その16
さて。
東銀河北西部屈指の名門校ブロッキアン・ウルトラ・クリケット大のフーク=ランクウェル教授が、若き日の旅の記録をまとめた紀行文『月曜の朝、神話は如何にして殺されたか』によれば、その旅の途中、道に迷った教授は、南東銀河はデルタ宇宙域を主な活動範囲とする放浪民《見主族》に拾われ、二週間ほど彼らと起居を共にすることがあったそうなのだが、その際教授は、彼らにまつわるあるウワサ――『彼ら見主族は、宇宙が終焉するその時までに起こるであろうありとあらゆる事象を予知している』というあのウワサ――について、幾度かのヒアリングを行なったということであった。教授は書く――私を助けてくれたゥオゥトーン老師によれば、
「私を助けてくれたゥオゥトーン老師によれば、彼らと我々の時間認識には大きな隔たりがあるようだ。例えば我々は、時間を、まるで過去から未来に向かって延びる蒼ざめた飴のようなもののように捉えているが、『そんなものは妄想じゃよ』と老師は笑って答えてくれる。どうやら彼ら見主の人々の目には、我々が過去や未来や現在と呼んでいるものは、常に在り、常に在り続けているものらしく、彼らはそれを、まるで大きな山の上から地上を見おろすかのように、一望俯瞰的に眺めることが出来るのだと言う」と。
つまり彼ら見主族にとってあらゆる時間は、過ぎ去りもしなければ到来もせず、ずっとそこにあり続けるものであり、そのため彼らは、そのひとつひとつを、彼らの興味のおもむくままに、まるで我々が過去の記憶を想い出すかのように、眺めては近付き、見詰めては手を伸ばし、交わり、そうして愛でるのだそうである。教授は訊く。
「そこには例えば、貴方の死の場面もあるのですか?」と。
「もちろん」と老師は答える。教授の手を取りほほ笑みながら、「私が死ぬのは今から七年後、山のウラムに白い花が咲いた日だった」
「それは……」と教授は答えに詰まる。すこし考え、首を傾げて、「それはひょっとして、私のものも?」
はーはっはっはっはっは。
とそこで老師は大きくわらい、つられて教授も小さくわらった。
「安心なさい、ミスター・フーク」ゥオゥトーン老師は言った。「だから今回、あなたを助けたのですよ」
*
さて。
どうして突然、私がこんな意味不明且つ本筋とほぼほぼ関係ない挿話をここに入れたのかと言うと、それは例の赤毛宇宙人が、我らがお告げ行政書士石橋伊礼さんの能力について、
「話を聞く限りだと、デルタ宇宙域見主族のそれに近いもののようだね」
と言ったことがあったからである。
もちろん石橋さんは地球人だし、彼が見るのは、宇宙の何処かの何者か(複数)が彼の記憶メモリーに勝手に置いて行った未来や過去や現在の記憶であって、見主族のような『宇宙が終わるまでに起こるであろうありとあらゆる事象』には遠く及ばず虫食いだらけ――と言うか、虫食い穴の中に所々ビジョンが見える――と言う状態のものだったし、それを見詰める彼の意識も『大きな山の上から地上を見おろす』というよりは、事務所の壁一面に埋め込まれた無数のモニターに現われては消えて行く映像を急いで見て行くといった格好に近いものであり、ひとつのモニターくらいなら、意識を集中すれば、一時停止させることも出来ないことはないのだが、そこに集中すれば他のモニターの映像を見逃す、見落とすことになるし、しかもこれらの映像・ビジョンはまったくのランダム。時系列順には到底並んでくれないのである。
そう。そんな感じだからこそ石橋さんはいつも、それらのビジョン・預言に混乱させられることになるわけだし、そんな中でも今回は特に混乱が激しかったようである。
と言うのも今回は、例の赤毛スットンキョウが、いくつものタイムトラベルを複数同時並行的に実施、ほぼほぼ同じ時間帯のほぼほぼ同じ練馬区に現われては消え現れては消えをくり返し、更には、別の時間帯に行くと見せ掛けてトイレに行ったり台所で盗み食いをしたり、タイムパトロールに見つかりそうになって変なバリヤー(?)みたいなものを張り巡らせたりなんかして……って想ってたらまた別の秘密道具で余計に時空をくんにゃらがりにくんにゃらがらせたりしていたからである。であるので例えば、
「じゃ、じゃあ、先ずは八千代ちゃんと一緒にいる方のアイツを私が捕まえるから、石橋さんは山岸さんの妹さんと一緒にいる方のアイツがどこにいるか、引き続き調べておいて」
とヤスコ先生に頼まれたところで、
「あ、は、はい。すると先ずは八千代さんの……って、なんだここは? なんか真っ白な空間がただ続い……あれ? でもこっちはヤスコ先生のお宅? ……あ、いや、こっちが八千代さんの……?」
と彼らの居場所特定は難しく、更には、
「あっ、また移動して……ってこれはどこだ? 森? 林? なんかここも公園に見えなくもな……、いや、ちがうなあ……、どこかで見たような気もするんですけれど……」
と新たな場面も、主にあの赤毛のせいで、どんどんどんどん追加されていくからであった。
「ああ、もう、なんでこんなにくんにゃらがってるんですか!」
ほんと困った赤毛エイリアンである――と言ったところで。
*
「あのー、すみません」
「なんだい? まひろくん」
「この森はどこの森ですか?」
「さあ」
「さあ?」
「正直僕にも分からないんだよ。君の『壁』がランダムに選んだ場所だからね」
「ぼくの?」
「重力加速度や太陽の位置から地球の日本ってことまでは分かるけど、こころ当たりは?」
「え? あー、そう言われてみれば――」
と言ったところでこちらは、そんな石橋さんから北北東へ数km、クヌギやコナラやエゴノキなんかも自生して、近くには白子川なんかも流れている、区内でも結構広めな森林公園である。どうやら、まひろ君の修行を本格的に始めるに当たり、彼女の『壁』と言うか無意識は、過去の記憶――例えば幼稚園での遠足とか――からここの森を選んだようであった。
であったがもちろん、ここは周囲が住宅地だし、普通に散歩で訪れるおじいちゃんやおばあちゃんやワンちゃんなんかもいるし、こんなところで色々やって、不審者として通報されても困るし、また、それとは別に、まひろくんの能力で、近隣住民の方々に何かしらの悪影響でもあったら大変、なので――、
「てってれ~、『時空間複製装置』と『SEP発生装置』~♪」
とまた新たな秘密道具を取り出すミスターなのだが――SEPってなんでしたっけ?
