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頌和四十五年 檄文

 君がそれを云うのかね、と疑念を抱く者もあろう。至極もっともである。だが、敢えて云わせてもらおう。戦後、経済的繁栄にうつつを抜かし、国家の核心を缺いた本邦は、戦勝国によって齎される安寧の上に眠る家畜の国となってしまった。神皇を中心として形成された文化は蔑ろにされ、国民精神は腐り落ち、その場かぎりの刹那的快楽に溺れるを良しとする空疎な国と成り果てた。

 資本主義、おおいに結構じゃないか。しかし、拝金主義に堕してはならないのだ。拝金主義に取り憑かれた結果が今の大和だ。腑抜けた、富裕な、抜け目がない、無機的な、惨めな大和である。

 物質的な安息は得た。だが、心はどうか。豊かになったと云えるのか。

 資本主義とは競争を基礎とする。競争それ自体は悪ではない。いいじゃないか。上等だ。

 だが、その競争が、切磋琢磨を旨とせず、ただの足の引っ張り合いとなってはいまいか。

 ボクはそれこそを危惧するのだ。

 我らが蝸牛角上の訌争に明け暮れているうちに、夷賊に国を貪り尽くされるだろう。戦後二十五年。大和皇国の文明は発展した。戦後二十五年。しかし、大和皇国の文化は衰頽した。算盤の目を器用に弾けるようになった。代わりに、本来、皇国臣民に宿っていたはずの士魂は失われつつある。商いに魂を売り、財を成すのではない。忠孝両つながらに全うし、存分に良知を発揮する。結果として財が生ずるに過ぎぬのだ。そのことを失念してはいまいか。

 ボクは、何も、醜の御楯たるを強要しているわけではない。そも、軍国主義者ではないし、ましてや全体主義者でもない。諸外国と干戈を交えんと扇動しているわけではないのだ。生命尊重の価値観は理解しているとも。だから、ボクは、生命尊重のみで魂を失ってしまった、国体護持の危うきを嫌悪しているのである。

 今こそ、我らは失われた士魂を取り戻さねばならない。美しき大和を護るために。甚だ微力ながら、その一助となるべく、剣道振興のため私財を投じる。刀とは武士の魂である。諸君は武士だろう。武士ならばだ、直ちに刀を執りたまえ。剣腕を磨くことで、諸君らの魂もまた研がれることを切に願う。


憂国烈士

長原一傑

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