第九話 帳面
オデットの熱は、六日目の朝に下がった。
医師が脈を取り、腹に手を当てて、それから廊下でわたしに言った。
「命は取り留めました」
「よろしゅうございました」
「ただ、次はないかと」
医師は鞄の留め金を閉じながら、目を合わせなかった。
「中が傷んでおります。癒術で閉じてありますので、こちらからは触れません。触れられないものは、治せません」
窓の外で、栗の実が落ちる音がした。もう秋だ。
わたしはその日の午後、東棟へ上がった。
オデットは寝台に半分起きていた。頬がまだ赤い。侍女が粥の椀を持って立っていた。
「気分はいかが」
「おかげさまで」
「そう」
わたしは寝台の脇の椅子に腰を下ろした。
「オデット。実家へお戻りなさい」
椀を持った侍女の手が止まった。
「馬車は用意させます。急がなくてよろしい。体が落ち着いてからで」
オデットが顔を上げた。何か言おうとして、唇が半分開いたまま止まった。
わたしは声を荒らげていない。優しく言ったはずだ。この家に置いておいても、この子のためにならない。産めない嫁を置いておく家だと言われれば、次の縁談に響く。
「産着は、こちらで始末します」
そう言って立ち上がった。
扉を閉めるとき、中から音はしなかった。
翌日、教会へ行った。
司祭に会うのに、二刻待たされた。待合の石の床は冷たい。この家の者が待合に座るのは、わたしが嫁いでから初めてのことだった。
「大奥様。ご用件は」
「除名簿の件です」
「はい」
「取り消していただきたい」
「規則に定めがございません」
司祭の声は低かった。腹立たしいほど平らだった。
「では、癒術師の派遣を再び受けていただけるよう、教会からお触れを」
「教会は、どの家の癒術師を呼ぶよう指図することはございません」
「呼ぶなとも言っていないと」
「言っておりません」
「では、なぜ誰も呼ばないのです」
司祭は答えなかった。
代わりに、書記が別の綴りを持ってきた。表紙が古い。革が擦れて、角が丸くなっている。
「埋葬の記録でございます。どなたでもご覧になれます」
「わたしは見たいと申しておりません」
「はい。ですが、産の話をなさっておいでですので」
書記は綴りを開いた。指で年ごとに区切りながら、読み上げていく。
「昨年、領内で産による埋葬が三件。今年は、これまでに八件でございます」
わたしは膝の上で手を組んだ。
「三倍近いではありませんか」
「はい」
「教会は何をしておられるのです」
「記録を取っております」
書記は次の頁を指で押さえた。
「八件のうち、六件がドラフィーユ領でございます」
灯の油の匂いがした。
「残る二件は」
「隣領です。いずれも、産婆を呼べる家でございました」
わたしは何も言わなかった。言葉が組み上がらなかった。
書記は頁をめくった。指が奥のほうへ入っていく。
「なお、こちらもございます」
古い頁だった。墨が茶色くなっている。
「三十年前の秋。ドラフィーユ家女中、産により埋葬。二十八年前の春、同じく。二十五年前の夏、同じく」
わたしは頁を見た。
三つの名前が並んでいた。
「三名とも、屋敷でお産みになった記録が残っております。癒術師の立ち会いも」
書記は綴りを閉じなかった。開いたまま、机の上に置いた。
「教会の記録は、書き換えられません」
司祭が茶を口に運んだ。それから、わたしを見た。
「他にご用は」
窓から入る光が、机の角を切っている。埃が浮いていた。
「……ございません」
わたしは立ち上がった。
石段を下りるとき、手すりを掴んだ。二十年、この石段を掴まずに下りてきた。
屋敷に戻ると、家令が執務室で待っていた。
「大奥様。器具の件でございます」
「器具」
「産室の器具でございます。クレンツ工房に注文を出しましたが、断られました」
「他の鍛冶に」
「認可の器具を打てるのは、この一帯であそこだけでございます」
家令は控えを開いた。
「それと、先方の使いが申しますには、あの工房は春に炉を組み替えたそうで」
「炉」
「はい。焼き入れの温度を上げるためと。今は、十一番の手に合う器具しか打っていないと申しておりました」
「十一番」
「産婆の登録番号でございます。宿場の」
わたしはその番号を、去年の秋にも聞いた気がした。どこで聞いたかは思い出せなかった。
「それから、坂下の村から三家、隣領の産婆宿へ移りました」
「移った」
「産のときだけ、そちらへ寝泊まりに行くそうでございます。片道半日でございますが」
家令は控えを閉じた。
「今月の癒術の日当は、ございません」
夜、わたしは自室の文箱を開けた。
下のほうに、革の帳面がある。表紙に何も書いていない。婚家に来てから、三度の産のたびに書いたものだ。
日付。産婆の名。癒術師の名。立ち会った女中の名。
一度目の頁。女中の名が四つ書いてあって、一つが墨で塗り潰されている。
二度目の頁。三つのうち一つが、塗り潰されている。
三度目の頁も同じだった。
塗ったのは、わたしだ。
産で死んだ女の名を残しておくと縁起が悪いと、姑に言われた。姑もそうしてきたのだと言われた。それだけの理由だった。それ以上の理由を、当時のわたしは求めなかった。
灯を近づけた。
墨は厚い。二度、三度と重ねて塗ってある。
紙を透かしてみた。裏から見ても、下の字は読めなかった。
三度の産のうち、育ったのはセルヴァン一人だ。二度目の子は生まれた月のうちに、三度目の子はその冬に亡くなった。その二つの日付も、この帳面に書いてある。塗りはしなかった。
三人産んで生きている。そう言ってきた。四十年近く、この家でそう言ってきた。
言えたのは、わたしが生き残ったからだ。
帳面を閉じようとして、指が止まった。閉じる前に、もう一度三つの頁を開いた。開いても同じだった。
塗り潰した墨の下から、名前は一つも戻ってこない。




