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その17

「いや、暗号でもなんでもない。ただの文字の羅列だね」それからしばらくしてミスターは言った。「ふたりは?」


「いまだ、眠りのなか」不破友介は答えた。それから、「やはり、行った方がよろしいのでは? あるいはせめて、折り返すとか」


 ここは、花盛りの庭をもどった母屋のキッチン。八千代に届いたメッセージについて不破は、やはり不吉で不穏な感触が拭い切れなかったのだろう、悪いとは想いつつ、彼女のスマホを拝借すると、そのメッセージを確認、そこに置かれた文字の羅列に首を傾げると、先ずはミスターに、この件を相談したのである。そこには、こう書かれていた。


『なぎたかわさあ ああちまた』


「うーん?」ミスターはうなった。くり返しになるが、確かにこれは、まったく意味をなさない文字の羅列で、彼の知る石橋伊礼なら、こんな意味のないメッセージを他人に、しかも八千代のような若い女性に送ることは先ずあり得ない。であれば、


「送ることしか出来なかった?」あるいは、「送ることで何かを伝えた?」


 彼の推理はなかば当たっていた。もちろん、送ることしか出来なかったのはその通りだが、それ以前に、それ以上に、伊礼の死を事前に、本人以外に視ていたのは、佐倉八千代ひとりだけだったからである。決して彼が送らないメッセージ、それを彼女に送ることで彼は、自身の死を、自分のもとに“あいつ”が来たことを、彼女に伝えようとしたのである。ミスターは続けた。不破と同じように、不穏で不吉な感じを覚えながら、


「先ず、折り返しの電話やメールは止めておこう」


 相手が伊礼でない、別の誰かである場合、こちらの居場所を報せるようなことはしたくない。それから、


「事務所に行くのがいいだろうけど、不破さんにはここに残っておいてもらいたい」いま、この家の結界を弱めるわけにはいかない。「八千代ちゃんにエマちゃん、それに姪御さんやヤスコちゃんもいるからね」


「ではだれが?」


「行くなら、僕とまひろくんだね――やっぱりまだまだ起きそうにない?」


「たぶん」


「うーん?」ミスターはうなった。ふたたび。「想った以上に時間が掛かってるね」左手のデジタル時計を確認した。「別の宇宙と言っても、この宇宙とあまり変わらないはずなんだけど……」


 そうして――?


     *


 そうして時間は巻き戻る。


 まあ、とは言っても、物語上の時間はという意味で、これはすこし未来のお話なのだし、この未来は、彼らの住むあの宇宙、我々が読んでいるこの宇宙とはまた別の、すこし違った宇宙の未来のお話なのだけれど――彼らはいま街を見下ろすビルの上にいた。彼らが愛し、住んでいるはずの街を。


 そう。そこはたしかに彼ら――佐倉八千代と木花エマ――が住み、暮らしている街だった。向こうには駅が、反対方向にはいつもの公園が見えた。ビルやマンション、通りのかたちに変わった様子はなかったが、しかし、その道にはごみが目立ち、街路樹は荒れていた。テナント募集の看板が増え、お店の飾り窓は汚れていた。通りを行く人々に生気はなく、そもそも数も少なかった。子どもたちはどこに行ったのだろう? 彼らのはしゃぐ声はどこからも聞こえて来なかった。


「エマちゃん?」奇妙な肌寒さを感じながら八千代は訊いた。「ここ、私たちの街よね?」


 もちろん、そこは、厳密には、彼女たちの街ではなかった。何故なら彼らは現在、山岸咲子がかけた『時の魔法』『ドリームウォーク』の中にいて、そこは彼女が見せている別の宇宙の、別の石神井の街だったから。ただし、


「でも、こうなるかも知れないってことでしょ?」とエマは応えた。通りの向う側を武装した男たちが歩いて行くのが見えた。「私たちがやり方を間違えれ――」


 タタンッ、タタタタンッ。


 子どもたちのはしゃぎ声の代わりに、いくつかの銃声が聞こえた。



(続く)

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