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甘くとろけるショコラをどうぞ

 


 がたんと椅子から立ち上がり、驚きの声を上げるコルン。


「ダンベルトさんって、あのダンベルトさんですか?じゃああのかわいらしい人は噂の子リスさんなんですかっ?」


 ――噂の子リス?そういえば前に、イレウスがそんな呼び方でラルベルに話しかけてるのを見た気がするが。


 どうやらコルンはダンベルトとラルベルの恋話を噂で聞いているらしい。王都でもダンベルトは有名人であり、その恋人であるラルベルとの仲睦まじい様子は噂になっているのだという。


 正直、ロルには子リスというより食いしん坊のタヌキにしか見えない。

 口いっぱいに食べ物を頬張る様は頬袋をふくらませたリスと言えなくもないが、あんなにかわいく食べないぞ、あいつは。むしろ丸飲み系の動物の方が近い。


 どうやらコルンはラルベルとロルが店で親しげに接していた様子をみて、恋人同士だと勘違いしたらしい。

 確かに兄妹同然だから親しいことに変わりはないし、先々何かあれば一緒に生きてやってもいいとは思っているが、それは断じて恋ではない。

 

 もっとも本当は自分でもよくわからないではいたのだ。でもコルンに出会って、その思いが恋でないことをはっきりと理解したのだ。まったく違う。ラルベルとコルンに向かう気持ちは。何もかも――。


「ただの幼馴染みだよ、あれは。俺はコルンが好きだよ」


 まっすぐな目でこちらを熱く見つめるロルに、コルンの胸は壊れそうなくらい早鐘を打つ。思ってもいない展開に、頭と心がついていかない。それでもなんとか言葉と勇気を絞り出す。


「わ、わわ、私も、です。私もロルさんが好きです」


 おそらくは店中の者が突然始まった告白タイムに耳をそばだてているだろうが、今は他の人の姿など二人の目には入らない。

 そして思いを打ち明けあったはいいが、この後はどうしたらいいのかとようやくロルが顔を上げて、そして気が付く。慌てて視線をそらして、紅茶を口に運ぶ客たち。急に忙しそうに動き出す店員。店内中が自分たちの様子を窺っていたことにようやく気づいて、非常にいたたまれない。


 ――まさか俺まで、あの甘々じれじれカップルのような真似をするとは……。とりあえず、ここを出よう!


 急いで会計を済ませ、店を出る二人。


 耳まで赤く染めながら無言でうつむくコルンに、ロルは思う。自分と同じように思っていてくれたことは素直に嬉しい。これ以上ないくらい、嬉しい。でも、それからどうする――?


 ロルには打ち明けなければならないことがある。自分がヴァンパイアであり、同じ時間を同じ速度で生きられないこと。食べる喜びや幸せをわかちあえないこと。生き血を飲まなければ生きていけない種族であることを。

 

 ラルベルが、自分がヴァンパイアであるとダンベルトに打ち明けた時のことを思い出す。あの時のラルベルの震える想いが、今は痛いほどに理解できた。きっと想像もできないくらい怖かっただろう。


 自分がコルンにそれを打ち明けた時、どう反応するだろうか――。

 ラルベルはまだ半分は人間だが、自分は純血のヴァンパイアだ。人間とともに生きていくなど、可能なんだろうか。皆が当たり前のように分かち合えるものを、分かち合えない。しかも血を飲むなど、恐ろしいと逃げ出されても仕方がない。気味悪がられても当然だ。


 でも今日ですら、ケーキを目の前にあんな顔をさせてしまったのだ。隠しておくなど到底無理だろう。ならばいっそ――。


「コルン、大事な話があるんだ。今から俺が話すことに、どんな反応をしても構わない。嫌ってもいいし、逃げ出してもいい。俺を好きだといってくれたことを、撤回してくれてもいい」


 コルンは先ほどまでとは一変して思いつめた表情になったロルに、驚きを隠せない。


「なんですか?話って」


 ぎゅっと胸の前で両手を握り合わせるコルン。


「実は俺は、人間じゃないんだ……ヴァンパイアなんだ。だから人間と同じようには暮らせない。だからもしお前が……」

「ヴァンパイアなのは知ってます。ロルさんのお店を教えてくれたメイド仲間に聞いたので」


 かぶせるように事も無げに話すコルンに、ロルは思いを打ち明けられた時と同じくくらいの大きな衝撃を受けた。


「知って、る?なんで?俺がヴァンパイアってのは王都でもそんなに広まって……?」


 コルンによると、そのメイド仲間というのはあの町の出身なのだそうだ。母親がロルのスイーツ店の常連で、王都で住み込みで働く娘に店を教えたところ親子ともどもファンになったということである。あの町の者ならば、ロルとラルベルがヴァンパイアであると知っていても不思議はない。


