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第一話 転移したら、そこは戒律の国

川瀬千草(かわせちぐさ)16歳 【力ある者】のミスで、女性差別が酷いダルーガ教の支配する異世界に転移させられた。転移特典で呪文を一つ与えられたが、彼女が思い浮かべたのは相手の攻撃を跳ね返す「反射」の呪文だった。

 視界が開けた時、私は石畳の広場に立っていた。


 辺りに漂うスパイスの臭い、笑い声。怒鳴り声。


 そしてどこからか聞こえてくる女性の悲鳴。


(私はどうしてこんな場所にいるんだろう?)


 そこには今まで見たことのない町並みが広がっていた。


 けれど、風景以上に違和感を覚えたのは、そこにいる人間だった。


 普通に広場を歩いていた人たちが、突然両掌を太陽に向けたかと思えば、次の瞬間、石畳の上に寝転がって『お芋さんコロコロ』をやり始めたのだ。


 それも一人や二人じゃない。誰もが一斉に「ダルーガ・スネッペン!」と唱えながら転がっている!


 そうやって転がりながら、彼らは懐から木製のラチェットを取り出し、それを一斉に振り回し始めた。


 ガラガラガラガラガラッ!!


 まるでセミが一斉に鳴きだしたみたいな、やかましい音が広場に響き渡る。


 私は思わず両手で耳を塞いだ。


 祈っているのは見渡す限り、髭を伸ばした男ばかりで、女性が見あたらない。


 と思ったら、黒い影のような存在が石畳の上に泥水が残っているのも気にせず、身を投げ出した。


「ダルーガ・スネッペン」と唱える声から、それが女性だと分かる。


 彼女たちも同じように、勢いよく横回転を始めた。


 顔が見えない黒い『ぬいぐるみ』のような衣装が、地面の泥と水たまりの汚水を吸って、どんどん汚れていく。


 例えるなら黒いガ〇ャピン・ムックが地べたでゴロゴロ転がっている――、


 そんな奇怪な光景……。


 記憶をたどっても、こんな変わった民族衣装は知らない。


(ああ、そうか。ここはきっと異世界なんだ。納得~)


 このあたり、私はさすがに日本人だ。発想の転換が早い。


 落ち着いて、もう一度ゆっくり見まわすと周りにいる人の声が飛び込んできた。


「な、なんなのあれ?」


「若い女だと? 幻影なのか……」


 祈りを終えて立ち上がった人たちが、私に気付き始めたようだ。


 不思議なことに、彼らの言葉は日本語みたいに理解できる。


 殆どが黒一色の衣装という世界では、私の恰好の方が奇妙に映るのだろう。


 私は普通の日本の女子高生で、妙彩学園の制服を着ているだけだ。


 白いセーラー服に紺のミニスカートという、ありきたりの姿。


 それなのに……、


「見ろあの女、ほとんど裸じゃないか!」


 えっ、どこにそんな人が? と思ったら、私のことだった!


「ヒューヒュー」と口笛を鳴らす者がいるかと思えば、


「なんという恥知らずなやつだ!」


 と、石畳をドンドンと踏み鳴らして怒る老人もいる。


「神よ罰したまえ。悪魔に魂を売った淫らな姿の女を」


「ダルーガ・スネッペン……ダルーガ・スネッペン……」


 ガラガラガラ、ガラガラガラ。


 黒い衣の中から、女性の声が漏れてくる。


「あの人、どうしてあんな恥ずかしい服を着ているのかしら……」


 その中に、小さな女の子の声が混じった。


「お父さん、あの子……かわいい……!」


「見るんじゃない! あれはきっと悪魔だ!」


(いや、普通の女子高生なんですけど……?)


 今や私は完全なさらし者だった。


 若い男たちは、初めて水着のモデルを見た中坊みたいに固まっているし。


(みんなの視線が痛いほど突き刺さる)


