城下街デート
次の日の朝。私達2人は転移魔法を使って、お忍びで近くの城下町へ来ていた。
「魔王様、ご婚約おめでとうございます」
「魔王様、今年は豊作だったんです。この大根、持って行ってください」
変装らしい変装はしていなかったものの、私達2人は城下街の人と同じ格好をしていた。それなのに、こんなにたくさんの人々に囲まれるとは‥‥‥。
「スザンヌ、そろそろいこうか?」
挨拶に疲れ果てた頃、ステファン様が声を掛けてくれた。
「え、ええ‥‥‥」
ぐったりしてしまった私は、近くにある公園のベンチで休むことにした。ステファン様が屋台で売っている冷たい飲み物を買ってきてくれる。
「ありがとうございます」
「いや、疲れただろう? ちょっと、通りを歩いただけでこれさ」
「大根、預かりますよ」
「ああ、これか? ありがとう」
私は持ってきていたマジックバッグへ大根をしまうとジュースを飲んだ。柑橘系のジュースだったが、シュワシュワした舌の感覚に驚いてしまう。
「何これ?! 炭酸みたい」
「タンサン? これは、『ワップ』という飲み物だ」
「ワップ‥‥‥。美味しいですね」
「だろう? こっちのは、コクの実を使ったジュースだ。飲んでみるか?」
「ありがとうございます」
コーラみたいな見た目の炭酸ジュースは、ザクロみたいな味がした。思ったよりも美味しい。
「こっちは、こっちで美味しいですね」
「そうであろう‥‥‥。ワップの中では、これが一番気に入っている」
「‥‥‥そう言えば、魔王城の外では結界が張られていないのに、皆さんフレンドリーでしたね」
「城が近いせいか、実はあの辺りまで『魔力無効』の結界の効果が出ているみたいなんだ。だから、みんな城を出た辺りで話し掛けてくる‥‥‥。この公園がちょうど境目なんだ」
「なるほど」
「まあ、そんなの関係なしに話し掛けてくる奴もいるけどな‥‥‥。だから、城の周りは土地の値段が高くなってしまって富裕層が住んでいる事が多いんだ。本当は、そこも是正しなければならないんだが‥‥‥」
ベンチに座って腰掛けながら、ジュース片手に足を組んでいるステファン様は何だか様になっていた‥‥‥。前髪を風に靡かせながら、笑っているのは、雑誌の表紙に掲載されるモデルみたいだな‥‥‥。などと思ってしまった。
「どうした? 見とれているのか?」
「‥‥‥いいえ」
「どうした?」
「そう言えば‥‥‥」
「そう言えば?」
「マーサさんと話している時、随分と親しげでしたよね‥‥‥。昔、付き合ってたんですか?」
私は話題を変えようとして、前から気になっていた事を思い切って聞いてみた。ここ最近ずっとモヤモヤしていた気持ちに、決着をつける時かもしれない‥‥‥。そう思った。
ステファン様は、私の唐突な質問にワップを吹き出していた。喉に詰まったのか咳き込んでいる。
「なっ、誰に聞いたんだ‥‥‥。そんな話」
「誰にも‥‥‥。以前、レコルト出現の報告を受けていた時に、やけに親しげだったのが気になりまして」
私はマーサさんの、私を見る何とも言えない表情を思い出していた。
「ああ、あの時か‥‥‥。なんだ、嫉妬か?」
「そんなんじゃ‥‥‥」
「まあ、いいか‥‥‥ちょうどいい機会だから話しておこう」
「‥‥‥」
「淫魔のマーサは、クレオと付き合っている」
「へ?」
「つまり、パートナーという事だ」
「は? へ? いや、すみません。えーと、結婚しているとかですか?」
理解が追いつかなかった私は、完全に混乱していた。何故『淫魔』と『幽霊』がパートナーになれるのだろうか。
「いや、結婚しているかは分からないが‥‥‥。付き合っている。これで、通じるか?」
「はい、通じます‥‥‥。いや、でもクレオさんは幽霊ですよね?」
「そうだ‥‥‥。以前は、人族だった。だが、若くに亡くなってな‥‥‥。悲しみに暮れた元奥さんが、禁忌の魔術に手を出したんだ」
「禁忌の魔術?」
「蘇りの魔術だ。決して手を出してはいけない魔術だった‥‥‥。クレオが蘇ったのは、元奥さんが亡くなった1年後だった」
