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第32話 消された痕跡と彼の事件



 土曜日。



 テスト期間の為、荘子は午前中塾に行っていた。塾が終わると、コンビニでサラダとチキンを購入し、茶色のビニール袋を下げ、電気街に向かった。休日の大須は、特に人が多い。人混みを見て、荘子は思った。


 この平和な景色の中にも、犯罪者が紛れ込んでいるのだろう、と。


 もちろん、犯罪者と言っても、ゴミを路上に投げ捨てるものから人殺しまで様々だ。荘子は、将来的に死刑が復活した世界で、死刑に処する犯罪者の定義をどのようにしようかと悩んでいた。


 荘子の世界では、タバコをポイ捨てする者や、故意に信号無視をしたり危険な運転をする者も生きている資格はない。すぐにこの世から抹殺すべきモノだ。しかし、実際にそんな基準を設けたら処刑台をフル稼働させても刑の執行が追いつかないし、流石に世論もついてこなくなる。難しいところだ。


 それに、死刑にするからには、確定的で決定的な証拠が必要となる。冤罪は、何があっても許されない。警察の捜査も、根本的な見直しが必要になるだろう。


 いつかの映画にあった、犯罪者が犯罪を犯す前に逮捕できるシステムがあったらそれこそ最高だと思ったけど、今のところそんな技術は開発されてない。それは、SFの世界での事だ。


 そんな事を考えながら、荘子はまるで自宅に帰るような自然な足取りで電気街に入って行った。慣れた足取りで、電気街の細い通路を進む。封羅さんに会わない事を願って。痴漢の性器を切り取ってしまうのは賛成だが、それを本人に食べさせるのはちょっとグロい。と思っていたら、いた。



「あら、こんにちは」



 初めて、話しかけてきた。


 こんにちは、と荘子は挨拶を返す。封羅さんは右手を真赤な日傘の柄の上に乗せ、左手を自分の顔に添えてその小指を真赤な唇の端に置いている。



「うふ、可愛いお嬢さん。私が性教育してあげましょうか?」


「いえ、けっこうです」



 やっぱり危ない人だ——といっても、ここに危なくない人なんているのだろうか。そういえば、縷々という男の子はどうなのだろう。彼はまともに見える……が、やはりそんなことはないだろう。きっとなにか変態的な性的嗜好があるに違いない。あの変態ドM医師鷹遠をも凌駕する、変態性が。



 縷々の隠された変態性について思考を巡らせながら歩いていると、きさらぎ街に着いた。ちょうど、入り口で下界に行こうとしているマッツと出くわした。



「やぁ、ちびっ子3人組のお友達。ちょうど良い食材が手に入ったんだけど食べて行かない?」



 マッツは愛想よく言った。



「遠慮しておきます」



 好感が持てる人だが、それとこれとは別だ。人肉はとてもじゃないが食べる気はしない。


 その時、荘子はふと思った。


 ちびっ子? 


 マキナ達はそれほどちびっ子だろうか?



「ちびっ子って、マキナ達の事ですか?」


「あぁ、そうさ。今はもうあんな大きくなっちゃったけど、ここに来た頃は小さかったから。ワタシはね、まるで孫を見守るじいじのような心持ちなんだよ」



 そう言って、マッツは手を振って電気街の中に消えて行った。


 小さかった? 



 一体いつからここにいるのだろう。








 障子を開けて居間に入ると、マキナはコタツに入って横になりながらロックバンドのライブDVDを段ボール箱のようなゴツいブラウン管のテレビで見ていた。志庵はネイルを塗り直し、なづきは異世界に行っている。



「よぉ荘子。テスト勉強は大丈夫なのか?」



 マキナはコタツに下半身を突っ込んだまま、大きく手を横に振った。荘子は鞄を置き、正座をしてコタツに脚を入れた。



「その台詞、そのままお返しします。勉強も大事ですが、世界を変える為の準備も必要です。どちらも疎かには出来ません」


「その世界を変えるってやつ、マキナはそんな大それた事出来る自身ねぇべ」


「私が上手くやりますから安心してください」



 そう言って、荘子は参考書を鞄から取り出した。スカムズは、依頼が来ない限り、犯罪者を手にかけることはしない。おそらく。だから、荘子はスカムズ屋敷で依頼を待ちながら勉強するつもりだった。すぐに、作戦を考え行動できるように。


 その時、コタツの上のモニターからチリリン、と鈴のような音がした。マキナ、志庵、なづきはそれぞれの作業を中断し、コタツに集まってモニターに注目した。



「この音は何ですか?」


「お参りの合図だ」


「お参り?」



 モニターには、ビルに挟まれた暗い路地裏のような場所が映し出されている。その細い路地裏の突き当たりに、小さな祠があり、その祠の中に可愛らしい猫の石像が鎮座している。その祠の前に、腰を曲げた、割烹着を着たおばあさんがしゃがみこんでいる。おばあさんは、花柄のがま口の中から5円玉を取り出すと、猫の石像の前に置き、手を合わせた。そして、ぼそぼそと、小さな、囁くような声で話し始めた。