 特に、さっきからず~っと私をスキャンしている一つの視線。


 全てを見透かされているような眼差しに私はゾクリとした。


 その時、頭を左右に振ったペンギンみたいな歩き方をした黒装束の女性(たぶん年配の人だ)が近づいて来た。


 肩に巻いたショールを差し出しながら、心配そうに言う。


「お嬢さん、事件にでも巻き込まれたのかい? これでも巻きなさい。そんな格好で外を歩いたら、宗教警察に……」


 と言いかけた瞬間だった。


 黒い集団が、人混みを割って突進してきた。


「そこの女! 動くな!」


 年配の女性は乱暴に突き飛ばされ、ショールが宙を舞う。


「宗教警察だ! みんな下がれ!」


 市場が一気に騒然となった。


 いつの間にか私の周りを、髭もじゃで目つきの悪い数人の男たちが取り囲んでいた。


 黒いパーカーに黒袴。急ごしらえのコスプレみたいな恰好で、手には棍棒を握りしめ目を見開いて息を荒げている。


 怒りと狂気がその表情に見て取れる。


「あの……何をそんなに怒ってんですか?」と、恐る恐る聞いてみると――、


「若い女が夫の付き添いもなく外に出るだけでも許し難いのに、何だその悪魔のような恰好は!」


 と大声で怒鳴る。さらにその横の人も、


「淫らな露出女めが、その穢れた肉体を覆い隠すせ!」


 なんてふざけたことを言い出した。


(人の勝手でしょうが。自分の好みを押し付けないでよ)


 と、言い返したいところだが、怖くて言えない。


 ぜったい誰も助けてくれないだろうし……。


「少娘よ、ボホーラ法も守らず、太ももを晒して善良な者を誘惑した罪は重い……」


 こんなことを真顔で言うんだから、かなり危ない人たちだ。


「我らナラヤを守る宗教警察の権限で、今すぐにオークの衣を被れば、今回は懲戒棒の制裁だけで許してやる!」


(いや、許してないじゃん、それ。てか、オークの衣って何?)


 男たちは一斉に棒を振り上げた。ビュン、と空気を裂く音がする。


(あんなので叩かれたら痛いにきまってる。なんでそんなことすんの? やめて!)


 私の心臓は早鐘のように鳴った。


「聞こえないのか女、今すぐこの衣をかぶれ! そしてダルーガ・スネッペンと祈りを捧げよ!」


 男が掲げるそれは黒いボロ布を継ぎはぎした衣でとてもみすぼらしい。その上、汗と埃と何か分からない体液が染みついて酷く臭う。


 不潔そのものだ!


(着たくない。そんなもの絶対に着たくない)


 私は後ずさりしながら、この世界に飛ばされる前に聞いたあの声を思い出していた。





『我が名は【力ある者】。我のミスで君をこの世界に転移させたことを許して欲しい』

 それは、この世界に来る時、何も無い空間に響いていた声だった。


『お詫びに、お前が望む呪術を一つだけ授けることにしよう。頭にイメージを思い浮かべて、テイク・モンク・まじゃらカーン! と唱えるように』


(なにその呪文。なんかすっごい適当じゃない?)


 とか、その時は思ったが、今はたとえ猫の提案にでも乗りたい気持ちだった。




「ちょっと離してよ! 触らないで」


 彼らの手を払いのけながら、私はダメもとで叫んでいた。


「テイク・モンク・まじゃらカーン!」


 パ~ンと何かがはじけたような気がした。


 ピカッとフラッシュがたかれたような……、周りがほんの一瞬だけモノクロの世界になったような……、そんな気がしたが、その感覚はすぐに消えた。


 でも次の瞬間奇妙なことが怒っていた。


 オークの衣を押しつけてきたコスプレおじさんが、自分自身でその衣を被り始めたのだ。拒絶の表情を浮かべながらも必死に、それを被ろうとして、被ろうとして……。


「なんですか~?」


 驚いたのは私だけではなかった。


 宗教警察の若手隊員も驚いたのか……、


「バ、バウマン隊長!? なぜ自ら拘束の衣を!?」


「う、うわ~、神様がお怒りだ! 神罰が隊長に降りたぞ!」

 とパニックを起こしている。


「見てはならん! 見てはならんぞ!」

 宗教警察の隊員たちは周りを威嚇して、収拾を図ろうとしたが、


 結局恐れをなし、一人が逃げ出すと全員が蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


 取り残された隊長はというと、オークの衣を必死に引きはがそうとして、もがけばもがくほど深くかぶっていく。


「トホホホ……、ダルーガ神よ、どうかお許しを……!」

 彼は情けない声で祈った。


(いや、許しを乞うなら私に対してなんだけど!)


 


 これこそが、あの時思い浮かべた呪術……。


 謎の声が伝えた呪文が、なんだか昔見たアニメ(秘密の〇ッコちゃん)の呪文に似ていたので自動的にに鏡を思い浮かべてしまったのだ。


 どうやら転移して、わずか五分くらいで、私はとんでもないことをやらかしたみたい。


 隊長がジタバタする様子に呆れながら、私はただその場に立ち尽くしていた。


次回 千草は、この世界でのマブ達となるマイラに出会います。

また読んでくださいね!

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