 まさかコルンが、自分がヴァンパイアだということをとうに知っていたなど思いもせず、動揺を隠せない。でも寿命についてくらいは知っているだろうが、ラルベルのように人の食料を摂取できるのだと思っているのかもしれない。ヴァンパイアとはいっても、あいつは人間とまったく変わりない暮らし方をしているのだから。


「一通り知ってますよ。えっと、まずすごく長生きなんですよね。人の五倍でしたっけ?あと、生き血を飲むけど動物から物々交換的に時々分けてもらう感じで、動物ともすごく仲良しなんだって聞きました。……あとは、他に何かありましたっけ?」


 あっけらかんとした様子で話すコルンに、張り詰めていた力が抜けていく。

 他に何かあるかといわれると、それ以外は特に大きな違いはないような気もする。見た目も能力も特に変わらないし、強いてあげるなら山歩きが得意というくらいか。


 くくくっ、と突然おかしそうに笑い出すロルを、ぽかんと見つめるコルン。

 道行く人々も何をこんな往来で笑い転げているんだと、不思議そうに見ていく。


「……くくくっ!ふはっ!いや、……他には特に違いはないよ。でも人の五倍もなんてさすがに生きない。せいぜい三倍ってとこかな」

「えっ?そうなんですか。ロルさんってもしかして、人間の食べ物は食べないんですか?スイーツを作るくらいだから、ラルベルさんと同じで血も食べ物もどちらも大丈夫なんだとばかり思ってたんですけど」


 ラルベルはハーフであるか否かに関わらず悪食で、血を受け付けない特異体質なのだと説明する。

 そしてスイーツの試食は大抵ラルベルや知り合いに頼んで、ロルはあくまでその反応を見ながら勘で作っていると話すと、言葉もでないくらい驚いている。


 いつのまにか、ヴァンパイアについての誤った噂が広まっていたようである。


 でももしかしたら――。

 それほど怖がられたりうとまれたりせずに済んでいるのは、ラルベルのおかげなのかもしれない。明るくて能天気で元気で、人をあっという間に引き付けるラルベル。あいつのおかげで、ロルはこうしてコルンに逃げ出されずに済んだのかもしれない。

 そう思うと、ラルベルに特大のスイーツでもごちそうしてやりたい気分だ。


「俺が怖くない?血を飲むなんて気味悪くない?」

「一緒に血を飲もうとは思えませんけど、気持ち悪くなんてないですよ。それにロルさんは優しいです、とっても。ジーニーだってあんなに慕ってるじゃないですか。面倒見が良くて、情に厚くて、熱心で、ひたむきで……それにかっこいいし」


 最後の言葉に思わず照れるロルである。髪をくしゃりとかき上げて、空を見上げる。


「うん。なら、俺はコルンと一緒にいたい。これからもずっと。できたらもっと会いたいし、あの店も一緒にやっていきたい」

「えっ!?それって、まさかプロポー……?」


 


 そんな二人の姿を、こっそりと離れたところから覗いている小さな影。


 ロルの様子が心配になって、こっそりあとをつけてきたジーニーである。近くの店の陰から頭をひょこっと出して、さきほどからこれ以上ないというくらいにドロドロに甘い空気を漂わせているのを、あきれ顔で見ていた。

 

 ――大人の男ってなんでデートとか順序を踏まないで、すぐ結婚したがるんだろ?大人になるとデートを申し込むのとプロポーズするのは、同じなのかなぁ。


 ダンベルトがラルベルに、想いを打ち明けるよりも先にいきなりプロポーズを試みたという話は、マルタから聞かされていた。海猫亭でも、いまだに酒の肴として話題にのぼるらしい。

 大人というのは、おかしな生き物だ。なかなか好きと言えないわりに、プロポーズは早いのだ。大人になると途端に、ヘタレな上にせっかちになるんだろうか。


 

 二人はいまだに道端で頬を染めて嬉しそうな顔で見つめ合っている。やれやれとため息をつくジーニーだ。


「ま、無事うまいことくっついたみたいで良かった。これでコルン姉ちゃんが、あの店で働く日も遠くないだろ。なんたって、パティシエの奥さんになるんだろうからな」


 そう言って笑うジーニーの顔は、とても嬉しそうにくしゃりとゆがんでいた。



 

これにてロル編は完結ですが、近日中に他キャラクターのスピンオフを連載予定です。

そちらもあわせてお読みいただけたら嬉しいです♪

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