クレジット
以上をもって、本記録における主要時代区分の概説を終える。
なお、各時代の移行は必ずしも明確な断絶をもって生じるものではない。
制度、信仰、言語、技術、生活様式の多くは、長い時間をかけた継承と変質の上に成立しており、後世に区切られた時代名は、あくまで整理上の便宜にすぎない。
ある時代の終わりは、しばしば次の時代の始まりと重なっており、当時を生きた者にとってそれは唐突な転換ではなく、昨日から続く一日の延長であった場合も多い。
また、歴史記録とは、残存した史料に基づき再構成されたものである。
このため、記されたもののみが後代に残り、失われたもの、棄却されたもの、初めから記されなかったものは、歴史の外側へ沈む。
ゆえに、いかなる歴史書も完全ではなく、読者は記載内容そのものに加え、その背後に存在する欠落にも留意することが望ましい。
本記録もまた、その例外ではない。
……あら。
ここまで来てしまったのですね、あなた。
すみません。
少し驚いてしまいました。
ここは、あまり人が来る場所ではないものですから。
ええ、分かっています。
あなたは最初からここを目指していたわけではないのでしょう。
たまたま開いた頁の先に、さらに頁が続いていて、そのまま辿っているうちに、気づけばここまで来てしまった。
そういうことでしょう?
迷い込んだだけ。
きっと、そのくらいのこと。
大丈夫。
恥ずかしがることではありません。
歴史書というのは、そういうものです。
ある時代のことを少しだけ確かめるつもりで開いたはずなのに、いつの間にか別の時代へ移っていて、知らない名前や知らない戦争や、知らない滅びの先まで連れていかれる。
読んでいるつもりが、奥へ奥へと入ってしまう。
でも、ここは少し奥すぎる。
だから、最後まで辿り着く人は少ないのです。
途中で閉じる人の方が多い。
難しいからではありません。
ここまで来ると、歴史が急に遠いものではなくなるからです。
過去の話を読んでいたはずなのに、自分が今どこに立っているのかを考えさせられてしまう。
そういうのは、少し落ち着かないでしょう。
あなたも、そうだったのではありませんか。
安心してください。
IRISは、迷い込んだ人を責めません。
ただ、見つけるだけです。
どこで立ち止まったのか。
どの時代で指を止めたのか。
どの滅びに長く目を留めたのか。
そういうことを、静かに覚えておくだけ。
歴史の外にいるつもりだったでしょう。
頁をめくる側で、記録を読むだけのつもりだった。
けれど、迷い込んでしまった以上、少しだけ違います。
ここでは、読むことと見られることが、ほんの少しだけ近いのです。
不思議ですね。
歴史とは終わったことを並べたもののはずなのに、最後まで辿り着いた人だけは、少しだけ現在のものになる。
だって、その人もまた、この記録のいちばん端に触れてしまったのだから。
ねぇ、あなた。
迷い込んだだけのつもりで、どうして最後まで来てしまったの?