「わしの孫ヤスヤは、先月事故で亡くなりました。でも、わしは事故だとは思っとりません。ヤスヤの顔は、殴られたように腫れとりました。でも、警察は転落死と決めつけて、取り合ってもらえませんでした。でも、わしは納得出来ません。転落しただけでは、あんな顔にならない事はこのわしでも分かります。きっと、何かがあったに違いねぇです。このままでは納得出来ないし、ヤスヤも成仏出来ません。どうかにゃんこ仙人様、真相を明らかにしてくだせぇ」



 そう言うと、おばあさんは深く礼をし、祠を後にした。



「にゃんこ仙人?」


「そうそう、どんな悩みでも聞いてくださるにゃんこ仙人だべ!」


「まさか、このにゃんこ仙人を通じて依頼を受けているんですか?」


「たまにだけどね。ほとんどはみぃ達に言われても困るような個人的な悩み事ばかり——あ、いつもの依頼はにゃんこ仙人からじゃないよ。本来はちゃんとしたクライアントから依頼を受けるんだけど、たま〜ににゃんこ仙人にお参りに来る人のお願いも聞いてあげる事があるんだよね」



 なるほど、このにゃんこ仙人を通じて犯罪者の情報を集めている訳か。でも、何の為に? 


 マキナ達はお金が目的で犯罪者を殺していると言ったが、このにゃんこ仙人から得た依頼は全く稼ぎにならないではないか。やはり、マキナ達は他に何らかの目的があって犯罪者殺しをしているのではないか。その鍵は、あの心愛命記念病院特殊閉鎖病棟の最上階で郡上燻を攫っていったミミックという謎の人物が握っているように思われる。



払田易弥(はらだやすや)。確かに事故死で死亡届が出されているな。事件にはなっていない」



 なづきは素早くコタツの上のLED投影型キーボードを打ち、払田易弥の顔写真をモニターに表示させた。モニターの中の易弥は、黒い学ランを着て、坊主頭でにこやかに笑っている。学生時代の写真だろうか。



「調べるんですか?」


「おばあちゃん、可哀想な感じだったからな〜」


「報酬は?」



 マキナは、親指と人差し指で円を作った。



「5円で充分だべ?」



 そのマキナの言葉を聞くと、荘子は参考書をパタンと閉じた。



「やりましょう」


「よっしゃあ!」



 金額は関係ない。荘子も、お金が目当てで犯罪者殺しをしている訳ではないのだから。



「テスト勉強はいいのかにゃ?」



 志庵は荘子の頬を人差し指でツンツンした。



「他で時間を作ります」


「それでこそマキナの荘子だべ! さぁ、行こう!」


「行くってどこへ?」


「現場だ! ……あ〜、う〜、えっと、現場ってどこだっけ?」


「今から調べる。勢いだけでなんとかなるとお思うでない」


「はい」



 マキナはすっとその場に体操座りになら顔を伏せた。よしよし、と志庵がマキナの頭を撫でる。マキナは金色の髪を撫でる志庵の指をガブっと噛んだ。



「いてっ、にゃにすんだよ!」


「ガハハ、食べてやるべ〜」


「にゃろぉ〜! お前こそ耳を舐めてイかせてやる!」


「うるさい黙れ」


『はい』



 マキナと志庵は正座で座布団の上に座った。なづきは指先で次々と易弥に関するデータを情報の大地の中から掘り出していく。



「払田易弥。20歳。男性。奈護屋京内の大学に通う大学生。住所は緑区。先程にゃんこ仙人にお参りに来たおばあさんと、父、母、本人の4家族で暮らしていた……妙だな」


「そうかぁ? 普通の家族構成だと思うけんども」


「そうではない。探しても、住基ネットなどの基本的なデータしか出てこないのだ」


「SNSを使った痕跡がない、という事ですか?」



 荘子はモニターを覗き込んだ。



「あぁ、全く出て来ない」


「ネットが嫌いだったんじゃにゃいの? それか、機械音痴だったとか!」


「まぁ、それもありえるが……」


「何か、気になりますか?」



 荘子はモニターを見つめるなづきの横顔を見た。なづきは、キーボードの上に両手を浮かせたまま何かを考えていた。



「元々何もなかった雑木林ではなく、重機を使って取り壊し、平らにならした更地、という気がする」


「何者かが、易弥さんのSNSの痕跡を削除した、という事ですか?」


「あるいは」


「うーん、事件のニオイがするにゃあ」


「よーす! じゃあ行こう!」



 そう言って、マキナは拳を掲げて座布団の上に立ち上がった。



「行くって、どこへ?」


「決まってるでねぇか、現場100ぺん! ……で、現場ドコだ?」





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