、ガルビエスが仕掛けた『火薬を使った罠』にヤルケノ村が引っかかり、山崩れを起こして『恥乱の魔女』もろとも生き埋めになったことを見届け、報告すること。
もう一つは、この作戦がうまくいかなかった時、『恥乱の魔女』が頼りとする側近を誘拐することだった。
本人は呪文によって守られているので、誘拐するのは不可能だとガルビエスは判断していた。
それに、いかに強力な呪文が使えるといっても、自分の身を危険にさらす恥ずかしい格好で街中を歩く魔女に高度な戦略を立てる知力は無いはずだ。
おそらく側に仕える女性参謀がいるはずで、そいつこそが陰の実力者だとガルビエスは見ていた。
「遅い、遅すぎる」
ガルビエスは、戦いに備えて防御を急ぐヤルケノ村が必ず飛びつくであろう商品を用意していた。
火薬である。
それをタウリンの商人に売り込ませた。
もちろん、商人には作戦など教えていない。「土木用の新商品」として、ヤルケノを商圏にしている商人に黒い箱を渡しただけだ。
しかも試供品の箱は二重底にして、火薬の量を極端に減らしてあった。
ヤルケノ村が「安全な威力だ」と判断するようにと。
そして本来の威力を持つ火薬の箱を、商人の指示通りに山の中腹へ仕掛ければ――、
とてつもない爆発が起こり、村は山崩れによって埋まる。
ガルビエスは、そこまで計算していた。
工作員には、爆発が始まった瞬間に村から離れ、被害状況を狼煙で知らせるよう命じていた。
待つこと、さらに数刻。
ようやく上がった狼煙は――黒い煙。
これは作戦の「失敗」を知らせるものだった。




