私は私
それから1ヶ月後。何だかんだありつつも、ソンソムニア王国の新国王、聖女リリアへの戴冠式が無事終わった。
今日は久しぶりに魔王城の厨房へ来ていた。私は、これからどうすべきかを考えながらも、ここ数日は人手の足りない城の中の現場へ足を運んでいる。
「スザンヌ様、助かったよ。風邪で急に3人も休んじゃってさ‥‥‥。最近、流行ってるみたいなんだよね」
「風邪?」
魔族も風邪を引くんだな‥‥‥。などと失礼なことを考えつつも、私はサリエリくんの話を聞いていた。
「うん‥‥‥。でも、ちょうど良かったよ。スザンヌ様に新しい料理の提案はないか、聞いてみたかったし‥‥‥。この間、魔王様とも話してたんだ。あまり食に興味の無い魔族に、興味を持ってもらえそうな料理は作れないかなって」
「興味‥‥‥」
私は話の内容にステファン様が急に出てきた事に慌ててしまい、洗い終わったお皿を取り落としそうになっていた。
「大丈夫ですか? スザンヌ様?」
「‥‥‥ええ、ごめんなさい」
「えっと‥‥‥。失礼ですが、魔王様と何かありましたか?」
「いえ、何も‥‥‥」
「僕の妻は人族だったんです。もう亡くなってしまいましたが‥‥‥。人族の事情は、多少は分かりますから、前にも言いましたが、良ければ相談に乗りますよ?」
「サリエリくん‥‥‥。じゃなかった、サリエリさん」
サリエリは見た目は子供みたいに見えるが、実は150才だったな‥‥‥。私は、以前ステファン様から聞いた話の内容を思い出していた。
「呼び捨てでいいですよ」
「サリエリ‥‥‥。ありがとう」
皿洗いを終えると、一度片付けを済ませた私達二人は、戸棚から作り置きしてあったクッキーを取り出し、紅茶を淹れて調理台の端っこでお茶をしていた。
新メニューを考える予定だったが、それを後回しにして、サリエリくんは私の話を聞いてくれるらしかった。
「その、何て言ったらいいか‥‥‥。サリエリ、好きな人を諦めるにはどうしたらいいと思う?」
サリエリは、クッキーを喉に詰まらせたのか咽せていた。紅茶を飲み干すと、溜め息をつきながら聞いてきた。
「スザンヌ様は‥‥‥。魔王様以外に、想いを寄せる方がいらっしゃったのですね」
「いないわ。誰も好きじゃない」
「えっ、でも‥‥‥。今、諦めるにはどうしたらいいかって‥‥‥。諦めなければいけない相手は、魔王様なのですか?」
「‥‥‥そうよ」
サリエリくんは、顎に手を当てて何かを考えていた‥‥‥。何だか難しい数学を解いているような顔つきね。
「えーと‥‥‥。なぜ諦めようと思ったのか、聞いてもいいですか?」
「‥‥‥第一に、私が国王の妻の器ではないからよ」
「なるほど、なるほど」
私は小さい子に愚痴を聞いてもらっているみたいで恥ずかしかったが、思い切って言ってみた。
「私なんて、影で笑われていつも悪口叩かれてる公爵令嬢だし、悪役令嬢だし‥‥‥。肝心なときに、いつも誰かに助けてもらって、誰の助けにもなってない‥‥‥。ステファン様は人気がある上に、格好よくて仕事が出来るし、強引だけど優しいし‥‥‥。兎に角、私が隣に立てるような相手では無いのよ?!」
「それで、諦めるんですか?」
「何言ってんの‥‥‥。私は、スザンヌ・ボルティモアなのよ、幸せに何てなれる訳ないじゃない」
『青い薔薇と乙女の秘宝』のストーリーの中では、必ずと言っていいほど不幸になった悪役令嬢のスザンヌ。三次創作のストーリーの中で、あと幾つ破滅プラグを回避しなければならないのか、見当もつかない‥‥‥。いや、私はステファン様を巻き込みたくなかったのか。
聖女リリアは「未来は変えられる」と言っていた。だが、それはリリアだから言える言葉だと思った。私は私。悪役令嬢に綺麗な未来が待っているとは限らない。
それでも私は、生きていかなければならない。スウェン王子は「手に入れられないなら、貴方が幸せになるのを願う事しか出来ません」と言った。けれど私は、手に入れて一度幸せを味わった後、そこから突き落とされるのが怖いのだ。
それならば、はじめから無かった事にすればいい‥‥‥。幸せにならなければ、不幸にもならないのだから。
「何を考えているのか分かりませんが、話し合いは大切ですよ?」
「あのね‥‥‥。サリエリ。私達2人は、実は本当の婚約者ではないの」
「は? へ? でも2人とも、お互いのこと‥‥‥。いや、なんでもないです。へー、知らなかったなー、すごい驚きました」
「でしょう? 魔力を渡すのに、キスを拒んだら『婚約』って、話になったの。そうすれば、私に張ってある結界も維持出来るからって‥‥‥」
「へー、なるほどねー」
サリエリくんの薄い反応に、私は困惑しつつも紅茶を飲み干した。
サリエリくんは溜め息をつくと、首から下げていたペンダントを外し、ペンダントトップについている石を指差していた。
「スザンヌ様。これは、何だか知っていますか?」
「えっと‥‥‥。魔石?」
「そうです‥‥‥。これは、1年ほど前から巷で流行り始めて、今は知らない人もいない位なんですけど‥‥‥。これ、ペア商品になっていて、お互いの魔力はこの石に触れる事によって補うことが出来るんです」
「えっ?」
私は話の内容を理解しつつも、訳が分からなくなっていた。
「‥‥‥だから、キスなんかしなくても簡単に他者に魔力補充が出来る時代になったんですよ」
「ええー!!」
「もともと原始的な方法でしか他者へ魔力補充出来ないことに問題があったんです。魔術師総動員で研究に没頭している時期もありましたから、魔王であるステファン様が知らない訳はないとは思うのですが‥‥‥」
「えっ、どういうこと? 訳が分からないわ」
私がブツブツと呟いていると、サリエリくんはキッパリと言い切った。
「何か問題があったのかは分からないですが‥‥‥。魔王様が、スザンヌ様にキスしたいだけだったんじゃないんですか?」
「!!」
「おまけに、婚約者にしてるし‥‥‥。知ってますか? 魔族にとって婚約と結婚は、ほぼ同義なんですよ?!」
「‥‥‥」
(知ってるわよ!! だって何か、婚約の儀って内容が、ほとんど結婚の宣誓だったし!!)
「はぁ‥‥‥。どれだけ愛されたら、気づくんですか? スザンヌ様は。ステファン様が可哀想です」
目の前に黒い渦が現れたと思ったらステファン様が立っていた。おなじみの光景に、もう驚きもしない。
「スザンヌ、まだここにいたのか」
「まだって、さっき仕事が終わったばかりなんですよ?」
「そうか‥‥‥。お疲れ様」
「魔王様、どうされましたか?」
「いや、今日が花火大会の日だって忘れててな‥‥‥。スザンヌ、行くぞ」
「えっ? でも、まだ新メニューが‥‥‥」
「そんなのは、サリエリに任せておけばよい」
「スザンヌ様。花火大会は1年に1度だけなんです。メニューは、また今度考えましょう」
「えっ、ちょっと‥‥‥」
ステファン様は黒い渦を作り出すと私の手を引っ張った。後ろを振り返ると、サリエリくんがニマニマ笑いながら手を振っていた。
(えー。今、ステファン様と2人っきりになるなんて、めちゃくちゃ気まずいんですけどぉ!!)