「1年後‥‥‥」
「古の魔術だからな‥‥‥。誰もやったことがなかったんだ。何か不具合があったのか‥‥‥。クレオは、はじめ周りの人間に誰にも気づいてもらえずに、街中を一人彷徨っていたそうだ」
「‥‥‥」
「だが、あるとき魔王領に踏み入って、馬車に乗った見知らぬ男性について行ったら、城について‥‥‥。荷馬車にいた御者の人に、かなり驚かれたと言っていたよ」
そりゃ、そうだろう‥‥‥。誰もいないと思っていた馬車に、見知らぬ男性が知らぬ間に乗り込んでいたなんて、驚かないはずがない。
「それで? どうしたんですか?」
「御者はともかく、馬車にいたクレオも驚いてしまって‥‥‥。2人で叫んでいるところへ警備隊が駆けつけたんだ」
「もしかして、それがマーサさん?」
「ああ‥‥‥。クレオの面倒を見ているうちに恋仲になったんだ。当時、マーサは12才で発情期もまだだった」
「‥‥‥」
その先を想像してしまい、それ以上、私は何も聞けなかった。
「マーサの両親は、2人ともレコルトの闘いで亡くなってしまってな‥‥‥。小さい頃から城で働いていて顔見知りだったんだ。妹みたいな存在で‥‥‥。自分の種族や性別、それから男性を受け入れないと生きていけない身体だって事はアーデルハイドから聞いて、ある程度は知っていたみたいなんだ」
「それじゃ‥‥‥」
「自分から、言いだしたんだよ。自分を男にしてくれって‥‥‥。クレオと一生、一緒に生きていきたいからってさ」
「‥‥‥」
「俺は反対したんだ‥‥‥。今は良くても、アイツ自身の本来の幸せとはかけ離れている気がしたんだ。だけど、アイツの意思は固くて‥‥‥。結局、俺の方が折れたんだ。魔術師を紹介して、卵巣とか‥‥‥。女性の器官を魔術で全て取り除いてもらったんだ」
「そんな事が‥‥‥」
「死ぬほど感謝されたよ。『嫌な決断をさせて悪かった』とも言ってた」
「もしかして、あの2人は‥‥‥」
「ああ‥‥‥。今でも、プラトニック───清らかな関係だと思う。たまに聞くんだ。後悔はなかったのかって。でもアイツは感謝こそすれ、後悔なんて出来る訳がないって答えたんだ」
「すごいわね」
「自分が女を捨てたのも、クレオと生きてくために必要な事だったから、1ミリも後悔してないって言ってたよ。もしあの時、俺の言うことを聞いて女であることを選択して、好きでもない人と一緒になった方が後悔していたかもしれない‥‥‥。『自分が決めたことに後悔はない』そう言っていた」
私がもし、マーサさんと同じ立場だったら同じ選択が出来るかな‥‥‥。そう思ってしまった。女であることを捨ててまで、好きな人と一緒になる‥‥‥。簡単な事ではないと思った。
「すまん。何だか重い話になってしまったな」
「いえ‥‥‥。話していただけて、良かったです」
ジュースを飲み終えると、ステファン様は2人分の紙コップを、ゴミ箱へ捨てに行ってくれていた。
「スザンヌ‥‥‥。君は、本当に俺と‥‥‥。いや、なんでもない」
ステファン様は聞くのが怖かったのか、最後まで聞かずに私に背を向けた。
「‥‥‥私は国王の妻になれるような器ではありませんし、魔族の人達に愛されるような性格もしておりません‥‥‥。ですが、ステファン様のお気持ちには、ちゃんと答えを出せるよう、自分なりに考えてみますわ」
私は後ろから、彼の腕に自分の腕を絡ませるように、そっと手をつないだ。
「ずるいぞ、そういうの」
「何がですか?」
「分かってるのか‥‥‥。俺に、嘘は通用しない」
「知ってます。意外に気さくで、面倒見が良くって、国民に人気なのも」
「スザンヌ‥‥‥」
「さあ、今日はどんな高い物を買ってくれるんです?」
私がニンマリと微笑むと、ステファン様は私の鼻をつまんだ。
「何でもいいよ」
「あにううんっんか?」
「あはっ、あははははは!!」
ステファン様は、ひとしきり笑うと機嫌が直ったのか、近くのお店で新しい靴やバッグを買ってくれたのだった。