*
「『SEP』とは!」とここでミスター、突然こちらに向きなおると、
「『Somebody Else’s Problem (所詮他人ごと問題)』の略で、特殊な電磁気フィールドを張ることで、『あ、この辺の事柄は自分には関係のないことなんだな』と周囲のひとに想わせ気に留めないようにさせる技術なんだよ、作者さん」
と親切にも説明を始めてくれる――が、あー、それ、ダグラス・アダムズのSFで読んだかも。(注1)
「そうそう。あの本のアイディアを未来の国のネットデパートが丸パクリして開発した商品なんだよ、作者くん」と続けてミスター。
ふーん。それじゃあ、そっちの時空間複製なんとかは?
「こっちの『時空間複製装置』は僕のオリジナルで、あらゆる時空をコピーしてまるッと貼り付けたり、数式や形式などの必要な要素だけを取り出して貼り付けたりも出来る優れものなんだよ」
はあ……なんかすごい装置? なんですよね?
「ほら、ぼく、天才だから」
はあ。
「なんだけど、困ったことに、こいつにはひとつ重大な欠点があってね」
なんですか?
「貼り付けるためには、ブランクの時空間が必要なんだ」
あー、……ダメじゃねえか。
「最初、それに気付かずお皿の上の栗饅頭でテストしたら、惑星ひとつを栗饅頭で埋め尽くすことになっちゃってね」
うわ。
「なので、それからずうっと使う機会がなかったんだけど、今回まひろくんの『壁の中』を見て、これならいけるんじゃないかなって想ったんだよ」
あー、位相? が違うからってこと。
「まあ、ザクッと言うと」
ふーん……え? で、それらを使って一体なにをしようって言うの?
「ああ、まあ――つまりはこうだ」
*
先ず、まひろ君の一番大きな能力は、この『壁』と『壁の中』のコントロールにあり、先ずはそれに慣れてもらう必要がある。
なので、一番よいのは、ずっと『壁の中』で修行することなのだけれど、あそこは空気の質や重力環境その他が地球と言うか現実宇宙と違いすぎるので、修行にはあまり向かないし、そもそもずっといていい場所でもない。
「食事とか、まひろくんのお手洗い問題もあるしね」
そこで、こちらの森にタイムバブルを展開、時間の流れを遅くし、
「それを更にSEPで覆うことで周囲に気付かれ難くする」
そうして、そこに『壁の中』の性質をコピペして修行用の場所にするってことですか――おお、なんかのSFやファンタジーみたいだ。
「まあ、科学的な考証は皆無だし、設定の穴もいっぱいあるけどね」
そこはいいんじゃないですか、どーせただの三文小説だし、その辺は雰囲気で――と言ったところで。
*
「なるほど。つまりは『精神と時の部屋』みたいなものですか?」
とここでまひろ君。ツッコミどころ満載の右の説明もこころよく受け入れてくれたようであるが、
「うん? ああ、そうだね」と彼女に答えてミスター。宇宙人のくせに地球の文化にも妙に詳しいので、「たしかに。時間の流れが遅く、周囲からの影響も少なく――まあ、土も木も光も空も地面もあるから『部屋』ではないけど、修行に持って来いの場所なのはたしかだよ」
「ふーん」とまひろ。「そう言えば、その修行って具体的にはなにするんですか?」
「先ずは『壁』のコントロールかな。さっきみたいな穴を開けたり、それを自分の知ってる場所に繋げたり」
「コントロール? 出来るんですか?」
「無意識下でやっているのは今まで見て来たとおりだろ? あとはそれを意識の上でやればいいだけだよ」
「うん……?」
「ま、先ずはやってみてよ、ひとりで。意識するだけで出来るはずだから、多分」
「はあ……ミスターさんはなにを?」
「僕はこれから『リスト』を解析する」
「リスト?」
「それから、そのリストの能力を君にコピペ出来ないか調べる」
(続く)
(注1)詳しくは、ダグラス・アダムズの名著『宇宙クリケット大戦争』を参照のこと。




