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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第一話「さようなら、いままで魚をありがとう」
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その5

 さて。


 もし、佐倉八千代の身体的特徴をあげろと言われれば、十人中九人は、先ず、その見事な赤毛を挙げるだろう。


 と言うのも彼女は、父方の祖母だか曾祖母だかが日本とスコットランドのハーフあるいはクォーターで、彼女のその見事な赤毛は、その祖母だか曾祖母から、隔世遺伝的に引き継いだものだったからである。


 そう。


 彼女の赤毛はとても美しく、そうして、残った十人中ひとりが挙げる彼女の身体的特徴はきっと、その背の高さになるだろう――彼女は180cm近い長身だった。


 彼女は、その赤毛と同じく、こちらの身体的特徴もその祖母だか曾祖母だかから引き継いでいる様子だった。


 佐倉八千代は背が高く、色白で、美しい赤毛と、光の加減で緑にも灰色にも見えるきれいな瞳をしていたし、そうしてその為、子どもの頃はよく『赤毛のアン』を代表とする架空のキャラクターと重ねられ、からかわれることもよくあった――まあ、もちろん、だからと言って、同級生の頭を石板アタックするような彼女ではなかったが。


 そう。


 佐倉八千代の背は高く、色白で、レディー・コーデリア・フィッツジェラルドにも負けずとも劣らない見事な赤毛を持っていたが、そんな彼女の性格は、レディー・フィッツジェラルドとは対照的に、「気がながく」「おっとりとしていて」「ときどき奇妙な事を言い出……と書くと、これはレディー・フィッツジェラルドことアン・シャーリーと同じ性格のように想えそうだが、そこは少しく事情が違っていた。


 と言うのも、先ほどご紹介した彼女の祖母だか曾祖母だかの家系図を追って行くと、彼女の曾々々々々祖母あるいは曾々々々々々祖母が、十七世紀のイングランドで火あぶりの刑に処せられていた事が分かるからである。


 そう。


 佐倉八千代は背が高く、色白で、見事な赤毛を持ち、彼女の曾々々々々祖母だか曾々々々々々祖母だかはその昔、かの地で魔女の容疑をかけられ……って書くと、これもちょっと誤解を招きそうだな。


 と言うのも、佐倉八千代の曾々々々々祖母だか曾々々々々々祖母だかは、正真正銘、まごうことなき、歴とした、本物の魔女であり、彼女もまた、そのご先祖様の特質をしっかりと受け継いでいたからである。


     *


 さて。


 と言ったところで再び話は変わるが、マリサ・コスタの夫でありアーサー・ウォ―カーの伯父であるペトロ・コスタは、腕利きの料理人であった。決してお世辞にも高級な料理人とは言えなかったが、それでも。


 そう。


 彼の作る“本場アメリカ!”的ピザやパスタやサンドイッチ、それにベルギーワッフルは、こちらも決して食通などとは呼ばれない、平均的練馬区民に受け入れられ、愛され続け、親しまれていた。


 が、しかし、それでも彼の大叔父はこう言った。いちど来日したとき彼に――お前の親父も、


「お前の親父もそうだったがね」出されたパスタをひと目見て、「これがコスタ家の人間が作る料理かね」


 ペトロの父も、祖先の土地など知らぬとばかりに、当時住んでいた米国ボストンの口に合わせ、彼の料理を変えていたのである。そのため、


「今度はお前が」と続けて大叔父は言う。もちろん非難の意味を込めて、「こんな極東の地に合わせた料理を作ろうとしている」


 もちろんペトロは反論する――でもね、大叔父さん、


「でもね、大叔父さん」と。大昔の預言者を想い起こさせるその横顔と、「お客さんはみんな、喜んでくれてるんだよ」と、古代ローマの詩人を想い起こさせる鼻孔と後頭部で、「いいからひと口、食べてみてよ」


「ふん」と大叔父は言って、パスタをひとくち口に入れた。


「どう?」ペトロは訊いた。


「うん」大叔父は応えた。次のひとくちを口に運び、「まあ……悪くはないな」


 彼が来日した目的は、アーサー・ウォーカーの処遇をどうするか決めることにあった。


 と言うのも彼は、ペトロの大叔父であると同時に、交通事故で亡くなったアーサー・ウォーカーの実の母、彼女の名付け親でもあったからである。


「アーサー、こっちに」大叔父は言った。扉の向こうで待つアーサーに向かって、「どうだね? 伯父さんの料理は好きかね」


 アーサーは応えた。深いしわで形作られた大叔父の顔におそろしさを感じながらも、


「大好きです」とハッキリした声で、「僕も、伯父さんや伯母さんとここで――」


「分かった」大叔父は答えた。ペトロに次の料理を持って来るよう促がしつつ、「なら、みんなで一緒に食べようじゃないか――伯母さんも呼んで来てくれ」


 そうして、若きアーサー・ウォーカーはこの地に止まることとなった。彼の大好きな伯父や伯母とともに。


 そうして、よりだからこそ、いま、彼の目の前にある光景――人気のない伯父のレストランと、その扉に貼られた【臨時休業】の文字――は、若きアーサー・ウォーカーにとって苦痛であると同時に、怒りと憤り、そうして隣に立つマリサ・コスタを「どうしても護らなければ」と想わせる光景でもあった。


「おばさん」彼は言った。「大丈夫。きっとすぐにもどって来るよ」確信はなかったが、それでも彼女の手を取りながら、「それまでは、僕がおばさんを守るよ」


 伯母には――その魂も含めて――どこにも行って欲しくない。そう彼は想っていた。



(続く)

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